愛される学校づくり研究会

桜梅桃李を愛す

★今回から寄稿させていただくことになりました新城市教育委員会教育長の和田守功と言います。「桜梅桃李(おうばいとうり)」とは、ありのままの個々「子供の姿」です。作為的なはたらきかけによってつくられた姿ではなく、無作(むさ)の、もともと一人ひとりの子供のもつオンリーワンの命の輝きが表出された姿です。そんな姿をこよなく愛し続けていきたいというのが私の思いです。そうした考えから、タイトルを「桜梅桃李を愛す」としました。私の教育に対する拙い思いの一端を皆様方にお伝えすることができればとの思いでペンをとらせていただきます。1年間、よろしくお願いします。

【 第22回 】原点は教え子の幸福を願うこと

教師の原点とは何だろう。教職を奉じる者であれば、時に考えさせられる疑問かと思います。そして、その年齢なりその立場なりで答えを出し、自らに言い聞かせていることでしょう。例えば、教育基本法にある「教育の目的」を達成するために尽力することが教師の本分であり使命ではないか。あるいは、教育者としての人間力と専門力でもって、子供の潜在能力を開花させることではないか。はたまた、学力や運動能力または芸術的表現力において、より深く逞しく美しくと、子供が目標に向かって努力する力をつけることではないか。こうした様々な答えの多くは妥当なものでしょう。しかし、その先にある、もっと根源的なものについては、なかなか考えが及びません。

現代日本の教育の原点は敗戦時にある、という仮説はどうでしょう。戦後生まれが国民の大半を占めるようになり、学校教育に携わる教職員も、すべてが戦争を知らない世代となりました。したがって、私がこれから述べることについては、若い教職員の皆さん方には、ピンとこないかもしれません。しかし、一つの考え方として、読み進めていただけるとありがたいと思います。
  戦前・戦中の教育は、言論・思想の統制下で国家のための手段として一直線に進められました。それが終戦となると、それまで使われてきた国定教科書の不適切部分を墨で黒く塗り消しました。学制も変わり、焼け跡に新制中学校が誕生しました。やがて教育委員会制度も確立し、教育の中立性・継続性・安定性が大切にされるようになりました。その間、学校施設などの教育環境も改善され、学校給食も行われるようになりました。教職員の価値観や心情も、組合活動に象徴されるように、多くの辛酸と労苦を乗り越え、再び戦争を起こさない、教え子を戦場に送らない、平和な国を築くための教育を進めるという方向に至ります。これは、旧教育基本法に記されている「日本国憲法に示された理想の実現は教育の力による」の言葉と合致します。とはいえ、近年の社会の急激な変化のなかで、こうした意識が薄れていると感じるのは、私だけでしょうか。

「羊雲 爆音のなき 空仰ぐ」 「青き空 戦なくして 鳶が舞う」 中日新聞の「平和の俳句」(2月14日)に掲載されていた作品です。昭和20年の東京大空襲をはじめとして全国200余の都市が無差別爆撃を受け、何十万人という一般住民が犠牲になりました。空襲警報、雲霞のごとく襲い来る敵機B−29の爆音、雨のように降り注ぐ焼夷弾や爆弾、燃えさかる我家や街並の劫火、飛び散る肉片、犠牲となる親子や友人・知人、まさに阿鼻叫喚の地獄絵図の展開。俳句の投稿者の年齢は、79歳と76歳で、二人とも女性です。当時、9歳と6歳の幼い心を襲った恐怖の極み・・・。空を見上げ、現在の日本の平和をしみじみと味わう思いがひしひしと伝わってきます。

教育の恐ろしさを訴えるメッセージ。過日、戦後70年で、どうしても訪れたかった沖縄の南部戦跡を訪ねました。その一つ、「ひめゆり平和祈念資料館」の入口正面パネルに書かれていた次の文章が心に突き刺さりました。「戦場の惨状は、私たちの脳裏を離れません。私たちに何の疑念も抱かせず、むしろ積極的に戦場に向かわせたあの時代の教育の恐ろしさを忘れません。」とあります。「あの時代の教育」がどのようであったかは、教育に携わる者にとって学ぶべき必須事項です。現在放映中のNHKの朝ドラ「マッサン」でも、その一端がうかがわれます。
  教育は、子供を戦場に送り殺し合い死なせるためにあるのではありません。また、為政者にとって都合の良い教育をするためでもありません。まさに、教育基本法の「教育の目的」にあるように、「平和で民主的な国家及び社会の形成者」として必要な資質を備えるとともに、「人格の完成を目指し心身ともに健康な国民」を育成するためにあるのです。全ての人々を不幸にする戦争のない国家と世界を築くことができれば、子供たちの幸福の実現も可能です。教育者は、過去の教育の歴史に学び、叡智をもって教育に臨むことが求められます。

教育の政治的中立性を担保する歯止めが必要です。今回の「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」の改正にともない、平成27年4月1日からは「教育委員会制度」も変わります。「教育委員会の責任体制の明確化」「迅速な危機管理体制の構築」「首長との連携強化」「国の関与」等の改正です。これまでも首長には、「教育予算の編成・執行」「条例案の提出」など教育に関する大きな権限がありました。これに加えて、首長が「直接教育長を任命・罷免」「総合教育会議を招集」「教育大綱を策定」など、いっそうの権限強化が図られました。それゆえ、首長が代わるたびに教育方針が大きく左右されるようなことがあると、教育基本法の示す目的の実現が脅かされ教育現場に悪影響を及ぼします。そうしたことを未然に防ぐために、「教育の中立性を守る防波堤」として新城市では教育憲章を策定することとしました。

戦争を知らない世代がどう戦争体験を伝えるかが今後の国民的課題です。教育憲章は中立性を担保する歯止めにはなりますが、戦争体験の継承はできません。風化していけば、歴史は繰り返します。先日、こんなニュースを目にしました。青色LEDの開発でノーベル賞を受賞した天野浩教授が初めて沖縄を訪れて講演されたそうです。そのなかで、「父の戦争体験を聞いて育ったので、戦争体験が後世にどう伝わっているのか知りたくて、ずっと沖縄に来たかった。」と。そして、ひめゆりの塔を訪れ、「伝えることが難しい戦争体験がしっかり残されていると知った。」と語られたそうです。地球上を見渡せば、戦争やテロの火種は尽きません。戦争ほど非人道で悲惨なものはありません。教え子の幸福を願うとき、平和な社会を築くことが最も大切であることに気づきます。青年教師のころ、多くの戦争文学や平和教材を読んだことが思い起こされます。こんな考えが若い教職員の皆さんの心にどのように映るのか気になります。

(2015年2月23日)

準備中

●和田 守功
(わだ・もりのり)

人間・日本文化・日本酒(やまとごころ)をこよなく愛し、肴を求めて、しばしば太平洋に。朝一番に煎茶を飲み、毎朝、自分で味噌汁をつくる。山野草を愛でる自然派アナログ人間。現在、東三河ジオパークを構想中。自称、新城市観光広報マン。見どころ・秘所を語らせたら尽きない。
教育では、新城教育で「共育(ともいく)」を提唱し、自然・人・歴史文化の「新城の三宝」や、読書・作文・弁論の「三多活動」を推奨している。
新城市教育長をはじめ、愛知県教育委員会など教育行政に16年間携わっている。また、中学校長をはじめとして、小学校で13年間、中学校で11年間、学校現場で教職を務めてきた。