★このコラムは、愛知県一宮市の公立小中学校長を歴任された平林哲也先生によるものです。平林先生は「発信なければ受信なし」の理念のもと、校長としての思いを学校ホームページに毎日発信していらっしゃいました。アクセス数が増えるのに伴って強くなる保護者や地域との絆。さまざまな実践を工夫されてきた平林先生に、学校と家庭・地域との結びつきはどうあるべきかについて語っていただきます。
【 第9回 】地域に根づく若者を育てる
「ふるさと」としての地域
中学校卒業後も、多くの子どもたちはそのまま地域に残っています。
愛知県一宮市の場合、大人になってもそのまま地域で暮らすケースが多いのですが、大学進学や就職・結婚などを機に「ふるさと」を離れ、生活の基盤を他の地域に移すことになる子どもたちもいます。
将来、どんな場所で生活しようとも、人の心の根っこの部分は、やはり生まれ育った地域であり、実家のある地域です。「地域とともにある学校」をつくっていこうとする場合、その部分を抜きにしては成り立ちません。多くの人にとって、やはり「ふるさと」の重要な柱の一つは自分が過ごした「母校」なのです。
若者の心を地域に根づかせるために
一宮市では、市民会館で行う市の成人式(通例、毎年1月第2日曜日の午前中)のあと、午後は会場を母校の中学校(全19中学校)に移し、「新成人のつどい」を開催しています。その費用は市が負担します。 |
地元に残る卒業生の中から選ばれた実行委員たちが、この「新成人のつどい」の企画・運営をしています。学校は場所を提供するだけですが、教職員が実行委員の相談に乗ったり、当日の運営を補佐したりしています。毎年、地元を離れた若者もかなりの割合で参加し、当時の学級担任などを交えて旧交を温め合う姿は、本当にほほえましいものです。
地元を離れた若者にとっては、このような機会に「ふるさと」を強く意識しますし、地元に残っている若者にとっても、母校での同級生との再会は、自分の心の根っこを再確認するきっかけとなります。
行政が執り行う「成人式」とは異なり、この「新成人のつどい」は新成人自身が企画し運営するところに大きな意味と価値があります。将来の地域コミュニティを担う若者たちが、手づくりのつどいを開催することによって、その後も仲間の絆を持ち続けてくれます。そして、何年後かには、我が子が通う小中学校の保護者としてつながると同時に、学校サポーター・学校パートナーとなる素地を作ることにもなります。
学習チューターの活用
一宮市の小中学校では、将来教員をめざす大学生を対象とする「学習チューター制度」を導入しています。 |
教員免許取得のための教育実習とは違い、学生の自発的な活動ですので、学生たちの学ぼうとする意欲が非常に高く、熱心に活動してくれます。年間を通して活動できるので、学生にとっては学級経営や教科経営の勉強にもなります。また、児童生徒の成長ぶりを長期にわたって確かめることもでき、より深く児童生徒を理解することができます。
児童生徒にとっても、年齢が近い大学生はなじみやすく、気軽に声をかけたり分からないところを質問したりできます。さらに、教員にとっても、授業での個別指導や個別支援の助けとなり、より効率的な授業が展開できます。
この「学習チューター制度」を利用して学んだ学生の多くが、実際に一宮市内の小中学校で正規教員や講師として活躍しています。一宮市では、「学習チューター制度」が地域に根づく若者を育てる仕掛けの一つとなっているといえます。
地域コミュニティの担い手を育てる
自分の通った学校、自分の子どもたちが通学している学校に対してだれもが愛着を持っているわけではありません。しかし、現在、学校に力強い支援をいただいているボランティアやサポーター、パートナーの方々の多くは、住んでいる地域や卒業した母校を愛する人たちです。
また、「ふるさと」を離れた人も、自分が過ごした地域や母校に対する愛着が強い人は、どの地域に住んだとしても、その地域や学校に対する関心が高く、機会さえあれば支援したいという気持ちを抱いているケースが多いものです。
ですから、在学中はもとより、卒業してからも若い年代の間に学校が関わり続けるような仕掛けが必要です。やがて、保護者や地域コミュニティの核となる人材なのですから。
より多くの人々に学校、そして地域への愛着を持ってもらうためには、「信頼される学校」でなければなりません。そのために、校長は短期、あるいは中・長期にわたる学校経営ビジョンを明確にし、その達成に向けた具体的な方策を実践していくことが求められるのです。
(2015年12月14日)