★このコラムは、「小牧市教育委員だより」での副島孝先生(前小牧市教育長)の発信を楽しみにしておられた皆さんからの要望で実現しました。「これまでのように学校教育や現場への思いを語り続けてください」という願いをこめて「黙さず語らん」というタイトルにしました。
【 第54回 】草津高校の進化に喜ぶ
高等学校では、授業研究の習慣のない学校が多い(ほとんどと言った方がよいか)のですが、それでも最近は少しずつ増えてきているような感じがします。そう感じるのは、授業研究を始める学校や取り組む先生方、そしてそのための研修会を開催する指導主事の先生方と知り合う機会が増えたからです。私自身が以前には知らなかった、そういう学校や先生方を知ったということも影響しているとは思いますが、増えつつあるのは確かなように感じています。
勤めている大学が中高の教員免許を出すことや、教員免許更新講習で少なからぬ人数の高校の先生方と接する経験から、「高校教師のための授業論(仮題)」を大学の教職センター通信に次号から連載するという、無謀な試みも計画しています。どう書こうか、体系的にするべきか取っつきやすいテーマから書こうかなど、現在思案中です。
高等学校の勤務経験がない身ですので、高校の授業を見られる機会は貴重です。先週は今年度最初の滋賀県立草津高校の公開授業研究会に出かけました。授業研究を始めて3年、今では全教科の先生方が、全クラスの授業を公開しています。見せていただくたびに、生徒たちの表情やクラスの雰囲気が柔らかく、落ち着いたものとなっていることに気づきます。
しかし先生方には、本当に良くなっているのか、堂々巡りをしているだけではないか、という心配があるようです。私にもその気持ちはよく理解できます。毎日生徒に接していると、日々の変化が見えなくなるのです。だからこそ、私のような者を呼んでくださるのでしょう。私自身にとっても、年間数回、全クラスの授業を見ることは得難い学びの機会となっています。
私にとって草津高校は今や、ありきたりのお世辞や、その場限りの感想でお茶を濁すようなことはできない学校となっています。先生方の真剣さが伝わってくるので、現状の判断や課題だけではなく、課題を克服していく方法の方向性も示さなければという気持ちになります。ましてや、これまで協同的な学びにあまり好意的ではなかった先生が、やっと重要性がわかったと取り組み始めるようになってきたと聞けば、できるだけ具体的な手だてを示したいと思うのは当然です。
今年度かなりの先生が入れ替わったとのことですが、どのクラスも当然のようにグループやコの字になっていました。グループにした時の生徒同士の関わりは、昨年度より確実に進歩しています。関わりを深める手だても、意図的になされていました。しかし、授業の終盤はやはり先生のまとめが多く、しかもそれが生徒の理解を深めるためにあまり役立っていないことも共通していました。
どこに問題があるのか、どこから手を付ければよいのか、と思案しながら各授業を見ていました。グループで関われるための手だてとして、多くの先生が授業プリント(小中学校ならワークシートという呼び名の方が一般的ですが)を作っています。それはそれで素晴らしいことですが、プリントの内容は知識伝達型の一斉授業時代のものと変わらないものがほとんどです。
この状態になることは、小中学校でも同じです。先生方が授業を何とかしたいと思い始めると、まずプリントを作り出します。この状態は、前向きになった学校の姿を示すものです。しかし、プリントを作ることが授業内容の向上に直結するとは限らないことも、多くの小中学校で経験していることです。
そのプリントが、グループで考え合ったり、話し合ったりするために有効なものとなっているかが、実は問題です。特に高校では、センター試験を意識するためか網羅的に重要事項や重要語句を答えさせるプリントが目立ちます。その結果、何が重要なのかが焦点化されず、授業も盛り上がらない事例が目立ちます。どこがポイントなのか、何が重要なのかを、グループやクラス全体で検討し合い、練り上げるために役立つプリントが望まれます。
協同的な学びが定着している小中学校と、ほぼ同じ段階にまで到達した高校の姿を見ることは、明るい未来を感じさせられます。もちろん、あと一段の飛躍が必要なことは確かです。しかし、学校がこの段階にまで到達していないところには、それは望めません。多分、今年度はその飛躍の年になるだろうなという楽しい予感を感じさせられた1日でした。
(2012年6月18日)