【第5回】給食食缶紛失事件
「給食指導を徹底せよ!」(後編)
***これは数年前に前任校で経験した出来事である ***
会議室に「給食食缶紛失事件」捜査本部が設置され、大捜査線が校内および校区全域にひかれた。
まずは、ものがものだけに、校外に持ち出されることは考えにくいため、校内の捜査を徹底することにした。情報の提供も全校生徒に呼びかけた。全職員が手分けして、まずは「食缶」と「オタマ」の発見に全力を尽くすことにした。教室、特別教室、プール裏、武道場裏、体育館器具庫、部室…。
校内のありとあらゆる場所を探すが、まったく見つからない。
「まだ、探していないところはないか!」
「焼却炉の中は見たのか?!」
「部室裏のどぶ川はどうだった?!」
学校中を探しても、見つけることができない焦りから、職員同士の会話の語調も強く厳しいものになってきている。
「使われていないダストシュートは見てみたのか!」
「あんなもん持って校外に出たら目立つから、絶対に校内のどこかに隠してあるはずだ!」
「現場百回、捜査は足で稼げ!」
臆病者の私はありったけの勇気をふりしぼり、もう一度薄暗くなった校内を全て注意深く見て回ることにした。教室の清掃道具入れの中などを確認しながら、校内を回り、紛失のあった放課後は、空っぽの配膳室の中を廊下から「犯人は現場にもどる…なーんてな…」と思いながらのぞいてみた。
薄暗い中でキラッと光るものが見えた。
「何だろう?」
急いでマスターキーを職員室に取りに行き、ドアを開け配膳室で光っていたものが何かを確認した。 「鍵だ…!」、「どこの鍵だろう…?」、「まさかな…」と思いながら、その鍵を配膳室のドアの鍵穴に入れ、回してみる…。
「カチャッ」
鍵が開いた。「配膳室の鍵だったんだ!」
そのとき、数か月前に、職員室から数本の鍵が紛失しているのを思い出した。それ以来、鍵の管理には全職員が細心の注意を払っていたのであるが、今になって…。学校は信頼関係が前提で成り立っており、校舎内への進入も、生徒であれば職員室への出入りも容易である。学校の管理体制の難しさを改めて痛感した。そして、「給食食缶紛失事件」が内部のものの仕業であることが憶測から確信に変わった。
「進入の方法はわかったが、やつらがやったという証拠はどこにもないし、ぶつも見つかっていない…」
「学校は警察ではない…。どうしたらいいんだろう…」
家に帰ってからも事件のことが頭から離れない。今日こそは間近に迫っている学校訪問の指導案に取りかかろうと思っていたのであるが、そんな気に全くなれない。期限に遅れれば叱られるに違いないと思いながら、臆病者の私にしてみれば珍しく、「飲んで全てを忘れちゃえ作戦」を実行することにした。妻の制止を振り切り、缶ビール(500ml)を4本ほど飲み深い眠りについた。
「ピピピピッ…」
目覚ましの音で目を覚ます。実に不快な朝であった。「年休攻撃…」実行! と言いたいところであるが、ご承知の通り私は臆病者…そんな根性はない。
「校内にぶつはない!」、「今日は校外を探すぞ!」と心に決め、当時乗れなくなるとは思いもせずに購入した、新車のパジェロに乗り学校に向かった。
学校に到着し、私が向かったのは、「あいつら」がよくたまっている、例の校門から駆け足で所要時間2分35秒のところにある神社である。「こんなところで、いくらあいつらでもでかい食缶かかえてフルーツなんか食わんわなー」と思いながら、神社を捜索していると、ごみのたまった側溝に、銀色に輝くなにやら丸い物体を発見した。
「大きさから食缶じゃない…何かの空き缶かな?」と思いながら近づき拾い上げてみると、それはまぎれもない給食配膳用の例の「オタマ」であった。
「ついに見つけたぞ!」
私はスキップして学校にもどり、得意げに仲間に報告した。これは大手柄と思っていた私に対する仲間の反応は冷たく、「それで食缶は?」の一言で終わってしまった。トホホ…。
神社に「オタマ」が捨ててあった事実から、私は思い切って「やつら」と直接話をすることにした。
「おまえら、給食ぱちっとらん(盗んでいない)だろうなぁー」
「そんなことするわけないじゃん! 俺たち給食だけが楽しみで学校にきているんだし」
「でもよー、お前たちがいつも親睦を深めている神社にオタマがあったんだよなー…」
やつらの中の、気の弱い一人の顔色が少し変わったが、他のものは相変わらず強気である。
「そんなことするわけねーじゃん! 証拠もないのによー! 俺らオタマなんて知らんわー」
「本当にお前たちじゃないんだな!」
「しつけーなー(しつこいなぁー)、教師が証拠もないのに生徒を疑うのかよー、人権問題だぜー」
ばれてはなるものかと、やつらの顔つきがだんだん真剣になってくる。私ははぐらかすようにして謝った。
「わかった、わかった…。お前たちを疑った先生が悪かった。すまん、すまん…」
私が謝ったのにやつらは機嫌をよくして、
「わかりゃーいいんだよ、わかりゃー」
そこで私は臆病者のテクニック、<はったりかまして相手の不安感をあおる作戦>にでることにした。
「そこで、お前たちに頼みがあるんだけどよー…聞いてくれるか?」
「何だよー、下手に出て気持ちわりーなぁー」
「先生たちも昨日から犯人を捜しているんだけど、まったく手がかりがないんだ…。お前たちも犯人捜しに協力してくれ! 給食泥棒もりっぱな犯罪だからな。昨日、警察にもきてもらって配膳室のドアの指紋をとったり、足跡をとったりしてもらったんだ。状況証拠からうちの生徒の犯行に間違いがないんだ。先生はお前たちと同じ学校に通っている仲間を警察に行かせたくないんだ。お前たちの将来を大切にしたいんだ! 正直に自分から名乗り出て、学校でできる限りの指導をし、被害届を取り下げたいんだ。学校は警察じゃないからこういうことが二度と起きなければいいんだ! 頼む、協力してくれ! もし誰がやったかわかったら、そいつに自分から先生に言いに行くように言ってくれ!」
「し、しょうがねーなぁー…見つからんと思うけど俺たちも探してみるわー」
「すまん! ありがとう!」
この事件以来、私は給食指導を今まで以上に徹底することにした。
●4時間目が終了たら、10分以内に手洗い・トイレを済ませ、給食当番以外は席に着き、絶対に後片付けの指示があるまで席を立たない。(これを徹底しないと、勝手に自分のおかずを増やしにきたり、勝手に欠席者のぶんをとっていってしまったり、デザートなどの数が足りなくなってしまう)
●「いただきます」をするときには、その日の献立が全員に確実に配られているかを必ず確認する。友だち同士で食べられないものを勝手にやりとりさせない。(給食費を支払っていることを考えれば当然のことである。また、友だち同士で好きなように献立のやりとりをしていると、やがて必ず力のあるものが弱いものから圧力のある「ちょうだい」という言葉で搾取するようになる。食べられないものがあってそれを残すときは、教師指導のもと配膳台にもどし、何らかの公平な方法で分配する必要がある。おかわりや、おかずを増やすときにも必ず教師が、増やしたい人数を把握し公平に盛りつけるべきである。給食は、人間の本能がいちばんでやすいときである。自分だけたくさん食べられればよいという本能を、理性で押さえ込むことを学ばなければならない。
●食べ物の大切さを理解させる時間にする。心ない生徒は、食べ物を粗末に扱う。嫌いなものを残したりするのはまだましであるが、時として、ミカンやパンなどを投げて遊ぶ生徒もいる。食べることができる幸せを教師が語りかけなければならない。食べ物を粗末にしている生徒を、厳しく叱れなければ教師でもなければ大人でもない。食べることの尊さを教える義務が大人にはある。
●給食中はよほどの理由がない限り席を立たせない。(外食に行って、自分が食べ終わったからといって席を立ち歩き回ったり、暴れたり騒いだりしている人はいないであろう。それは、他にも食事をしている人がいて、その人達が気持ちよく食事をするための思いやりである。給食中でも同じである。穏やかな気持ちで食事をする習慣を身につけさせる努力を教師はする必要がある。給食中、勝手にトイレに行っても知らんふりをしたり、廊下に出てしまっているのに気づかない教師は「喝!」である。徹底することがやがては自分の身を守ることにつながることを忘れないで欲しい)
●片付けの指導をきめ細かくすることの徹底。(給食の片付けのしかたでも、その生徒の人格が問われる。残飯をなくし、食器をきれいにして片付けることは、自然の恵み、給食に携わる方への感謝の気持ちにつながる)
このようなことが、私が「給食食缶紛失事件」で学んだことである。なんとまあ細かくて、息苦しいと思われる方もいるかもしれないが、こういったことをしっかりやっている学級は、給食中実に穏やかで、「食べられる」安心感に満ちあふれている。そうでない学級は、特に立場の弱い生徒が、自分の食べる分があるかどうか心配しなければならない、弱肉強食の争いが絶えない時間となってしまう。食事をしているときは、人間が「幸せ」を感じる時間でなければならないはずだ。気持ちの荒んだ学級にしたくない…。だから臆病者の私はこんな細かいことにこだわるのである。
「やつら」は鍵も失い、自分たちの身に危険が迫っていることを悟った。当然のことながらそれ以降給食がなくなるという事件は二度と起こらなくなった。
そして「やつら」が卒業し、私もこの小牧中に転任し3年がたったある日…。「やつら」の一人から学校に電話がかかってきた。
「先生お久しぶりです。…中学校のときはいろいろご面倒をかけてすいませんでした。今度仕事でしばらく長野県に行くので、一度先生に会いたいと思うんですけど…」
という内容だった。時間を合わせて久しぶりに「やつら」の一人に再会することになった。待ち合わせ場所は市内のとある本屋の駐車場。中学時代のやつならば、竹槍のついたうるさい音のするバイクで登場すると思っていたら、仲間を2人引き連れ、びしっと並んで静かに自転車に乗ってやってきた。
すこし期待を裏切られたような気持ちになったが、その姿が中学時代のやつらから考えるとやけに新鮮に感じた。
「何が食いたい…?」
「ベトコンラーメン!」(ベストコンディションラーメンの略らしいが真相は定かでない)
やつらは迷わず答えた。
ラーメン屋のカウンターに4人並んで早速注文した。
「おまえら好きなものたのめ…」
「ベトコンと唐揚げ」
「ベトコンとゲソ唐」
「国士無双とニラ玉」(国士無双はニンニク・唐辛子たっぷりの激辛バージョン)
(こいつらラーメンといいながら一品ずつ余分に頼みやがって…給料前で財布軽いのに…)
しばらく、中学校時代の話で盛り上がった。けんかした話や、ものを壊した話、家出した話、仲間がバイクで事故を起こした話…。私にとってはこいつらと過ごした時間は悪夢の時間だったはずなのに、懐かしく、なんだか楽しく感じるのはなぜだろうと思いながら、確信に迫った。
「例の食缶はどうしたんだ…?」
長野に行くやつが答えた。
「あれ? あれまだ俺の家にあるよ…」
私の中にあった心の霧がスーッと薄らいでいった。
「うん、そうか…大事にしまっておけよ…」
(「鉄は熱いうちに打て! 1年生の生徒指導が3年間を決める!」)につづく…
(2003年11月17日)