子どもに迫ることの難しさを感じた道徳の授業

前回の日記の続きです。

中学校の道徳の模擬授業は、実話をもとに書かれた曽野綾子の小説「塩狩峠」の一部を使ったものです。塩狩峠を登っていた汽車の最後尾の車両の連結が外れ、坂を逆走する列車の暴走を止めるため、その日友人の妹と結納を交わす予定だった主人公が線路に身を投げたというとても重い話です。

授業者は子ども役に今までピンチになった経験を話させます。ちょっと笑えるエピソードもあり、場が和みます。最後に授業者がトイレで用を足した後、紙がなかった話をして、笑いを誘います。明るい雰囲気になったところで、情景を思い浮かべながら聞くようにと指示をし、資料は配らずに授業者が範読を始めました。
授業者は範読中にあまり顔が上がりません。子ども役の様子をあまり見ていませんでした。体を乗り出して聞いている方、ちょっと下を向いている方、背もたれに体を預けて腕を組んでいる方、いろいろです。ここで何か声をかけるべきかどうかは一概に言えませんが、子どもを常によく見ておけば、ちょっとした変化にも気づけるので、指名や授業の展開を考える上で役立ちます。また、授業者をしっかり見ている子どもに視線を合わせてうなずくといったことをしておくと、その後で発言を引き出しやすくなります。
途中で、情景を表わす絵を貼って理解を助けます。読み物資料を使う時は、早く内容を理解させ、子どもたちが考える時間を確保することが大切です。絵を使うというのもよい方法の一つです。
逆走を始めた列車がカーブに差し掛かったところで話をいったん止めて内容の確認を行います。主人公は誰かと子ども役に問いかけます。半分も手が挙がりません。答えるまでもないのかもしれません。しかし、こういった場面できちんと参加させないと、肝心なところで発言をしてくれない可能性があります。まわりと確認させる、挙手に頼らず何人も指名するといったことをするとよいでしょう。「たしか、信夫?」という答に、授業者は「ああ、いいですね。よく聞いていましたね」とほめます。ちょっと自信のなさそうな答え方だったことからすると、ここまでの内容からはまだ主人公がだれかよくわからなかったようです。範読の途中で信夫という主人公の名前が出た時に、この人が主人公だと授業者が宣言してもよいと思います。主人公がだれかがわかった方が、話を理解しやすくなるからです。

授業者は、「この後信夫はどうするでしょうか?」と問いかけます。この状況に対してどのような選択肢があるのかよくわかりません。根拠を持って考えることのできない発問です。この後のショッキングな展開をより印象付けるためだと思いますが、ここで時間をあまりかけても意味はありません。授業者は30秒考える時間を与えましたが、適切だと思います。
子ども役はじっと考えています。時間が来ると授業者は全員立たせます。指名していって、全く同じ意見だったら座るというやり方です。道徳ではよく使われますが、とりあえずどんな考えがあるかを知る時によい方法です。
「ブレーキのハンドルを必死に回し続ける」「他の人を呼んで、力を合わせてブレーキをかける」「みんなで、列車の中を移動して、バランスをうまくとってカーブを回りきる」「跳び下りて逃げる」「神頼みをする」といろいろな意見が出ます。授業者は「跳び下りて逃げる」という意見に対しても、素直に受容しました。実際の授業ではこういった子どもが、この後どのような変容をするのかに注目したいところです。

続いて主人公が線路に身を投げて列車を止めたこところまで範読しました。
「主人公が線路に跳び下りた時の気持ち」を考えてワークシートに書かせます。ここはまだ主人公の気持ちを考えているところなので、あまり時間を取りたくないところです。授業者は2分ほどして、全体で考えを聞きます。上手な時間配分だと思いました。
先ほど、跳び下りて逃げるといった子ども役が、「自分だったら身を挺して止めようとは思わないので、きっと婚約者との結婚話に裏があって、嫌だったけど結婚しなければいけない事情があった」とちょっと斜めな意見を言います。もし実際にこのような子どもがいたら、とても面白いと思います。「自分だったら」と自分に引き付けてくれています。授業者はこの意見も「なるほど」と受容しますが、自分の気持ちを言ってくれたことを評価して、ここを軸に話を進めても面白かったかもしれません。続いて回っていて気になった意見があったと、一人の子ども役を指名します。「家族や婚約者のことが頭に浮かんで、『ごめん』と思いながら跳び込んだ」という意見です。多くの人を助けたいという意見が多い中、プライベートな家族や婚約者のことに思いを到らせています。「他者を助ける」「自分の身近な人を悲しませる」という2つの思いをもう少し焦点化したかったところですが、授業者は「『ごめん』と言って跳び込める?」と発言者に聞き返しました。「勇気がなくてできない」という答えが返ってきます。授業者も自分もできないと話し、先に進みました。

残された人の様子が語られる中で、主人公が常に遺言を胸ポケットに入れていたという話がでてきます。授業者は主人公のちょっと違う面が出てきたと言ってから、常日ごろ持ち歩いているものは何かを問いかけます。先ほどから変わった意見を言っている子ども役の手が挙がりません。そこで、授業者はその子ども役に声をかけて、発言を求めます。隣の席の子ども役が「遺言」とつぶやいて助けました。授業者はそうですねと、笑顔で受容しました。
授業者は、主人公は何が起こってもいいように胸ポケットに遺言を入れていたと思うと自分の考えを伝えた上で、先ほどは婚約者のことを話してから、跳び込んだ時の気持ちを考えてもらいましたが、今度は「いつも胸ポットに遺言を入れていた」「主人公にふさわしい死に方だったと友人が言ったこと」を考えながら、もう一度主人公の気持ちを考えるように指示しました。
2段階で考えさせることは、子どもたちの考えを深めるための方法の一つです。しかし、その前の段階で焦点化されていることがないと、かえって発散してしまいます。授業者が遺言を持ち歩いていた主人公の気持ちを説明しましたが、このことをもっと自分たちで考えておかないと、考えが深まらないのではないかと思います。
2分ほどして、意見交流をするように指示します。この時に納得する考えがあれば自分の言葉に直して書き加えてもよいと伝え、4人グループにしました。
全体で、どんな意見が出たかを発表させます。発表してくれる人がいたらうれしいとIメッセージで問いかけます。
「主人公が日ごろから、他者のために自分の命使おうと心がけていた」「いつでも死ぬ覚悟はできていた」「婚約者にすまいなと思っていた」「やはり婚約者との結婚が嫌だった」といった意見が発表されます。
授業者は「自分もここまでは無理だけれど、確固たる信念を持って生きてほしい」と自分の思いを伝えて、「今後どのようにして生きていきたいのか?」を書かせます。ちょっと気になったのは、「信念」という言葉が唐突に出てきたことです。子どもたちから出てこない言葉を使う時には、注意が必要です。授業者の答がそこにあると思ってしまうからです。子どもたちが言ってくれたことは主人公の「信念」だと言えることを全体で共有することが必要かもしれません。
最後に、授業者が自分の信念、これだけは守っていこうと思っていることを話しして、「スラスラかけた人、なかなか書けなかった人いろいろいるかもしれませんが、今はそれでいい。これからの人生でそういうものが見つかるといい」と締めくくりました。

授業者は子どもたちに自分の信念について考えさせたかったようです。そうであれば、あなたならどうなのか、自分はそこまで強いものがあるのかといったところを問いかけ、考えさせる時間を取るべきだったと思います。物語の主人公の生き方を客観的にとらえるだけで、自分に引き寄せる場面が足りなかったと思います。
授業者は自分の思いを話しましたが、決して押し付けにならないように意識していたようです。最後に、信念を書けなくてもそれでいいと言ったことで、救われる子どもも多かったと思います。
常に柔らかい表情で子どもたち受容する姿に、落ち着いた学級づくりができているのではないかと思いました。個々の子どもをしっかりと受容できるので、次は子ども同士をつなぐことを意識するとよいと思いました。

最後に、道徳の授業をどのようにしてつくっていくのかについてお話をさせていただきました。
子どもが本音を言える学級づくりが基本となることや、子どもが先生の求めるような答を言って満足していてはいけないこと最初に伝えました。
授業の組み立ては、子どもが考える、変容するような活動に時間を使うことを意識することが大切です。そのためには、読み物資料であれば、読み取りに時間を取られないようにしなければいけません。また、話し合えば考えが深まり変容するわけではありません。子どもの考えを焦点化したり、時には対立させたり、また揺さぶるような切り返しが大切になります。
そのためには、客観的な判断や考えを聞くのではなく、あなたならどうする、自分ならどう思うといった、自身に引き付けるような発問や問いかけが求められます。
こういったことを意識して、子どもの心を耕すことをお願いしました。

模擬授業をしてくれた2人の先生に共通していたのは、子どもを受容しようとする姿勢です。子どもと接する基本ができていたことをとてもうれしく思いました。
このような機会がまたあることを楽しみにしています。
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