愛される学校づくり研究会

黙さず語らん

★このコラムは、「小牧市教育委員だより」での副島孝先生(前小牧市教育長)の発信を楽しみにしておられた皆さんからの要望で実現しました。「これまでのように学校教育や現場への思いを語り続けてください」という願いをこめて「黙さず語らん」というタイトルにしました。

【 第66回 】小さな中学校を訪れる

半分フリーな立場になると、自分が勤めていた地域ではないところの学校へ行くことが多くなります。どこへ行っても学校は同じだなあという面と、ところによってこんなにも違うのかと驚くこともあります。先週はある県の中学校にお邪魔しました。各学年28〜29人の単学級という小さな学校です。私のように最小で学年3学級という学校しか経験していない者には、ある意味別世界です。その学校の生徒は1つの小学校から来るので、中学3年生にとっては9年間同じクラスなのです。良い意味でも悪い意味でも、お互いによく知り合っています。そういう学校での教室の姿、授業の様子はどうなのかと興味津々でした(大学院の時に実習で、山間部の一学年6人くらいという小規模な小学校に3日ほど入ったことはあります)。

教室は全員の机が離してあるという座席配置です。私などは2列ずつくっついた配置が子どもの頃から当然だと思って育ったので、ああこれはテストの時の配置だなと感じてしまいます。授業は整然と板書を写し、当てられると必要最低限の言葉で答えるというものでした。先生方も(たぶんそれ以上に生徒同士も)、誰がどの程度の力かを理解しているのでしょう。

僻地校で育った方に、以前お話をうかがったことがあります。お互いにポジションというか、序列をわかり合っていて、学級の役員を決める際にも、誰が何をやるかの暗黙の了解が既にできている、それはそれで安定した集団でした、と。ただ、中学校に入ると、学習でも運動でも新たな序列ができはじめて、それが安定するまでは結構不安定な状態でした、とも。中学校卒業後には、新しい大集団の人間関係の中でどう行動するかという、人生最大の試練が訪れたそうです。

だからなのか、先生方は既にできている強固な人間関係に刺激を与えることには慎重なようです。授業からもそれが読み取れます。教室での会話は先生対生徒の一問一答です。生徒からの発言を、「○○君の考えについて、どう思う」などと他の生徒につなげる働きかけは、私の見た範囲ではありませんでした。英語でペア練習の機会が1回と「近所の人はどう思うか聞いてみて」という指示があった程度です。

でも授業の中では随所に、近くの生徒同士がちょっと言葉を交わしたり、確認したりする光景が見られました。面白いのは、それが先生が板書していたりしていて見ていない時なのです。つまり、授業での逸脱行為だと感じているのでしょう。英語では先生の指示ですから逸脱ではありません。しかし、「ペアで」と「近所で」とでは、まったく様相が違いました。ペアは決められた隣相手ですが、隣と机が離れているために参加度が姿勢に表れます。向き合って体を近づける生徒と姿勢が変わらない生徒がいます。それでもペアでは練習しています。「近所」になると、様相は一変します。「ペア」とは別の組み合わせで熱心に相談する生徒と、相手がいなくてずっと一人でいる生徒とに分かれるのです。

授業後に先生方にお話しする際に、参観中に撮った写真を何枚かスクリーンに写しました。さすが小規模校の先生方です。顔の写っていない写真でも、誰だかすぐにわかるようです。誰とも関わらないと思っていた子が、ペアではこんなに体を寄せていた。近所の時には、こんな孤立した様子だった。この子がこんな学び方をしているのか。よく知っている(と思っている)からこそ、意外な驚きがあったようです。

「机を離してのペアは、その生徒の考え方が見て取れるという意味で、私には興味深いけれど、違和感がある」と話したのに対して、「ペアでは特定の子ども同士の関係になってしまうのでは」「生徒の人間関係から、特に男女がペアを組むことに問題はないか」という意味の質問がありました。生徒同士の人間関係を熟知しているからこそ出る懸念です。これには、もう少し丁寧なお答えをするべきだった反省しています。

ペアでも座席を変えずに相手を変える方法があること、授業では教材という媒体を介した会話であるので、休み時間の友達関係での会話とは性質の違うものになるということです。1月にも訪問しますので、その際にはきちんとわかりやすい図なども用意してお話ししたいと考えています。日常の人間関係と授業での関わり合いについて、これまで本気では考えてこなかったことを反省するとともに、小規模校を訪れたからこそ考えることができたことに感謝しています。

(2012年12月17日)

副島 孝

●副島 孝
(そえじま・たかし)

1969年から教員生活をスタート。小学校教諭11年、中学校教諭(社会科)10年、小牧市教育委員会指導主事、小学校の教頭校長や愛知県教育委員会勤務を経て、小牧市教育委員会の教育長を2001年から2009年まで8年9か月務めた。小牧市教育委員会のホ−ムページで「教育委員だより」、郷土文芸誌「駒来」に「乱読日録」を連載するなど、原稿に追われる毎日であった。2009年4月から2年間、名古屋大学教育学部大学院で、教育方法学を学んだ。授業実践と研究の両方の楽しさ厳しさを知る立場から、現在は愛知文教大学教授を務めるかたわら、小中高等学校での現職教育の支援をしている。