★このコラムは、津市の太郎生小学校の校長だった中林則孝先生によるものです。中林先生は校長としてほぼ毎日「学校便り」を発行していらっしゃいました。教室で起こるドラマをドキュメンタリー風に書き綴った便りからは長年の実践に裏打ちされた深い教育哲学と固い信念を感じます。真っ直ぐで媚びを売らないその論調から「中林則孝のゴメンネ辛口コラム」というタイトルにしました。教育にまつわるさまざまな話題を独特の切り口で切ってもらいます。
【 第2回 】進度の遅れは必然的!
4月末、初任者の先生に算数の進度を聞きました。すると、2人の先生は即座に「遅れています」と言います。「何時間遅れていますか」と聞くと、指導書を見ます。別の2人の先生は進度が遅れているかどうか、意識していないようで、「えっと……」と言いながら指導書を見て進度を確認します。そして、「遅れています」と答えました。
私の担当している4人の初任者は全員、4月末の段階で進度が遅れていました。遅れている時間数は3時間から5時間のようです。
私が担当している初任者だけがたまたま進度が遅れていたのでしょうか。
進度が最も気になるのは算数です。そこで、今回は算数の時間数をていねいに考察してみます(45分を1時間と見なします)。学習指導要領によると、小学校の算数の時間数は年間175時間(2年から6年)となっています。年間35週が基本ですから、毎週5時間となります。つまり時間割上では算数は毎日1時間授業をするということになっています。これは全国全ての学校で同じ状況だと思われます。
実際の年間の算数の授業時間数はどの程度でしょうか。1年間の授業日数はおおむね200日です。でも、毎日算数の授業が出来るわけではありません。始業式や終業式、運動会、遠足や社会見学、卒業式、6年生を送る会などのため、年間では10日ほどは算数の授業をすることができません。200日の授業日数から10日を引くと、算数の時間数は190時間となります。さらに、インフルエンザのために学級閉鎖になることもあるでしょう。担任が出張のため算数がプリント学習になることもあるでしょう。こうして考えると、年間185時間程度が精一杯だと思われます。その185時間を確保することすら容易ではありません。運動会の練習や卒業式の練習などが入ってきても、算数の授業を抜かないという前提です。
先に書いた算数の標準時間数は175時間です。対して、185時間が確保されるのであれば問題はないのでしょうか。
いいえ、そうではありません。ここからが本題です。教科書は学習指導要領に基づいて作られています。175時間という指導時間を前提にした編集になっています。
私たちの市で使っている教科書の指導書(4年)によると、標準時数は154時間です。予備が21時間となっています。予備時間については後で触れることにして、154時間の配当時間は、年間に取れる最大の185時間から考えると、一見余裕があるように思えます。31時間の余裕となる計算です。
しかし、教科書に配当されている154時間の中にはテストの時間が含まれていません。テストは単元ごとに1枚ずつ行うのが普通です。単元は私たちが使っている教科書では年間17単元です。テストに時間のかかる児童に対応していると、1枚につき1時間かかることになります。これだけで年間17時間が必要となります。学期ごとのまとめのテストがあると、さらに3時間必要です。テスト返しの時間も必要です。1枚につき、20分とすると9時間が必要になります。合計すると、テストとテスト返しに25時間から30時間必要になります。先に書いた31時間の余裕時間がテストだけでほぼすべて消化するということになります。
教科書には「学習の振り返り」「学びの手引き」などの内容があります。でも、このための時間数は教科書の配当時間154時間には含まれていません。高学年の教科書に出ている「ステップアップ算数」というページ(40ページ前後)もまた154時間には含まれていません。教科書の指導書には、そういったまとめ的なページは「予備時間を使って時間配当してください」という指示がでています。でも、テストの時間を確保すると、予備時間はゼロということになってしまいます。
ここまで読んでいただいた方は、算数の時間数には全く余裕がないことがお分かりいただけるはずです。私の担当している初心者だけが抱えている問題では決してないのです。それなのに、経験を積んでいる教師も、算数の時間数の問題を理解していないことがあるようです。
現行の学習指導要領においては指導内容が増えています。教科書が厚くなりました。算数の教科書も見るからに分厚くなりました。教科書のページ数を比較してみます。4教科の平均は平成12年の検定の時は3090ページでした。それが平成21年検定(現行)では4645ページになっています。なんと1.5倍になっているのです。この数字は文部科学省のワーキンググループの会議に提出された資料から抜粋しましたので、半ば公式の数字といえるでしょう。高学年の週あたりの時間数は増えていません。もう目一杯なので増やしようがないのです。それをあえて増やそうとすると、夏休みを減らすとか、土曜授業をするしかありません。そのような方法で授業時数を増やすことが学力向上に直結するかどうかは別の議論が必要です。私はそのことには懐疑的です……。
算数だけに限った時間数は、年間150時間(前回の学習指導要領)から175時間(現行)に増えています。1週間あたり4.3時間から5時間となっています。でも、それ以上に内容が増えているのです。そのため、本来であれば「学習の振り返り」などは算数の授業時数に含めるべきはずなのに、配当時数からは外し、「予備時間」を使ってほしいということのようです。でも、テストの時間を取ると、予備時間がとれません。
このように構造的に算数は進度が遅れやすいようになっているのです。進度の遅れは必然的ともいえます。教科書の標準配当時間通りに授業を進めても、余裕はゼロに等しいのです。教科書の配当時間通りに授業を進めることも決して簡単ではありません。「学び合い」や「課題解決学習」を授業に取り入れていると、教科書の配当時数通りに進めるのはきわめて困難です。
今日、「学力向上」が社会的な課題となっています。基礎学力の一つである算数はここに述べたように、時間数と内容とのバランスにおいて構造的な問題があるといえます。決して初任者だけの課題ではないのです。
実物投影機やフラッシュ型教材などを適切に使い、効率的な授業展開をする必要があります。
(2014年5月12日)