★今回から寄稿させていただくことになりました新城市教育委員会教育長の和田守功と言います。「桜梅桃李(おうばいとうり)」とは、ありのままの個々「子供の姿」です。作為的なはたらきかけによってつくられた姿ではなく、無作(むさ)の、もともと一人ひとりの子供のもつオンリーワンの命の輝きが表出された姿です。そんな姿をこよなく愛し続けていきたいというのが私の思いです。そうした考えから、タイトルを「桜梅桃李を愛す」としました。私の教育に対する拙い思いの一端を皆様方にお伝えすることができればとの思いでペンをとらせていただきます。1年間、よろしくお願いします。
【 第3回 】「ヤバイ!」を数値化できるか
学校教育界の目標はなんてアバウトだろう。新卒のころ、国語科教師用指導書の各単元の目標を見たとき、強く感じたことです。それ以来、先人の研究書物や原典を読みあさったり、サ−クル活動で積極的に実践を提案したりして、教科課程や単元構想の作成や、教材・教具の発掘・開発は、自力で追究し、指導書を見ることはありませんでした。昭和50年前後になって、授業指導案に「行動目標」「到達度目標」の考え方が取り入れられるようになって、「やっと目標の焦点化が図られてきたか」と、わが意を得た気分になったことを、昨日のことのように思い出します。しかし、それから40年余がたちますが、目標設定のアバウトな状況は、それほど変わっていないような気がします。
達成目標(ターゲット)を焦点化すれば、手段も明確化します。目標が曖昧であれば授業もいい加減になります。子供たちの達成感も今一つで、成長の検証もままなりません。「教師は授業で勝負」などと言いますが、本気でそう考えるならば、私は「教師は授業目標で勝負」と言い替えたいと思います。目の前の子供の実態を見極め、この教科のこの単元で何を目標とするかを絞りきるところで、授業の勝負はつきます。また、授業実践結果の検証の観点を定めて、その達成段階を数値化すれば、クリアなターゲットになります。
授業はじめ教育成果は数値化困難というのは、教師の逃げではないでしょうか。実際、学校現場では、学力や運動能力、知能など、さまざまな分野で数値を活用しています。観点別評価を行う場合にも、数値化して評価を行っています。それでありながら、授業過程において、目標を数値化しないのは、「できないのではなく、やらない」からではないでしょうか。授業目標を設定するなかで、到達レベルを示し、子供たちの個々に応じて、具体的なプロセスを経て学習していけば、子供の達成感も得られることでしょうし、教師の指導の在り方の検証・評価もできます。また、知性はともかく、感性や徳性など、人間性にかかわる事柄は無理だとも言われます。無論、全人格的な事柄を数値で評価することは無理でしょう。しかし、身につけさせたい、社会生活のマナーや人間関係のルールを、発達段階に応じて数値化することは、可能かと思います。いくつか例をあげてみましょう。
日記や日常会話のなかで「やばい」「すごい」の感情を別の言葉で表現してみる。「すばらしい、おいしい、きれい、みごとだ」といった感覚を、若者たちは「やばい」と表現します。また、30歳以上の年代では「すごい」と表現します。テレビのスポーツ番組や旅番組を視聴していても、「やばい」と「すごい」の言葉の連発では、話し手の心の底が知れます。そこで、「やばい」「すごい」と表現しそうな事柄を、他の言葉で表現した日々の事例を記録し集積します。30日間続けたならば、随分、言葉の表現も変わり、心も豊かになると思います。他人の心のいたみのわかる思いやりのある子供を育むためには、感性の練磨が必要です。協働体験や読書体験も効果的ですが、心を形に表した「適切な言葉の使用」が「豊かな情緒を育む」という「言葉の力」に着目します。子供たちの主たる感動表現である「やばい」に着目し、毎日意識して、「やばい」でなく「意図的に他の言葉を使用する」ことを「30日続ける」という数値目標を立てることで、改善が図られます。子供の認識と表現の世界が広がり、感性が豊かになります。感性練磨の過程を数値化することは可能です。
性格・性分はなかなか変えられませんが、行動パターンは変えられます。結果として、周囲の人々からは、性格が変わったかのように見られます。集団のなかでマイナス要因として見られそうなことについては、プラス要因の行動パターンを増やすことによって、人間関係も良くなるのではないでしょうか。例えば、どこの学校でも「あいさつ運動」はやっていますが、具体的な数値目標をもって進めているでしょうか。「隗より始めよ」ではありませんが、まず身近な親兄弟から始め、「朝起きたとき親に挨拶をしたか1か月記録してみよう」などから、少しずつ対象を広げ、挨拶の言葉の仕様を考え、それぞれに具体的な数値目標を立てることで、対人関係においても変化が生まれるのではないでしょうか。このほか、「一日一善」ではありませんが、「1日に3回以上、人を褒める」とか、「1日に5回以上、人にありがとうの感謝の言葉を伝える」とか、「1日に10人以上の人と会話する」、「1日に3つ以上、人の良いところ見つける」など、具体的な行動目標を設定して実践し、行動パターンを身につけることで、周囲から見て、性格・性分が変わります。
徳性についても、具体的な数値目標を立て実践することで、徳を積むことができます。「道徳の教科化」が話題となっていますが、人間が社会生活をするうえで「守るべきこと」「してはならないこと」は、小学校卒業までに身につけることが大切です。「人の絆」「かけがえのない命」といったことも、会津藩の「什の掟」ではありませんが、「ならんことはならんのです」ということとともに命に刻むことが、必須の要件かと思います。また、「早寝 早起き 朝ごはん」「整理 整頓 後片付け」「ありがとう ごめんなさい」「あいさつ ハイ返事」といった「しつけ・習慣」についても、生活のなかの具体的場面を設定して、そこでの行動を数値目標にして実践することで、一事が万事、品性のある振舞いに変容し、心の豊かさにつながっていくものと思われます。
日本語の文章を速く正確に読む力を伸ばすことでも、数値目標は学習を意欲的にします。小学校の国語科授業を実践してみて、読む速度の速い子供ほど文章の一語一語を正確に読み、遅い子供ほど不確かな読みをしていることに気づきます。子供たちの言語能力を伸ばすことは、学校教育の中心的課題の一つです。そのために、読書生活を充実させたり読解の授業を工夫したりしていますが、「速読の力」を習得させることは、おおいに効果があります。具体的には、ひとまとまりの文章を、微音読で早読みさせ、クラス全員で耳を傾けて、そのタイムと間違って音読した回数を数値化し記録することで、能力の向上を検証できます。
新城市では教師力・学校力向上シートを全教職員が作成し、目標を設定して実践に臨んでいます。その際の目標ですが、「いつまでに」「何を」「どこまでやるか」、真剣に吟味した数値目標を設定したいものです。これまであった「校長による勤務評定」のように評価のための評価ではなく、子供の成長・教師力の向上に直結するものにしたいものです。数値目標を立てることで何かが変わり始めます。
(2013年5月20日)