★今回から寄稿させていただくことになりました新城市教育委員会教育長の和田守功と言います。「桜梅桃李(おうばいとうり)」とは、ありのままの個々「子供の姿」です。作為的なはたらきかけによってつくられた姿ではなく、無作(むさ)の、もともと一人ひとりの子供のもつオンリーワンの命の輝きが表出された姿です。そんな姿をこよなく愛し続けていきたいというのが私の思いです。そうした考えから、タイトルを「桜梅桃李を愛す」としました。私の教育に対する拙い思いの一端を皆様方にお伝えすることができればとの思いでペンをとらせていただきます。1年間、よろしくお願いします。
【 第10回 】たまには「後ろ向き」も!
新城市の五葉湖周辺では、この極寒の時期に、シソ科のシモバシラという野草に、白い綿帽子のような霜柱が発生するのが見られます。
これは、きわめて不思議な現象です。地表面の姿は、寒気と乾燥のために他の野草と同じように、葉を落とし茶色に枯れた茎のみが残る冬枯れの様相を見せています。この茎の根元に、氷結した白い繊細な綿帽子ができるのです。他の枯れた野草にはできません。その理由は、シモバシラの地表の姿は枯れていますが、根は生きており、根から吸い上げた水分が道管を通じて茎の方に上がり、その水分が夜明け前に凍りついて綿帽子状態になり、日の出とともに姿を消すというものです。したがって、このシモバシラを見るためには、天気、気温、時間などさまざまな条件が合致する時にしか見られないのです。シモバシラとしての輝きは、緑の葉を茂らせ可愛い花を咲かせる時ですが、この季節のシモバシラは、過去の輝きの面影を偲ばせるかのような「後ろ向き」の美しい姿です。残り少ない命の火を燃やして創り出した神秘の姿ととらえることができます。
▲枯れたシモバシラの茎にできた綿帽子のような霜柱 |
「希望」とか「明日」とか「夢」とか、教育は、いつも前を見、これから先の未来に備えようとします。教材研究をし、授業構想をし、教材・教具・ICTの準備をするなど、これから行動すべきことばかり考えて動いています。教職員は、「多忙」という言葉を自らの隠れみのにして、いつのまにか、結果や過去のことをうとんじる習性が身についてはいないでしょうか。事前の授業の準備や指導案検討はしっかりしますが、教師の発問や板書、子供の反応や変容、残された課題など、授業の検証は十分でないといったことが、多くはないでしょうか。そのために、授業において、いつも同じようなつまずきを経験したり、自分の殻を破れない状況が続いたりしてはいないでしょうか。授業実践の後の「授業研究」や「授業分析」が深まらず、自分なりの手法も確立せずに、なかなか成果が得られていないというのが実情ではないでしょうか。これは、教育関係者が、とかく前向きの事柄については得手ですが、後ろ向きの事柄は不得手であることの一例ではないでしょうか。
「全国学力学習状況調査」の結果発表についても同様です。これを始めた平成19年の当初の目的は、「教育及び教育施策の成果と課題を検証し、その改善を図る」ことだったはずです。結果についても、「個々の市町村名や学校名を明らかにした公表は行わない」はずでした。それがいつのまにか変節してしまい、最近では、学力の成果の一つである「平均点の公表」や「順位」ばかりが、政治家やマスコミを交えて声高に叫ばれ、その方向に流されています。そのため、「高い平均点をとる」ことが調査の至高の目的になりつつあります。
それぞれの地域において、子供のおかれた生活事情も成育環境も異なるなかで、学校別平均点を比較することの意味するものは何でしょうか。それをもとに学校や市町村を序列化することの価値は何でしょうか。成績順位を表した数字は、その内実が考慮されることなく、強烈な印象をもって人々の心につきささっていきます。そうなれば、学校現場は、平均点のアップだけをめざして動くようになります。目標に向かって「前向き」に努力することが得意な教師集団ですので、必ず平均点の向上目標は、達成できることと思います。ただ、かつての「学テ闘争」のように、意図的な手段や操作が行われ、また「いつか来た道」になりはしないかと心配します。
「全国学力学習状況調査」の結果をもとにした検証や改善は進んだか。平成19年から始まり、平成23年には東日本大震災で中止されたものの、本年度までに計6回実施しています。この間、政権の方針により、悉皆になったり抽出になったり、対象教科が増えたり減ったりして、一貫したものとはなっていません。「授業改善を図るため」という本来の目標からはずれ、単に学力のレベルを把握するためのものになったり、序列をつけて公表するものになったりしています。
この調査では、「学力」だけでなく「学習状況」についても緻密に行われています。すなわち、「学力」の「結果」「平均点」だけでなく、「学力」と直結する「学習習慣」や「学習態度」「生活態度」「指導方法の検証」などの実態を明らかにしているのです。この調査結果に基づいて、現実の課題を洗い出して改善を図るという「後ろ向き」の営みこそが、地道な学力向上につながるものと思います。
実際、平均点の向上のみを図ろうとするならば、ペーパーテストに強い子供を育成するために、学力テストの問題傾向に応じて、ドリルや練習問題を繰り返すといった対策を講ずれば可能です。しかし、そればかりに重点を置きすぎると、「前向き」かもしれませんが、応用・展開のきかない薄っぺらな学力の修得に終始しそうです。「家庭学習の習慣」や「読書習慣」など認識・理解能力の素地を培うことや、「問題を見つけて議論する習慣」「自分の考えを聞き手に理解されるように話す習慣」など、コミュニケーション能力を鍛えたりする「生きる力」を逞しくする営みが軽視されることを心配します。「後ろ向き」のように見えますが、「学力の根っこ」の部分を耕すことが大切です。
「教師力」の向上も「後ろ向き」で養われ、「前向き」のパワーとなります。成長する教師のもとで成長する子供が育つと言われます。「授業力を向上」させるためには、自らの授業を公開し参観者から批評を受けて検証することです。また、優れた授業を参観し秘訣を学ぶことです。授業記録をもとに教師の発問や問い返しや板書記録を分析して改善点を見つけることです。「実践を振り返る」「過去を検証してみる」といった「後ろ向き」の作業は、非効率に見えて敬遠されがちですが、実は、前に向かって進む時の「底力」となることを、教育関係者は、真摯に受け止めて実行することが必要ではないでしょうか。
(2014年1月23日)