愛される学校づくり研究会

黙さず語らん

★このコラムは、「小牧市教育委員だより」での副島孝先生(前小牧市教育長)の発信を楽しみにしておられた皆さんからの要望で実現しました。「これまでのように学校教育や現場への思いを語り続けてください」という願いをこめて「黙さず語らん」というタイトルにしました。

【 第23回 】この1年何を研究してきたのか

この1年、個人的には幾つかの新しい経験をしました。なんといっても、修士論文などの論文執筆や学会発表が印象深いものでした。文章はこれまでもたくさん書いてきましたが、「自分はこう考える」「これまでの経験から言うと、こうだ」ではなく、客観性や妥当性をもつ根拠に基づいた(こういう時にエビデンスベイスドという言い方をするのが、研究者の世界です)論証を求められるのが、学術論文です。

「具体的にどんな内容の論文を書いたのだ」と何人もの方から訊かれました。そこで今回は、簡単に内容を紹介してみることにします。テーマは「教師の授業観の形成と変容」です。これでは大きすぎるので、具体的には「授業研究協議会の発話内容の分析」を通して考察します。ある小学校の低学年部会による協議会の記録を継続的にとり、発話を分析単位である分節(つまり内容のある最小単位)に分け、その分節を内容別に10のカテゴリーに分類する作業を行います(ここで、まずその分類の妥当性が問われます。私の場合は共同研究者との一致率を使いました)。
 次に、カテゴリー間の相関をカイ二乗検定(懐かしいと思った人もいるでしょう)などで検定します。また、教職についてからとその学校での経験年数が得られたので、その差によって特徴があるかを様々な検定(現在はSPSSという分析ソフトがあり、いちいち細かい計算はしなくて済みます)によって明らかにしました。ここまでは、数量的な研究です。
 教育学にかぎらず、最近の研究では質的な研究が重視されています。しかし、質的研究でも根拠は必要なので、その小学校の複数の先生方へのインタビューを実施しました。協議会での発言やインタビューから外部助言者の影響が大きいことがわかったので、その外部助言者へのインタビューも実施しました。また、校内の先生方同士の関係(これも同僚性という言葉で注目されています)の例として、研究主任による「研究通信」も利用することにしました。

さて、これでどんな結論になったかというと次のとおりです。(1)子どもに関する発言が回を追って増加した。しかも、子ども全体に関するものから、ペアやグループでの子ども、子ども一人ひとりに対する発言への変化が認められた。(2)教師がいかに理解させるかという授業観から、子どもが協同的な学びを通じていかに理解しあっていくかという授業観への変容が見られた。(3)授業観の変容過程は教師によって一様ではないが、協議会で話し合う内容が教師自身の授業実践そのものの変容に先行する。(4)授業観の変容に際しては、外部助言者や教師間の同僚性の果たす役割が大きい。ただし、(3)については、浜之郷小学校など異なった事例も報告されていますから、この学校の特徴とも言えます。経験の多い先生方の方が、子どもに関する発言が多いこととも関係があるのかもしれません。
 「なんだ研究と言っても、この程度のことか」という声が聞こえてきそうですが、前にも述べたように、客観性や妥当性をもつ根拠に基づいた論証からは、一足飛びにアッというような結論は出にくいのです。研究は知見(研究から明らかになったことを、こう呼びます)の一般化をめざすわけですが、少数の事例からすぐに一般化することは危険です。協議会の研究が盛んになったのは最近のことですから、これから多くの研究が蓄積されていくでしょう。その一つにはなったのではないかと感じてます。

実はこの研究に関しては、後日談があります。論文を読んでいただいた(専門分野の違う)方から、「学校や先生は、自分からは変われないんだなあ。結局は外部の人間が必要なんだ」とか「学習者への注目という現在の教育学の常識とも言えることを、この学校の先生たちは協同的な学びの実践でやっとわかったのか。学校の先生たちの認識ってこの程度なんですか」という意味のことを言われたのです。つまり、「教師の仕事ほど、子どもの時から長時間(12,000〜13,000時間)実際に見てきた仕事はないのに、それでもどう教えるべきかがわからないってどういうこと」という疑問です。
 これについても、多くの研究があります。被授業体験が教師の一面しか見ていないことによる誤解、自分が受けてきた授業方法に頼る傾向、授業自体が持つ複雑性への無理解などが指摘されています。ただそれよりも、世間一般の教師への見方の根底にこのような見解があることは、知っておいても良いのではないでしょうか。

(2011年3月7日)

副島 孝

●副島 孝
(そえじま・たかし)

1969年から教員生活をスタート。小学校教諭11年、中学校教諭(社会科)10年、小牧市教育委員会指導主事、小学校の教頭校長や愛知県教育委員会勤務を経て、小牧市教育委員会の教育長を2001年から2009年まで8年9か月務めた。小牧市教育委員会のホ−ムページで「教育委員だより」、郷土文芸誌「駒来」に「乱読日録」を連載するなど、原稿に追われる毎日であった。2009年4月からは名古屋大学教育学部大学院で、教育方法学を学んでいる。授業実践と研究の両方の楽しさ厳しさを知る立場から、学校の現職教育などに貢献したいと考えている。