愛される学校づくり研究会

【第3回】通知表◇先進校に挑戦(1)
―通知表を単元別に変える

夏から秋にかけて、先進校の研究発表会資料や雑誌・新聞の紹介記事をよく目にします。構想、計画、成果の一覧表…、時間をかけて作りあげた成果物から、苦労を重ねた先生方の気持ちが伝わってきます。
 しかし、優れた事例が自分の学校の参考になるとは限りません。ねらいや方法は、学校の環境や児童生徒に合わせて変えねばならないからです。
 となると、先進校が初めにどう考えていたのか、なぜその方法を選んだのか、が知りたくなります。これから取り組む学校にとっては、前例がない取り組みを進めるプロセスが役に立つはずです。
 今回から始める新シリーズは、この「プロセス」を伝える試みです。新たに取り組む学校(挑戦校)が抱える課題と、実践している先進校の経験談をQ&A形式でお伝えしていきます。(本音で語っていただくために、学校名は全て仮名とし、内容の一部を変えています。ご了承ください。)
 

【挑戦校より】
 来年から通知表を単元別に変える予定の小学校です。小規模校のため推進役の先生がキイとなります。推進役がリーダーとして、一授業者として、自信を持ち続けるためには何が必要でしょうか?

A小学校は1年から6年まで1学級の小規模校です。子どもたちにきめ細かな指導ができる小規模校の特色を活かせるように、来年度から通知表を単元別に変える(注1)ことになったそうです。
 校長先生に伺いました。
 

推進役の先生がキイ

Q1 新年度まであと半年、今一番の課題は何ですか?

A1 推進役の先生が取り組みをリードできるように、校長としてどんな指導をすればよいか、ずっと考えています。
 「通知表を単元別に変える」取り組みは、全学年の先生が、全ての教科・単元で続きます。1年間続けていくためには、全体をリードする教務主任など推進役となる先生が最も重要です。
 小規模校ですから、推進役の先生も担任を持っています。他の先生の相談に答えつつ、自分のクラスで授業と評価も見直さなければなりません。学校の方針に納得しているだけではなく、一人の授業者として、自分自身の授業と評価に、自信を持ち続ける必要があります。
 また、複数の先生が評価委員会を組織する大規模校と違い、小規模校の推進役は一人だけです。特に評価に詳しい先生でなかったとしても、一人で校内をリードする判断をしなければなりません。
 

納得と研修と環境作り

Q2 現時点ではどんな準備をお考えですか?

A2 当面、次の3つを考えています。
1.管理職と推進役が本音で話し合って納得できる計画を作る。
→  実行段階に入って方針がぶれないように、計画の段階で、校長、教頭と推進役の先生が十分時間をとり、本音で話し合う。
2.推進役の先生に研修の機会を与える。
→  先生自身が理論や方法を学び、問題が起こったときによりどころとなる本や他校事例を見つける。
3.学校全体としての環境を作る。
→  保護者への説明と信頼関係作りや、評価情報を管理するIT環境の整備など、校内校外の環境を整備する。

 準備を急ぎたいA小学校。しかし、前例のない取り組みを進めるための手がかりがまだ見つからないようです。
 

【先進校より】
 「今よりも楽になる」ために「情報化」を進めたら、単元別の通知表になりました。肩の力を抜いて取り組むとよいかもしれません。

さわやかな秋晴れとなった9月のある日、B小学校を訪ねました。新教育課程を機に、通知表を単元別に変えた各学年1学級の小規模校です。A小学校のヒントとなるお話が伺えるかもしれません。
 校長先生に事情をご説明して、通知表改訂のいきさつからお話を伺うことにしました。
 

原点は「学校の情報化」

Q1 なぜ、通知表を単元別に変えたのですか?

A1 通知表改訂は「学校の情報化」で共有したデータを生かすために、取り組んだメニューの1つです。最初から「通知表を単元別にする」ことをめざしたわけではありません。「学校の情報化」が原点です。
 職員室にパソコンとネットワークが整備される機会に、ペーパーレスによる先生の仕事の「省力化」に取り組みました。連絡事項を電子掲示板で確認できるようにして毎日の打ち合わせをなくしたり、サーバー上にデータを共有することで、配布書類や帳簿を作る時間を減らしました。
 校長が代替わりしたり推進役の先生が異動した後でも元通りにならないように、どんな学校でもできるゲタばきでできる「情報化」をめざしたのです。
 

まずは省力化

Q2 では、通知表改訂のねらいも「省力化」ですか?

A2 まずは「省力化」です。
 新しいことを始めるだけで、今より楽になることはまずありません。誰だって苦しくなるとわかっていたら、やりたくないものです。ITに限らず新しいことを始めるときには、まず「今よりも楽になる」かどうかが大切だと考えています。
 通知表を書くときは職員室の机では資料を広げられません。だからたいてい教室の机を使っていました。1学期末の蒸し暑い教室では、ゴム印を押してもインクがなかなか乾きません。1枚1枚汚れないように気を使えばさらに時間もかかります。
 学校以外の一般社会では、こんなことはやっていないでしょう。通知表が職員室のプリンターから打ち出せるようになるだけでも、こうした現実から考えれば、大きな意味があります。
 

単元別評価で学期末の作業は変わる

Q3 評価データが単元別になるので、大変ではありませんか?

A3 単元別に入力した結果をそのまま打ち出すだけなので、学期末にデータを集計する作業はありません。また、転記して確認する作業もなくなりました。
 そのかわりに、図工の作品や総合の成果物の写真から、一人ひとりの通知表にのせるものを選ぶ作業に時間をかけています。
 

子どもにとっての足あとを残すアルバムに

Q4 印刷される写真も一人ひとり違うのですか?

A4 はい。作品や成果物だけでなく、学校行事や授業の様子など、学習の足跡となる場面はデジカメでとって、デジタルポートフォリオとして保管しています。そこから、この学期の成長を表す1枚を選びます。子どもたちが楽しみにしているので、選ぶ先生も力が入りますし、保護者の方の評判もいいです。
 小学校6年間にもらう18枚の通知表が、小学校生活の足あとを残すアルバムになるはずです。
 

毎月の評価で授業を見直す

Q5 日ごろの評価や記録に時間がかかりそうですね。

A5 単元別の評価は、毎月1回、学級担任と学年担当の管理職(注2)の2名が、きちんと時間をとって話し合って決めます。
 観点別評価にはあまり時間はかかりません。むしろ、話し合いから学級担任が気づいていない子どもの姿が見えてくるなど、授業のやり方や学級経営を見直す時間にもなっています。
 

自信を持って使える評価規準に

Q6 観点別評価に時間がかからないような工夫をされていますか?

A6 評価規準は、文科省や教科書会社の資料に頼らずに独自で作りました。教師自身が「これはいい」と自信を持って判断できる項目にしています。
 また、評価規準は「○(おおむね到達)」だけとし、「○」と「 」(無印)の2段階で評価しています。
 

毎年検証して、評価への信頼を築く

Q7 観点別評価について、保護者の信頼は得られていますか?

A7 学年の始めと終わりに標準学力検査を行い、校内の評価と比較して、評価規準を検証しています。世間では、教師の主観による評価は高めに出る傾向があると話題になりますが、実際には、標準学力検査より校内の評価が厳しいケースが多いです。保護者にも「うちの評価は厳しいです」と説明しています。
 

全員が慣れる環境をつくること

Q8 通知表の変化が、大きな動きの一部であることはわかりました。校長先生が全体として最も重視されていたことは何ですか?

A8 全員が新しい環境に早く「慣れる」ようにすることです。
 学校のデジカメを買ったときには、担任全員に渡して「自分で管理してほしい。自宅に持って帰ってもいいので、プライベートで使ってとにかく慣れろ」と言いました。プライベートで使い慣れた先生から「通知表にのせるために、学芸会のこの場面は必ず撮る」と、仕事でも見通しを持って使えるようになる。戸棚にカギをかけてしまっていたのでは、こういう視点は生まれません。
 パソコンだって一人に1台あればすぐ慣れます。
 

肩に力を入れすぎないこと

Q9 校長先生はどのような指示をされたのですか。

A9 いろいろと「しかけ」は作りましたが、動き出したらこちらからは何も言いません。先生方から声が出るのを待ちます。
 取り組んで予定通りの成果が出ると、欲が出て「これができたなら、さらに上を」と言いたくなるところですが、がまんします。先生方が楽しくなくなるからです。言われると追い詰められて、ついには息切れしてしまいます。
 校長は肩に力を入れすぎない方がいいです。「成果もそこそこ出ているし、何より楽だよね」と先生方が感じるぐらいであえて止めておくことが、「来年も続けよう」「次もやってみたい」という思いにつながります。

【Q&Aを終えて】
 「目的はまず省力化」。B小学校のお話に最初は青ざめました。「小規模校にあう指導と評価」をめざすA小学校とは何の共通点もないように思えたのです。
 しかし、お話を聞くうちに気づきました。かみ合っていないようで、どこかで通じ合うような感覚。これが、「これから挑戦する学校」と「先に経験した学校」の違いなのだとしたら・・・。
 「まず楽をすること」は「全員をリードし続ける」条件なのでは? 「自信を持って使える独自の評価規準」は「一授業者としての納得」が得られる方法ではないでしょうか。もう少しで「挑戦校」と「先進校」の接点が見えそうです。
 そこで、次回は「続・単元別の通知表」として、A小学校とB小学校の推進役の先生に実務に近い視点からお話を伺います。ご期待ください。
 
column3_03.gif

(2003年10月13日)

後藤真一さんcolumn3_title.gif

●後藤 真一
(ごとう・しんいち)

教育コンサルタント。教材出版社で中学校向け教材作りに16年間たずさわった後、独立。学校と地域や専門家をつなぐ「学校の裏方」をめざす。現在は、学校現場を歩き、自分を磨く修行の日々を送っている。岡山県在住。