★このコラムは、愛知県一宮市の公立小中学校長を歴任された平林哲也先生によるものです。平林先生は「発信なければ受信なし」の理念のもと、校長としての思いを学校ホームページに毎日発信していらっしゃいました。アクセス数が増えるのに伴って強くなる保護者や地域との絆。さまざまな実践を工夫されてきた平林先生に、学校と家庭・地域との結びつきはどうあるべきかについて語っていただきます。
【 第10回 】学校と地域をつなぐマネジメントの秘訣
ある読者からの指摘
この連載コラムも10回目を数えました。
これまで、私自身が経験してきた事例や仕掛けとして実践してきたことがらを中心に筆を進めてきましたが、先日、あるコラム読者の方から、「学校が保護者や地域から信頼されるための秘訣は何ですか? 実践例の裏にある、信頼関係をつくるための人と人のつながりや校長としての求心力、そこが知りたいのですが……。」と尋ねられました。
確かに、数々の実践事例を紹介してきましたが、そこに至る途中経過や保護者・地域の方々とのコミュニケーションの取り方については具体性がありませんでした。
今回は、そのことに焦点を当てて述べたいと思います。
組織マネジメントのあり方
よく「校長が変わると学校が変わる」と言われることがあります。
この表現は、肯定的な意味あいで使われる場合が多いのですが、時には、全く逆の意味あいで使われる場合もあります。
前者の場合は、校長のリーダーシップが学校組織に有効に働き、学校全体にプラス変化を遂げている状態を指します。後者の場合は、校長のリーダーシップが結果としてマイナスに働いている場合や、ワンマン校長が去った途端に学校組織が機能しない状態を指します。後者の場合、えてして「だから新しいことに挑戦するよりも、従来通りに事を進めた方が混乱しないのだ。」などと、何ら創造性や発展性のない発言につながっていきます。
私は「変えるか変えないか」という視点ではなく、「学校が目指したい目標は何か」を絶えず問うようにしてきました。つまり、その目標を達成するために継続すべきことは継続する、効果や意味のないものは思い切って削除する、足りないものは新たに付け加えるという組織マネジメントの基本を大切にしてきたのです。校長が変わることによって、何かを削除したり付加したりすることは、学校経営のあり方として極めて当然のことですし、「信頼される学校」にしていくためには欠かせない姿勢です。
保護者・地域とのコミュニケーションを取る前に、まずは校内組織に校長としての理念や思い、願いを常に伝えることが何よりも肝心です。私が勤務した学校は、業務の効率化や生徒とのふれあい時間を確保するために、職員会議以外には朝夕などの全職員による打ち合わせ時間を持たない学校でしたので、学校ホームページの「校長室」による記事発信を利用して、毎日私の考え方を伝えました。これは学校経営上、極めて効率的、かつ効果的であったと自負しています。
もちろん、何かを削除したり付加したりする場合には、校内の賛同を得るために、意図的に個々の教職員との直接対話も心がけました。その際、教職員に対して私から単刀直入に意見を求めるというより、私の悩みや期待を語りかけることが主でした。一緒に取り組んでほしい、そんなスタンスの方が道は開けるものです。また、日ごろの教職員とのとりとめのない世間話の中から、新たな企画に直結する思わぬヒントが得られることもあります。
保護者・地域との連携
学校ホームページによる校長自らの発信は、保護者や地域との連携においても大きな力となります。PTAや地域の限られた会合で話すより、ホームページによる発信は多くの保護者や地域の人に対してタイムリーに語りかけることができます。具体的な事実を通して、それをどうとらえているのか、今後どんな方向に進もうとしているのかを言葉で伝えることによって、学校と保護者・地域とのコミュニケーションの起点となることも多々あるのです。実際、そこから生まれた新しい企画がたくさんあります。ですから、学校の日々の様子を伝えることは、管理職のマネジメントの一つと考えるべきです。
1)例えば、中学生のスマホ問題。(詳しくは、第3回参照)
スマホを持たせた保護者が無関心であっては、起きている問題に切り込むことはできません。「スマホは、持たせた保護者の責任」という学校からの発信に呼応して、PTA役員が立ち上がりました。外部講師を招聘して保護者が学習する機会を持つことも意味のあることです。しかし、PTA役員が自らスマホ講習会に参加して学ぶ機会を持ち、それをもとに小学生の保護者を巻き込みながらより多くの保護者と起きている問題、今後起きうる問題について考え、解決の道を探ろうとする動きは、もっと意味のあることだと思います。数々の問題を学校がすべて抱え込むのではなく、問題を整理し、家庭や地域が担うべき部分について日ごろから発信しておくことがこのような動きを生む秘訣です。
2)例えば、「PTAさんかく倶楽部」。(詳しくは、第4回参照)
多くの学校のPTA役員任期は1年、長くて2〜3年です。毎年のように役員が入れ替わるため、なかなか継続的なPTA活動を行うことは難しいものです。ましてや、子どもがその学校を卒業すれば学校との縁も切れるのが普通です。しかし、中には役員任期後も地域人としてその学校に関わり続けたいと考える人もいます。また、役員にはならなくても、積極的にPTA活動に加わりたい保護者もいます。そんな役員経験者や現役保護者をメンバーとした「PTAさんかく倶楽部」が誕生し、PTA活動をサポートしています。学校や校長からの要請ではなく、地域人としての思いや人と人のつながりから提案され、生まれた組織である点は特筆に値します。このような組織ができる背景には、日ごろから信頼される学校づくりに力を注ぐ学校としての姿勢が必要であることは言うに及びません。
3)例えば、「おやじの会」。(詳しくは、第4回・第6回参照)
現役保護者はもちろん、保護者OBや将来の保護者も会員として迎えることによって、地域の大人が縦のつながりを作り出しています。学校という枠だけでなく、地域全体につながる活動を企画・運営していく姿は、学校サポーターというよりパートナーと呼ぶにふさわしいものだと思います。しかし、多忙を極める教職員が常に「おやじの会」との関係を持つことは困難です。したがって、企画ごとに、いろいろな立場の教職員が「おやじの会」と結びつくような仕掛けを管理職がコーディネートしていくことが重要です。実践例で挙げた「おやじの会」によるキャリア教育は、該当学年所属の先生とのチーム・ティーチングで行うので、会員と教職員相互の意思疎通や理解を図るにはとてもよい仕掛けとなりました。
4)例えば、地域づくり協議会との連携。(詳しくは、第7回参照)
地域住民として、だれしも地元の学校を誇りに思いたいのは当然です。その誇りは、学校が地域に目に見える形で貢献することによって初めて生まれます。地域づくり協議会とタイアップした生徒の地域ボランティア活動や地域行事への参画は、その好例となります。ですから、管理職は日ごろから地域の会合にこまめに顔を出し、そこで得た意見や要望の中から地域のニーズを的確にとらえ、それを学校経営戦略の中にどう落とし込んでいくのかというマネジメント感覚が求められます。
もちろん、このような活動は土日や祝祭日に行われるものですから、引率や指導でそこに関わっていく教職員に労いの言葉をかけたり、自身も積極的にその場に顔を出したりするなどの配慮が必要です。私の場合、表舞台に立つ生徒を積極的に学校ホームページで紹介するとともに、さりげなく陰で支える教職員の姿も記事にするように努めました。
思考は柔軟に、実行は大胆に
マネジメントで大切なのは、「思考は柔軟に、実行は大胆に」です。
組織の中にどんなシステムを構築したとしても、システムそのものが自動的に動いてくれるものではありません。どんなシステムも、それを動かしていくのは人です。ですから、マネジメントの対象は最終的には人です。
管理職はさまざまな人との対話を通して柔軟に思考し、これだと思える実現イメージを描くことが大切です。人はイメージできないことはなかなか実現できないものです。ですから、そのイメージを共有できる人をいかに増やすか、そしてそんな人たちをいかに組織の中に取り込み、活かしていくのかが大切です。
これまでご紹介してきたさまざまな取り組みは、初めからシステムがあったわけではありません。実現イメージに基づいてシステムを構築し、それを動かしていく人とのつながりの中で生まれてきたものばかりなのです。
(2016年1月11日)