愛される学校づくり研究会

黙さず語らん

★このコラムは、「小牧市教育委員だより」での副島孝先生(前小牧市教育長)の発信を楽しみにしておられた皆さんからの要望で実現しました。「これまでのように学校教育や現場への思いを語り続けてください」という願いをこめて「黙さず語らん」というタイトルにしました。

【 第43回 】図書館を考えた

本を買うことに抵抗はありません(もちろん経済的に許す範囲ですが)。しかし、本好きには共通する嘆きでしょうが、置き場所には本当に困っています。特に、私のように今になって学術書と呼ばれる本を重点的に読むようになった人間にとっては、小説や専門でない分野の本は図書館で済ませられれば助かります。

正月休みに2冊の本を読みたいと思い、地元の図書館で検索しました。その2冊とは、ピーター・センゲの『学習する組織』と網野善彦の『異形の王権』です。今頃になって読むのかと馬鹿にされそうですが、いくら名著と言われる本でも読んでない本はいくらもあります。こんな本だからこそ図書館にはあるだろう、と甘い期待を抱いていた私が間違っていたのでしょう。地元の図書館にはありませんでした。

図書館には相互貸借という仕組みがあり、他の図書館から借りることができます。また、県内の図書館の横断検索もあり、他の図書館にあるかどうかも調べられます。しかし当然ですが、他の図書館から借りるには時間がかかります。『異形の王権』は読んではいなくても著者には信頼があります。結局、こちらは購入しました。『学習する組織』の方は定評はありますが、経営学の本です。ですが、この本は学校も含めたすべての組織を視野に入れていることで、広く参考になると言われています。だから買うにしても、一度目を通してからにしたいと考えました。

最近どの図書館でも、ビジネス支援を目標の一つとして掲げています。そのため、どの図書館もビジネス書はよく集められています。ただ、5年10年経つとほとんど価値がなくなったり、こんなことを平気で書いた人がいたんだ、とあきれるような類の本も少なくありません。しかし、『学習する組織』は刊行されて20年、ますます価値が認められているようです。そういう本がないのは、図書館の選書システムに問題があるのかもしれません。

そういえば、ある市で市長が新しい図書館を建設しようとしてリコールされたというい報道がありました。図書館は表面的な理由で、実は別の問題があったのかもしれませんが、図書館の建設が表面的な理由になること自体に、図書館をめぐる一般の認識があるのかもしれません。

たぶん多くの人にとっては、図書館はただで本を借りられる場所や暇つぶしの場所なのでしょう。確かに図書館に行くと、本を探して読むというより他に行く場所がないから来ているのではないか、と思われる人がいることは事実です。しかし、図書館は別の視点から考えれば、ずいぶん可能性が広がる場であるはずだと考えています。

例えば現在、格差社会ということが盛んに言われますが、図書館は格差社会を解消とまでは行かなくても、それへの対抗手段になり得ると考えます。80年代にアメリカを訪問した際に、日本人ガイドの方から奨学金で留学していたとき、夜の図書館が資料探しと勉強場所だったが、日本人留学生はほとんどいなくて、台湾を含む中国人や韓国人が圧倒的に多かったという話を聞いたことがあります。貧しい若者にとっては、読むだけでなく書くこともできる(今ならパソコン用の電源が用意されている)図書館は、格差のない(あるいは格差を解消できる)場だったのでしょう。

もう一つの観点としては、働いている人(税金を納めて、社会を維持している人)や働こうと思っている人にとって必要な図書館であるかどうかということがあります。勤めの帰りに寄れるような場所に、そのような時間まで開いている図書館があるかどうかは、その自治体が何を大事にし、何をめざしているかを示すバロメーターでもあります。

先ほどの『学習する組織』に関して言えば、余暇の利用(これも大事な観点ですが)だけでなく、現実に働いている人にも役立つ図書館という視点があれば、おのずと蔵書に対する考え方も変わってくるはずです。実は評価が最も難しい新刊書しか受け入れないのではなく、時には各分野の基本資料に抜けがないかを点検する姿勢が必要ではないでしょうか(ベストセラーを何十冊も買えという住民からの声も大きいのは承知の上で書いています。すぐに文庫化される本を限りある予算から購入するのが本当に住民のための図書館なのか、見識が問われるところでしょう)。

教育関係に限ってみても、団塊の世代が退職して教育雑誌の廃刊が続いています。団塊世代(の一部)が読者層の多くだったのでしょう。また、出版されるもの(つまり売れるもの)の多くががマニュアル本になっていると指摘する人もいます。マニュアル本でも読まないよりはずっといいと考えますが、同時にしっかりした理論書や実践記録も必要です。ネットでの購入は便利で私もよく利用しますが、やはり実物を見て購入するかどうかを考えることも本の場合は特に必要です。そういう場でもあった書店が、全国的に減少し続けていているようです。そうなると、ますます図書館の役割は大きくなっていると考えるのは、私だけなのでしょうか。

(2012年1月9日)

副島 孝

●副島 孝
(そえじま・たかし)

1969年から教員生活をスタート。小学校教諭11年、中学校教諭(社会科)10年、小牧市教育委員会指導主事、小学校の教頭校長や愛知県教育委員会勤務を経て、小牧市教育委員会の教育長を2001年から2009年まで8年9か月務めた。小牧市教育委員会のホ−ムページで「教育委員だより」、郷土文芸誌「駒来」に「乱読日録」を連載するなど、原稿に追われる毎日であった。2009年4月から2年間、名古屋大学教育学部大学院で、教育方法学を学んだ。授業実践と研究の両方の楽しさ厳しさを知る立場から、現在は愛知文教大学客員教授を務めるかたわら、小中高等学校での現職教育の支援をしている。