愛される学校づくり研究会

桜梅桃李を愛す

★今回から寄稿させていただくことになりました新城市教育委員会教育長の和田守功と言います。「桜梅桃李(おうばいとうり)」とは、ありのままの個々「子供の姿」です。作為的なはたらきかけによってつくられた姿ではなく、無作(むさ)の、もともと一人ひとりの子供のもつオンリーワンの命の輝きが表出された姿です。そんな姿をこよなく愛し続けていきたいというのが私の思いです。そうした考えから、タイトルを「桜梅桃李を愛す」としました。私の教育に対する拙い思いの一端を皆様方にお伝えすることができればとの思いでペンをとらせていただきます。1年間、よろしくお願いします。

【 第5回 】ふしぎな中学校伝説 〜「2ハート担任」のすすめ

子供のいじめ自殺事件が繰り返されます。その度に、学校や教育委員会の対応が問われ、当該校へカウンセラーが派遣され、いじめ相談窓口の広報が繰り返され、議会では「いじめ防止条例」制定を検討するなど、学校や社会全体でいじめ撲滅に向けてさまざまな手立てが講じられています。しかし、問題が発覚する前に、「未然」に子供の日常生活をフォローするまでは至っていません。特に、小学校高学年から中学生にかけての思春期においては、親や教師をはじめ周囲の大人たちのきめ細かな配慮が格別に必要な時期です。思春期ゆえのさまざまな悩みや葛藤があっても、なかなか心の内を相談する友人や教師がいないのが現実です。子供なりのサインを発していても大人が気づかなかったり、親や教師の不用意な言葉で子供の心を深く傷つけたりします。また、好き嫌いの感情の起伏も激しい時期で、親に反目したり、担任とのそりが合わず反抗したりすることも少なくありません。

こうした子供たちの心を理解し受け入れる体制は考えられないものでしょうか。悲惨ないじめ自殺事件も、兆候は、休憩時間や放課後での遊びや雑談のなかに表れているはずです。クラスの子供たちは、お互いにそのことを認知していても、親や教師は知らないといった事例も多くあります。不完全な生身の人間のやることですから完璧な対応はできませんが、少しでもきめ細かな対応をとることは可能です。「最大の教育環境は教師である」と言われますが、子供と教師との人間関係が良好で信頼関係が確かな場合にはプラスの相乗効果が表れます。しかし、逆の場合で、しかも教師の影響を受けやすい子供であったりした場合など、子供も保護者もつらい学校生活を送らざるをえません。

子供や保護者にとって、もっとも影響力のある教師は、「担任」です。同じ教師でありながら、担任と副担任とでは重みが異なり、同じ話をしても受け止められ方が違います。担任は、子供にとって、もっとも身近な存在で頼りにしたい教師なのです。担任が自分を認め受容してくれる存在であれば、胸襟を開いて相談でき、いじめや不登校についても、事が大きくなる前に適切な対応がしやすくなります。したがって、教師という人間資源を「担任」というポストにできるだけ数多く配置することができれば、学校における子供のモチベーションを高め、教育効果を上げることにつながります。
 ところが、全国のほとんどの中学校では、ふしぎな中学校伝説があり、1人ずつの学級担任のほかに、学年主任、副担任などを置いています。子供にとって、教師との心の距離感は、その立場によって異なります。極端な場合、担任の言うことは聞けても、副担任の言うことは軽く受け流してしまうことがあります。逆に、教師の側でも、副担任が担任でないために学級の子供に対して遠慮してしまうということもないとは限りません。生徒指導において、担任の影響力を1とすると、副担任は小数点以下です。副担任も担任であれば1以上の力が発揮できるのに、これでは人材の無駄遣いと言わざるをえません。

2ハート担任(2人担任)にすれば、学校生活が楽しくなり、いじめ・不登校などの思春期の課題を、かなり軽減することができます。年度初めの学級担任発表のときの、子供たちの歓声や溜息、表情を思い浮かべてみてください。あれは担任に対する期待の大きさを表しています。保護者にとっても、担任の当たり外れのメール交換情報も、学級担任の子供に及ぼす影響の大きさを熟知しているゆえの行動です。子供や保護者は、学級担任を選ぶことができないという非情の世界です。
 でも、考えてみてください。これは、大多数の教職員や保護者が「学級担任は1人」という既成概念にとらわれていて起こる結果です。もし、担任が2人いたらどうでしょう。男女や年齢、性格やタイプの異なる2人を組み合わせた学級担任がいれば、思春期特有の揺れ動く感情的問題も、ずいぶん緩和されます。学級担任との相性や好き嫌いの感情においても、2人担任の両方とも駄目ということはなく、どちらか一方の担任とはうまくやっていけるということになります。

では、どのように2ハート担任を組むか。小中学校の教職員の定数は法令で決まっており、なかなか2人の教師を1学級の担任につける余裕はありません。とくに小学校では、管理職を除くと学級担任以外の教師は、わずかしかいません。中学校においては、学級担任以外の教師もおり、2ハート担任に向けて柔軟な対応が可能です。全学級が無理であれば、特定の学年、必要な学級について2ハートにします。中1プロブレムへの対応、中3進路指導、特別な対応が必要な学級や学年など、効果的な配置が考えられます。
 2人担任の組み合わせ方は、「男性と女性」「ベテランと若手」など性別や年齢を基本です。その上で、性格が対照的な「厳しい、優しい」「おおざっぱ、きめ細か」「楽天的、悲観的」とか、行動様式が異なる「活動的、慎重」「派手、地味」「褒め上手、叱り上手」などの傾向性を配慮して組みます。これにより、子供の日々の学習や生活のフォローが格段にきめ細かくできるようになり、子供と教師のふれあう機会や時間も多くなります。見落としや聞き落しが少なくなり、迅速・機敏な対応がとれるようになります。2人担任の「4つの目」と「2つの心(ハート)」で、いじめや不登校の早期のサインもつかみやすくなります。

今から14年前、中学校で初めて「2ハート担任」を実践しました。子供と教師の人間関係が深まり、教師の仕事量が軽減され、子供と向き合う時間が増えました。当時、全国でも例が見当たらず、中学校の生徒指導は体育系男性教諭が主流でした。自分が新城市立八名中学校長として、市教育委員会や県教育委員会に「2ハート担任」構想を伝えて了承を得て、人事で女性教諭の増員を要望したところ、そんな校長は初めてだといぶかられました。何より、自分の学校の教職員がいったい何を始めるのかと疑心暗鬼で、ベテラン教師ほど理解が得られませんでした。経験のない新しいことを始めるときにはありがちなことです。
 例えば、それまで、「朝の会」で担任である自分の話を、生徒以外の他の教師が聞いている場面など、ほとんど無かったわけです。しかし、2ハート担任になると、担任のやることなすこと話すことの全てを、もう一人の担任に見られているという状況が発生するわけです。こうしたことに、多くの教職員が不慣れなために歓迎されないわけです。そこで、「校長としての教育理念」を訴えるとともに、「子供理解の深化」「仕事量の軽減」「指導効果の向上」など、2ハート担任のメリットを力説し、なんとか理解を得てスタートしました。
 すると、半年も経過しないうちに、効果が随所に表れてきました。まず、子供が落ち着いて学校生活を過ごせるようになり、前年まで数多くあった、子供や保護者からの担任にかかわるクレームがなくなりました。女子生徒に多かった担任に対する不満も聞こえなくなり、子供と担任教師の人間関係がきわめて良好になってきました。2ハート担任により、朝の会や帰りの会、道徳や特別活動の授業風景が変わりました。日記指導や学級事務など、担任教師の物理的仕事量が2分の1に半減しました。担任の目が行き届き、きめこまかな心づかいができるようになり、生徒指導上の諸問題も早め早めに対応できるようになりました。学校や担任に対する保護者の信頼も厚くなりました。何より、教師と子供、子供同士、教職員相互の心の絆が強く太くなってきたことで、子供や教職員のポテンシャルが高まり、パワフルな生徒会活動、部活動、PTA活動が展開できるようになりました。

(2013年7月29日)

準備中

●和田 守功
(わだ・もりのり)

人間・日本文化・日本酒(やまとごころ)をこよなく愛し、肴を求めて、しばしば太平洋に。朝一番に煎茶を飲み、毎朝、自分で味噌汁をつくる。山野草を愛でる自然派アナログ人間。現在、東三河ジオパークを構想中。自称、新城市観光広報マン。見どころ・秘所を語らせたら尽きない。
教育では、新城教育で「共育(ともいく)」を提唱し、自然・人・歴史文化の「新城の三宝」や、読書・作文・弁論の「三多活動」を推奨している。
新城市教育長をはじめ、愛知県教育委員会など教育行政に16年間携わっている。また、中学校長をはじめとして、小学校で13年間、中学校で11年間、学校現場で教職を務めてきた。