★学校ICTはどこに向かうのか、そこにどう向かっていくべきなのか、研究者や学校経営、教育課程や情報教育担当者、更に学校の情報化を支えるサポート業者等のそれぞれの立場から、豊福先生、芳賀先生、水谷先生、川本先生、古田先生、EDUCOM社より情報発信して頂きます。考え方は一つでないところが本研究会のよさです。
【 第1回 】迷走する日本の教育情報化
〜国際大学GLOCOM 豊福晋平〜
本来なら情報化と未来論は相性が良いのですが、どう考えても上手くいっていない教育情報化の話をするのはどうも気乗りしません。
学校現場の人なら情報化対応が順調に進んでいると認める人はおそらくいないでしょう。そのような現状を差し置いて、どこかの見本市で企業が派手に宣伝しているような製品をつまみ食いして未来を語っても虚しいだけです。最初から重い話はしたくないのですが、議論の道筋を立てる都合上、いくつかのポイントについて触れてみたいと思います。
1.日本の教育情報化は世界的には2周遅れ
「先進的な日本の教育を海外へ輸出」のような話はたびたびニュースになるので、教育情報化だって世界的には劣らないと思っている方もおられるでしょう。日本の教育先進性についてはさておき、少なくとも教育情報化に関して言えば、機材配備・運用利活用も含めてOECD諸国の平均的なレベルよりも相当劣っているという認識は共有したいところです。
国際比較で分かりやすいのは教育用PC1台あたりの児童生徒数統計ですが、日本の現状は6.5人/台に対してシンガポールは2.0人/台、米国は3.1人/台です。現在の文科省の整備基準は米国並みの3.2人/台を目標としていますが、かつて日本の教育用PC整備が、米国の数値を上回った事は一度もありません。つまり、日本の教育情報化は最初から後追いでトップランナーになったことはないということです。
2.学校だけがICTと無縁でいられる理由はない
「ICTは教育目的達成のための手段に過ぎぬ」は、教育関係者の常套句ですが、そこまでして主従にこだわるのは学校教育の領域だけです。一般常識として、現実社会は技術革新と相互作用の関係にあって、画期的な技術が変革(イノベーション)を引き起こす可能性があるのですから、教育も例外ではないのですが…。
先に述べた通り、教育情報化の先進国は日本のはるか先を行っていますので、日本の現状から見れば、何故こんな仕様になっているのか、疑問に思うことも少なくありません。しかし、諸外国が教育情報化に対して大きな投資をしてきたのは、それに見合った社会的要請や教育思想・方法の変化があったと見るのが合理的でしょう。
3.日本型ICTモデルの先に先進国型ICTモデルはない
具体的なモデル比較は別稿(ある日のA君の授業/ある日のB君の授業)を見ていただくとして、日本型よりも先進国型の方が充実した環境であるのは当然ですが、面白い事に日本だけでこだわっている事がいくつかあります。
例えば、学習者端末ではロックダウン(操作不可にする)、問題一斉配信、回答の一括集約といったものです。日本の授業ICT利活用は基本的に一斉授業のシナリオに沿ってコントロールされるので、全て一斉授業スタイルに合わせたものだと言えます。
一方、先進国型モデルでは、授業支援システムのようなものがない代わりに、クラウドサービスを活用した文書共有・課題提出や校内SNS・LMS・電子メールといったベーシックな機能を多用します。電子黒板を駆使した講義型授業もありますが、まとまったレポート課題を出してたっぷり作業時間を当てる学習者中心型授業のスタイルが一般的です。
日本の学校関係者にこの事を示すと、たいがいの人はあまりの違いに困惑の表情を顕わにしますし、挙げ句の果てに「これは授業ではない」と言い出す人が出たりします。
ですから、日本型モデルを物量的に進化させても、おそらく先進国型モデルにはなりません。これはどう考えたら良いでしょう?「日本の教育は優れているのだから、そのまま突き進めば良い」でしょうか、それとも、「諸外国のトレンドを参考にして、授業スタイルも変えるべき」でしょうか。筆者は、一斉授業が行き詰まってゆでガエルになる前に、さっさと学習者中心型の授業スタイルを取り入れるべきだと考えるのですが、その理由は次回述べたいと思います。
(2016年6月13日)