愛される学校づくり研究会

黙さず語らん

★このコラムは、「小牧市教育委員だより」での副島孝先生(前小牧市教育長)の発信を楽しみにしておられた皆さんからの要望で実現しました。「これまでのように学校教育や現場への思いを語り続けてください」という願いをこめて「黙さず語らん」というタイトルにしました。

【 第42回 】2年目の先生の家庭科授業

少々関わっている中学校で、家庭科(正確には技術・家庭科)の授業(今年最後の授業研究)を見ました。授業者は2年目の先生で、「食品の選び方を考えよう」という題材です。(失礼な話ですが)家庭科の授業を見て、これは議論する値打ちのある授業だな、と思える授業に出会うことは少ないという印象を抱いていました。ある意味、実用的な視点を持つ教科です。だからといって、これまでの認識が揺さぶられたり、新たな視点を持てるような授業ができない教科ではない、とも感じてきました。

よく行われる食品添加物を悪者視する授業では、誤った認識(添加物を使っていない食品を選ぶ、天然の添加物は良いが化学的に合成された人工のものはいけないなど)を強化するだけに終わります(そういう授業が意味を持った時代もありましたが)。この授業では、水で薄めたオレンジジュースに、「魔法」と呼ぶ添加物(クエン酸に少量の香料)を加えると、確かにおいしくなることを実験します。それから、いろいろな商品の食品表示を見て、添加物の使用実態を知る。一方、添加物の問題点を知る。最後に、ハムを例にどの商品を買うか決めて意見交換する。これがこの授業の構成です。

問題は、添加物の問題点を知るための資料です。それはネットから探した、中国での違法な食品添加物(や増量のための混ぜ物)の実態を指摘した香港のテレビニュースでした。これで授業がおかしな方向に進んでいったように感じました。例えば、中国産はやめて国産を選ぶというような方向です。後半の商品を選ぶところが、時間不足もあり、盛り上がらず終わってしまいました。

授業後の協議会では、子どもの学びの姿を出しあった後、グループや全体であまり意見が出なかった原因を、ワークシートや授業者の助言に見出す意見が出ました。香港のテレビニュースを見せたことについては、意見はなかったように思います。添加物を扱うなら問題点も指摘するのは当然だとの考えなんだろうな、と私は感じていました。つい先日『「安全な食べもの」ってなんだろう?』(畝山智香子、日本評論社)を読んだせいもあるでしょう(読みやすい本ではありませんが、食品の安全を語るなら必読です)。

授業の運営では未熟な面も目立ちました。私も後で授業者に、いくつか活用してみるとよい方法を具体的にお話ししました。しかし、最大の問題は授業の構成にある、と感じました。事前に何人かの先生に、授業案について意見をもらったそうです。多くは問題点もきちんと指摘するべきだ、というものだったようです。相談に乗ってもらえる仲間がいるというだけでも、この学校が良い学校だとわかります。しかし(2年目という立場では容易ではないことも理解できますが)、授業の構成を最終的に決めるのは授業者です。

問題点に関しては、すでに過剰なほど語られているのではないでしょうか。だからこそ、この授業があると考えます。添加物のない商品は無いか、あっても例外的な存在でしょう。塩やコショウ、砂糖なども加えていない食品は考えにくいと思います。天然からのものではなく、人工的なものならよいと考える人には、紹介した本がおすすめです。天然に含まれている発がん物質を、放射性物質や人工の添加物などと比較して解説しています。「リスクをゼロにしなければ」などと、現実的にありえない主張を正しいと考えている人には、特に読んでもらいたい本です。

ところで、選択するハムは、Aうす味チョップドハム、Bロースハム、C無塩せきハムの3つです。見た目も値段も違います。私がいちばん驚いたのは、無塩せきハムについて誰も質問しなかったことです。時間不足の授業の最終段階で、どれを買うかと質問したことも理由の一つでしょう。それなら、授業の最初に選んでもらったらどうだったでしょう。そして最後にもう一度同じ質問をしてみたら、どうなっていたでしょうか。

それにしても、議論の材料を豊富に提供してくれた授業でした。それこそが校内での研究授業の理想です。皆が感心して終わり、という授業が良い授業ではありません。さまざまな議論(もちろん子どもたちの学びという事実から出発したもの)から、参加者が次の実践への刺激を受けるのが良い授業の条件だと私は考えます。2年目の先生からこのような授業が提案されるというところが、この学校の素晴らしさを示しているようです。

ところで、疑問に思った「無塩せき」について、ネットでいろいろ調べてみました。無理に漢字で書けば「無塩漬」のようです。塩を使わないのではなく、一定期間食塩や発色剤等に漬けてハムの風味を出す「塩せき」の過程で、発色剤を使わないで製造したハムのようです。減塩ではありませんし、発色剤には食中毒菌を抑制する働きもあるそうです。つまり、商品の「差別化(教育関係者には抵抗がある言葉で『差異化』を使う人もいます)」の一つだとわかりました。

(2011年12月19日)

副島 孝

●副島 孝
(そえじま・たかし)

1969年から教員生活をスタート。小学校教諭11年、中学校教諭(社会科)10年、小牧市教育委員会指導主事、小学校の教頭校長や愛知県教育委員会勤務を経て、小牧市教育委員会の教育長を2001年から2009年まで8年9か月務めた。小牧市教育委員会のホ−ムページで「教育委員だより」、郷土文芸誌「駒来」に「乱読日録」を連載するなど、原稿に追われる毎日であった。2009年4月から2年間、名古屋大学教育学部大学院で、教育方法学を学んだ。授業実践と研究の両方の楽しさ厳しさを知る立場から、現在は愛知文教大学客員教授を務めるかたわら、小中高等学校での現職教育の支援をしている。