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新潟市立亀田東小学校 平成22年度4年生

亀田歴史こぼれ話

4年生は総合的な学習で、「亀田の歴史こぼれ話」と題して、自分たちの住む地域のよさを見つける学習をしています。普段何気なく通り過ぎている、神社やお寺、工場や史跡には、この地域のこぼれ話がいっぱい詰まっていそうです。地域に住む方に学校にお越しいただいてお話を聞いたり、自分たちの足で稼いで、自分の目で見てくるフールドワークをしたりしながら、学習は進んでいきます。どんなこぼれ話がみつかるのでしょうか?亀田の歴史再発見!

(平成22年度4学年担任 熊木)

7月9日(金) 袋津マップで発見しよう!

袋津で酒屋さんを営んでいる塚本重文さんと、袋津のよさを「迷路のまち 袋津を歩く(袋津マップ)」にまとめた伊藤純一さんをお招きして、「袋津」の昔話、袋津祭りのこと、伊夜日子神社のことなどをお聞きしました。

袋津ってこんな地域
「袋津」という地域のよさを後生に残して伝えたいという思いから誕生した「袋津マップ」。1級建築士の伊藤純一さんは、袋津の建物の他にも、町並みや地域に伝わる伝説などを地図にまとめ、袋津マップで紹介しています。
伝説があるんだ・・・
この日はその袋津マップを子どもたちに紹介してくださいました。どんどん狭くなる小路や直角カーブなど、車泣かせの道がたくさんあることが、袋津のおもしろい特徴だということを教えていただきました。「いつもこの道を通っているけど、車に優しくない道、ってことは人に優しいんだね。こんな道袋津には結構あるんだね。」
きやりをやるぞ〜
毎年7月に行われる「袋津祭り」。そのお祭りで「木遣り」というかけ声をかけて、気合いを入れ、御神輿同士をぶつけ合うんだそうです。その「木遣り」を教えていただき、子どもたちもまねをしながら、実際に大きな声を出してみました。

9月22日(水)フレー!フレー!亀田縞

300年以上の歴史をもつ亀田縞。最盛期の大正初期には600以上の業者によって生産されていた亀田縞も今やたったの2軒。「中営機業」さんと「立川織物」さんがその伝統を受け継ぎ、今も亀田縞の生産を続けています。そこで、亀田縞復活への努力と亀田縞のよさを多くの人に広めたい!と立ち上がったのが、同地域で鉄工所を営む青山登さんでした。「亀田縞応援隊」を結成し、亀田縞復活のお手伝いをしているという青山さんが、子どもたちに伝えたいこととはどんなことでしょうか?

亀田縞応援隊、出陣!
子どもたちの大きな拍手に迎えられ、「亀田縞応援隊」青山さん出陣です!「この旗、亀田縞でできているんですよ。」この縦縞の模様は亀田縞の特徴。300年以上前からこの地域で行われている産業なんだね。
そんな歴史があったのか・・・
戦争があったり、安価な合成繊維におされたりして、亀田縞の歴史は平たんなものではなかった。先祖から続く家業を守り続けているのは、並大抵のことではない。600軒以上もあった機屋さんが今では、たった2軒になってしまったんだよ。
亀田縞の手ざわりは?
亀田縞の生地をさわってみて、その感触を肌で感じてみました。「さらさらしていて、涼しそう。」「じょうぶそうだね。」
女優山口智子さんと一緒の亀田縞
「私の着ている服も見てください。」と青山さん。「シャツも亀田縞の生地で作ったものですよ。」しかもそれは、2年前に通販雑誌で取り上げられた際、女優の山口智子さんがモデルとなって着ていた「亀田縞のシャツ」と同じ柄。
伝統を守りたいという思い
青山さんは、この雑誌に載った亀田縞がきっかけで、もっと亀田縞を知りたくなったそうです。郷土資料館へ行ってその歴史を調べたり、伝統を受け継いで亀田縞を守っている2軒の機屋さんにお話を聞きに行ったりしたそうです。そして、亀田縞を復活させ、伝統を受け継ぐ機屋さんを応援し、その良さをたくさんの人にわかってもらいたいと「亀田縞応援隊」を結成することになりました。
機織り機で復元!昔の亀田縞
亀田縞を応援する中で、多くの人との出会いがあり、とてもうれしいそうです。上越市にお住まいの織物作家さんから綿の種をもらい、それを育てる活動もしています。(種を分けていただいて4年生も綿を育てています。)また、納屋で眠っていた機織り機をゆずってくださった方もいらっしゃいました。綿を育て糸を作り、機織り機で亀田縞を織る、昔の亀田縞の良さをお話を通して、子どもたちに伝えてくださいました。