★新教育コラム「学校マネジメント考」開始にあたって
管理職には、特に「学校マネジメント力」が必要であると言われるようになりました。ところが、愛される学校づくり研究会の中で「学校をマネジメントするとは具体的にどういうことか」ということを話題としましたが、お互いになかなか明確に示すことができませんでした。
そこで、それぞれが考える「学校マネジメントの具体例」をリレーで示しながら、考えを深めていくことにしました。皆さんからもご意見をいただきたいと思い、いわば研究会の内部資料ですが、その公開もかねて、この教育コラムを始めました。
学校マネジメント考【5】
― 尾張教育事務所指導第一課管理主事 野木森 広
前回までに、岡本薫氏の言う「(1)現状を把握する (2)原因を特定する (3)目標を設定する (4)手段を企画する (5)集団意思を決定する (6)手段を実施する (7)比較(評価)する」というマネジメントプロセスのうち、主に(1)から(4)について語られました。
今回は、「(5)集団意思を決定する」を中心に、具体例に当てはめて考えてみたいと思います。
校長になると、さまざまな場面で学校経営上の決断(マネジメント)を迫られます。その中には、比較的簡単にできる決断と、ある程度考えなければならない決断とがあります。
それは、校長として、特に「(5)集団意思を決定する」を、無意識のうちに考えているからではないでしょうか。
以下は、私が中学校長のときに決断に時間を要したある事例です。皆さんは、この事例について、どのようにお考えになりますか。
「中学校3年生の担任が、卒業式が終わってゆとりができた時期に、小学校へ出向いて6年生の児童を対象に授業を行う」
これは、ある中学校区(中学校1校と小学校2校)における三校連絡会(管理職と教務主任が出席)で提案された話題です。6年生児童が小学校卒業を前に中学校教員の授業を受ければ中学校入学への意識が高まるという趣旨です。
小中連携という流れからはぜひとも進めるべき取組です。2つの小学校は大いに賛成でした。しかし、中学校長である私は簡単には賛成できませんでした。今思うとそれは、上記プロセス(5)の「集団意思を決定する」ことに自信がなかったからです。
そもそも小学校で授業を行うことは中学校教員の本務ではありません。それをあえて「やろう」とするからには、すなわち「(5)集団意思を決定する」ためには、私には「職員を説得するだけの明確な考え」が必要でした。それは、
- 「(4) 企画した手段」である「中学校教員による小学校での授業」が、
- 「(1) 把握したどのような現状」を招いている「(2) 特定した原因」に対してどのように有効で、
- 「(3)どんな目標を設定」した上で行うのか、
言うまでもなく小中連携は目的ではなく手段です。まして「中学校教員が小学校で授業を行うこと」は下位の手段にすぎません。その下位の手段が、上位概念である目標を飛び越えて提案されているような気がしたので、すぐには賛成できなかったのです。
この場は、「何のために小中連携を行うのか」ということを研究しつつ、審議を継続することで合意しました。
その後、私はこの職場を離れましたが、この審議を継続しているとすれば、どのような展開となったでしょう。上記のプロセスに合わせて考えてみると、次のようになります。
- 現状を把握する…中1の途中から不登校生徒が増えるなど、いわゆる中1ギャップと言われる現象があることは確かである。
- 原因を特定する…中学校生活は小学校生活との違いが大きく、それに適応できない生徒がいる。
- 目標を設定する…小学校生活から中学校生活への連続的な移行をサポートすることにより、中学校生活での不適応を減らす。
- 手段を企画する…
(例1)小中の教育目標を関連づける
(例2)小中のカリキュラムを関連づける
(例3)小中の教員間の情報交換を密にする
(例4)不適応を起こしている児童生徒への個別の対応を考える
(例5)児童生徒相互の交流を図る
(例6)小中の教員間で授業を見合うなど指導の現状を共有する
(例7)小中の教員が共同で授業研究を行う
(例8)小中の教員が学校間を行き来して授業を行う
(例9)教育委員会に小中兼務教員の配置を依頼する…など - 集団意思を決定する…上記の手段の中から、現実的かつ効果的であると思われるものを選び、具体的な計画について提案し、合意を得る。
- 手段を実施する…(例えば)中学校教員が小学校で授業を行う。
- 比較(評価)する…不登校の生徒数など、不適応の状況の推移を見て、効果を判断する。
このように「中学校教員が小学校で授業を行う」という活動を1つとってみても、その目的から、それに関する現状や原因、他の手段との関連などを吟味して意志決定をしていくことが肝要です。
ただし、これは、「中1ギャップを解消するには」という立場に立ったマネジメントであり、小中連携に関する取組においても、別の側面に立てば、他にいくつものマネジメントが考えられます。
例えば、この議論を行ったとき、既に「中学生の合唱を6年生児童が鑑賞する」「中学校2年生の生徒が小学5年生の児童にトワリングを指導する」というような小中連携は行っていました。これらの活動の目的は「児童生徒の人的交流能力を高める」ことであり、異学年交流そのものに意義があったからです。言い換えれば、上記「4.手段を企画する」の「(例5)児童生徒相互の交流を図る」を目的とした、下位のマネジメントとも言えます。つまり、マネジメントにはいくつかの階層があります。
また、中学校区という大きな立場ではなく、1つの小学校の立場に立てば、次のようなマネジメントの解釈も成り立ちます。
- 現状を把握する…卒業生が中学校へ入学する意欲に乏しい。
- 原因を特定する…中学校の現状を知らない。
- 目標を設定する…卒業生に中学校へ入学する意欲を高める。
- 手段を企画する…小学校在学中に中学校教員による授業を受ける。…
加えて、前述のマネジメントにおいて、(2)の「特定された原因」である「中学校生活に適応できない生徒がいる」ことを解消する手段として、「中学校生活を緩和する(例えば家庭学習の量を減らす、部活動の時間を減らすなど)」という選択肢は、中学校の教育目標と照らし合わせると必ずしも好ましくないことは明らかです。すなわち、他のマネジメント(目標)との兼ね合いを考慮することも極めて重要です。
そして、このことは、顧客のニーズに寄り添う一般企業におけるマネジメントとは違った「教育現場の特殊性」でもあるような気がします。すなわち、「生徒のニーズに安易に合わせるばかりでは教育にならない」ということです。また、教育のパートナーである保護者にも、そのニーズに合わせるばかりが良いとは限りません。
この他にも、教育現場には、教員1人1人の工夫の余地が大きいということや、その全体を、たった2人の管理職でマネジメントするという組織上の特色もあると思います。
1つの事例について、学校マネジメントの具体を思い描いてみましたがいかがでしょうか。この事例だけでも、立場や状況に応じて様々な考えが展開できます。さらに、これに学校現場の特殊性が加わり、学校マネジメントの全体は複雑多岐に渡ります。
一方で、この事例は、学校経営のほんの一部に過ぎません。個々の決断をくだすときには、その教育活動が、どのマネジメントのカテゴリーに属するのかという明確な認識をもつことが大切だと思いますが、校長として、今の学校をどうするのかという「哲学」をもつことこそが、最も重要な上位のマネジメントである事は言うまでもないでしょう。
(2011年10月3日)