愛される学校づくり研究会

黙さず語らん

★このコラムは、「小牧市教育委員だより」での副島孝先生(前小牧市教育長)の発信を楽しみにしておられた皆さんからの要望で実現しました。「これまでのように学校教育や現場への思いを語り続けてください」という願いをこめて「黙さず語らん」というタイトルにしました。

【 第50回 】少しずつ新しい環境に慣れる

今年度の初体験の一つは、別の大学での非常勤の授業です。これが何をやったらいいのか迷う授業で、その名も「臨床教育学」。学生は80人近くで、教室は100人収容の大教室、しかも机は長机の固定。昨年はせいぜい20人程度の授業経験しかなかったことを考えると、全校数十人の学校から大規模校に異動してきた先生のような状況にたとえられるでしょうか。

1教室に40人くらいならともかく、その倍近いとなると勝手も違います。少し風邪気味だったこともあり、授業後はのどが痛くなっていました。マイクを使わないからだと言われてしまいましたが、どうも授業にマイクを使うのには抵抗があります(マイクが用意されている教室ということは知っていたのですが)。それに授業の途中から机に伏せる学生もいて、これは一筋縄ではいかないなと思わされます(そういう学生が振り返りで「とても興味の持てる内容だった」などと書いているのに「ん?」)。

「臨床教育学というのが、いまいち分からないのですが」などと書かれてあるのを読むと、「実は私もそうなんです」と同感しそうになります。この授業を通して一応の答えを作り上げられれば、と私自身が感じているのです。(身勝手と言われそうですが)教えることで実は授業者が最も学んだというのは、教えた人の誰もが経験していることだと思います。

「臨床教育学と呼ばれる分野は、『問題』が生まれる過程の解明とその解決策の探求を、“臨床的”と言われる方法で(ものごとが起こっている有り様を遠くで眺めて頭の中だけで理屈で考えるのではなく、ものごとが起こっている現場にできるだけ近づき、入り込み、そこで起こっていることがらを丁寧に観察したり問題解決に具体的に関わったりしながら考えていく方法で)行おうとする学問分野です」と近藤邦夫氏を引用して、用意した授業プリントには書きました。しかし「問題」にこだわりすぎると薄っぺらな、それこそ世間に流布している類いの教育言説と同じになってしまう心配があります。

この大学で臨床教育学の授業をはじめたサバティカル(研究休暇)中の先生は、「教室」をキーワードとして、対象を限定することで見えてくるものを大切に取り組んでみえました。そのコンセプトを、私も使わせていただこうと考えています。その中で、研究者というよりも実践者としての経験を生かしながら、教育の問題を考える方法を学生と考えあっていきたいと思います。

この80人近い学生のうち、教職をとっている人は多くないようです。必ずしも強い受講希望の学生だけではない90分の授業なら、こちらにもそれなりの覚悟が必要です。机の問題はあるにしても、グループ活動の時間を組み込む必要はありそうです。また、この課題なら考えてみようと思わせるような素材を用意する必要もあります。まずは、教室での授業を体験してもらうことから始めようと決めました。

自分の大学での持ち授業もほぼ決まり、今週からは徐々に軌道に乗りそうです。大学というところは、研究室があるという恵まれた環境ですが、逆に相談するということが容易でない環境でもあります(特に私のような年齢の者にとっては)。学校の現場はそこまでではないでしょうが、それでも環境の変化に戸惑っている人は少なくないはずです。先生も、もちろん子どもも、(転校、転勤でなくても)新しい環境に慣れるのに苦労していることでしょう。周りのサポートも必要だな、と今になって感じています。

学校などからも、少しずつ今年の予定の相談が来はじめました。大学での授業がある時期は、月曜日と木曜日しか難しいという状況ですが、可能な限りは現場の授業を見て学びたいと考えています。散り始めましたが、桜の花もまだまだきれいです。今年はゆっくり花も見ていないことに気づきました。

(2012年4月16日)

副島 孝

●副島 孝
(そえじま・たかし)

1969年から教員生活をスタート。小学校教諭11年、中学校教諭(社会科)10年、小牧市教育委員会指導主事、小学校の教頭校長や愛知県教育委員会勤務を経て、小牧市教育委員会の教育長を2001年から2009年まで8年9か月務めた。小牧市教育委員会のホ−ムページで「教育委員だより」、郷土文芸誌「駒来」に「乱読日録」を連載するなど、原稿に追われる毎日であった。2009年4月から2年間、名古屋大学教育学部大学院で、教育方法学を学んだ。授業実践と研究の両方の楽しさ厳しさを知る立場から、現在は愛知文教大学教授を務めるかたわら、小中高等学校での現職教育の支援をしている。