★今回から寄稿させていただくことになりました新城市教育委員会教育長の和田守功と言います。「桜梅桃李(おうばいとうり)」とは、ありのままの個々「子供の姿」です。作為的なはたらきかけによってつくられた姿ではなく、無作(むさ)の、もともと一人ひとりの子供のもつオンリーワンの命の輝きが表出された姿です。そんな姿をこよなく愛し続けていきたいというのが私の思いです。そうした考えから、タイトルを「桜梅桃李を愛す」としました。私の教育に対する拙い思いの一端を皆様方にお伝えすることができればとの思いでペンをとらせていただきます。1年間、よろしくお願いします。
【 第20回 】人材こそ「日本の資源」
ウランも原油も鉄もない資源の乏しい「日本の現実」を学ぶことは、日本国憲法前文に記された「恒久平和」という崇高な理想と目的を達成するために不可欠な要素です。12月23日の天皇誕生日に陛下が述べられた次のお言葉が深く心にしみました。
「先の戦争では三百万人を超す多くの人が亡くなりました。その人々の死を無にすることがないよう、常により良い日本をつくる努力を続けることが、残された私どもに課せられた義務であり、後に来る時代への責任であると思います。そして、これからの日本のつつがない発展を求めていくときに、日本が世界の中で安定した平和で健全な国として、近隣諸国はもとより、できるだけ多くの世界の国々とともに支え合って歩んでいけるよう、切に願っています。」
エネルギーは、日本の経済活動・国民生活の生命線です。太平洋戦争による、三百万人の尊い命の犠牲と莫大な歴史文化遺産の喪失、焼土と化した国土。皇紀二千六百年余の日本国の長い歴史のなかで初めて味わった敗戦。食糧・エネルギーの補給路を断たれ、制空権・制海権を奪われ、片道切符の油しか入れられずに飛び立つ飛行機、出航する戦艦。当時のアメリカや連合国の「物量・エネルギー生産量・経済規模」などを日本と比較した時、その差の大きさに慄然とします。さらに辛いことは「墨塗り教科書」です。敗戦により、価値観が百八十度変わり、学校教育やマスコミを通じて学んできたことが、是が非となり、白が黒だったという、魂を覆す事態に陥ったことです。国家や教育が信じられず、自分を信じられなくなったことです。「教育」が時の権力の戦争誘導の思惑に利用されたときの恐ろしさを痛感します。
教育の目的は、平和で民主的な国家・社会の形成者としての資質を備え、人格の完成をめざすことにあります。憲法や教育基本法の前文に述べられている理想を形にすることができる教育を実現することが大切です。そのためには、国民一人ひとり、勉学にいそしみ、叡智を磨くことができるよう、学習態度や生活習慣を身に付けることです。これは、新城市教育委員会の「共育12(ともいくいいに)」のめざしているところでもあります。「平和」「民主的」といった美しい言葉は、時に真実を覆い隠します。それを見ぬくのが「叡智」です。いかに教師自身が叡智を磨き「教育の人財」となるか、いかに子供が叡智を磨き「国家・社会の形成者」となるかが、今後の世界と日本の命運を左右します。
不易と流行と言いますが、教育も政治も振り子のように動きがちです。現に動いています。「いつか来た道」を繰り返さないためにも、教育の普遍性・多様性のなかで個々のアイデンティティを確立することが必要です。そのための教育の機会が子供たちに準備されていなくてはなりません。憲法と教育基本法にかかげられている崇高な理念の実現を「教育者の使命」とすることが教師に求められます。その理念のもとに日々の具体的な教育実践を進めれば、振り子に左右されることもありません。とはいえ、教育現場の現実の困難な状況を目の当たりにするとき、ついつい目先の事象の課題解決に追われ、かなたの理想を見失いがちです。次々と打ち出される「改革」「再生」といった言葉を冠した政治施策に振り回されてしまいそうです。
日本の最大の資源は人材です。人材は教育によって培われます。エネルギー資源や鉱物資源の乏しい日本がグローバル社会で生き抜く秘策は、技術や頭脳といった人間力しかありません。また、国際社会が平和でなくては、この資源を十分に生かすことはできません。原油価格が高騰しただけでも、日本経済は大打撃です。小麦やトウモロコシの商品相場が高騰すれば、国民の日常生活に大きな影響を及ぼします。まして、戦争という地政学的リスクの真っただ中におかれては、時を経ずしてエネルギー備蓄も底をつき供給も途絶えて生活は成り立ちません。日本の近現代の歴史が示してきた厳しい現実から目をそらしてはなりません。
来年は戦後70年の節目の年です。昭和は遠くなりますが、敗戦の事実を風化させてはなりません。戦争体験者が高齢となり語り部も少なくなってきています。70年という長い間、戦争のない平和で豊かな時代を過ごすなかで、戦争の苦しみや悲惨さ残虐さが語られることが少なくなったようです。「ノーモア太平洋戦争」「ノーモア広島」「ノーモア長崎」の声は、戦争の事実・実態を学ぶことから始まります。中国や韓国が日本の歴史認識を問題視しますが、「平和の構築」という別の意味からも、教育現場に携わる教職員が歴史の事実を学び、子供たちに語り続けることが大切です。
教育は日本の未来を方向づけます。教育は日本の国力の源です。教育は平和の砦です。それほどに重要な教育の制度や内容に、今、大きな変化が訪れようとしています。平成18年の教育基本法の改正に続き、翌年に「学校教育法」「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」「教育職員免許法及び教育公務員特例法」の教育三法が改正されました。平成27年4月1日からは、教育委員会制度も変わります。「責任体制の明確化」や「迅速な危機管理体制の構築」「首長との連携強化」「国の関与の見直し」等をはじめとした改正です。これまでも首長には、「教育予算の編成・執行」「条例案の提出」など教育に関する大きな権限がありました。それに加えて、改正では、「首長が直接教育長を任命」「首長が総合教育会議を招集」「首長が教育大綱を策定」などと、権限の強化が図られています。場合によっては、首長の考えによって教育方針が大きく左右し、教育現場が混乱しないともかぎりません。
教育の中立性・継続性・安定性を確保する制度と意識の確立が重要です。天皇陛下のお言葉にありますように、「常により良い日本をつくる」ためには、教育による人材育成が基本です。「日本が平和で健全な国として歩む」ためには、教育の中立性の担保が重要です。日本は資源が乏しいからこそ、技術国として発展でき豊かな国になれたという見方もあります。いずれにしましても、人材こそ「日本の資源」であり、人材育成のために「教育の充実」が必要なことは確かです。今回は、今日的課題と同時に大きな理想を述べさせていただきましたが、冬休みでもあり時間的余裕もあるかと思いますので、「日本の未来」「教育の将来」について思いをめぐらせてみませんか。
(2014年12月29日)