愛される学校づくり研究会

黙さず語らん

★このコラムは、「小牧市教育委員だより」での副島孝先生(前小牧市教育長)の発信を楽しみにしておられた皆さんからの要望で実現しました。「これまでのように学校教育や現場への思いを語り続けてください」という願いをこめて「黙さず語らん」というタイトルにしました。

【 第28回 】日本語を使わない英語授業GDM

今年度になって新たに始めたものに、GDMによる英語授業の参観とビデオ記録撮りがあります。GDMといっても大半の方には聞きなれない言葉ですし、実際にその授業を見た方はほとんどいないのではないでしょうか。GDM(GradedDirect Method)は、段階的に(日本語を使わずに)直接英語を教える学習方法です。語数を850語に制限してもほとんどのことが英語で言い表せるという、ベーシック・イングリッシュが基礎となっています(最近はやりのグロービッシュにも共通する考え方です)。
 研究会もありますし、参考になる本もありますが、実際の授業を見る機会はめったにありません。幸いにも小牧市内にはGDMで英語指導をする先生が何人かいます。その代表格が、10年ほど前からGDMを実践している小牧西中学校の松浦克己先生です。私も何度か授業を見せていただいたことがあります。とても興味深い授業で、「これなら英語の力がつくはずだ」と感じさせられる授業です。1月に行われたある研究会で松浦先生にGDMの紹介をしていただいたところ、参加者がとても興味を持ち、これは本格的に研究する価値があるという話になりました。

名古屋大学の院生が論文を書くことになり、それならまず本格的なビデオ記録を撮ろうということになりました。本格的というのは、教室の前から2台のカメラで全生徒の表情がわかるように、後ろから1台で先生の指導や板書などもわかるように撮るということです。これを1年生の最初の授業から撮り続けています。先生の指導の様子を記録するだけなら後ろからで十分ですが、この授業は何しろ基本的に日本語を使わないので、生徒は授業の中で自分自身で気づきながら認識を深めていかなくてはなりません。その気づきを継続的に分析するために、全生徒の表情がわかる映像が必要なのです。

最近は以前にも増して英語の必要性が強調されていますが、学校の授業を通して使える英語力を身につけることは容易ではありません。テストでは何とか点が取れても、いざ実際に自分で使おうとすると、そのための力がついてないことを実感するというのが、私も含め多くの日本人の現状です。各種の英語の学力診断テストからも、全国的に生徒たちの英語の学習内容は驚くほど定着していないことが明らかになっています。GDMを受けてきた生徒の学力が非常に高いことは、小牧市内ではよく知られていました。また、基本的な英語の感覚とでもいうものが身についているので、高校進学後も伸び方が違うと言われています。
 そんなによい指導法なら、なぜ普及しないのかという疑問がわきます。一般的な方法ではないため、結果が出るまでは生徒や保護者から戸惑いや不安の声が出ることもあります。また、教科書との両立に苦労するということもあります。授業の内容は、日本語に訳さないので、その時間で学習する単語や文を使う必要性のある状況・場面を作ることと自作プリントが基本です。現実には語彙を増やしたり、教科書をはるかに上回るペースで人称や時制などの文法事項も学んでいることを確認したりするために、教科書も時々使って定期テストの範囲にするなど、現実的な対応もしています。

GDMで教える英語の先生にとって大変なのは、生徒の表情を見て理解の程度を測りながら、以前に学んだ事項を使う状況を作るなどの対応をする必要があることです。教科書の順に決まった内容をやればよいのではなく、あらかじめ教材はあるものの、あくまでも生徒を見ながら対応しなければなりません。ここが、日本語で説明してわからせたつもり、生徒はわかったつもりの英語の授業との、最大の違いです。何しろ生徒も、次第に概念ができてきているものの、言葉(日本語)で説明できるわけではないからです。
 よく考えてみれば、絶えず生徒を見ながら授業するのは、学習者を主体に考える現在の授業理論では、常識とも言えることです。私自身も、英語に関しては「グループによる学び合い」にこだわり過ぎていたのかもしれないと感じています。グループを使う場面はほとんどなくても(ペアは使いますが)、GDMは他の生徒の受け答えを自分のものとしてとらえることで、全員の理解と習熟を深める「学び合い」を基本としています。毎時間バランスよく適度な難しさのある「聞く、話す、読む、書く」学習ができることも、魅力の一つです。

今回のビデオ記録の目的は、直接的にはGDMで学ぶ生徒たちの認識について研究するためです。しかし、授業の記録は、そのままGDM指導の方法を明示するものとなります。今の指導法では、どうしても授業についていけない生徒が少なからず出てしまうが、どうしたら良いのかイメージが浮かばないとか、GDMに興味は持っているが、具体的にどう指導するのかよくわからないという先生方にも、貴重な資料になると考えています。

(2011年5月16日)

副島 孝

●副島 孝
(そえじま・たかし)

1969年から教員生活をスタート。小学校教諭11年、中学校教諭(社会科)10年、小牧市教育委員会指導主事、小学校の教頭校長や愛知県教育委員会勤務を経て、小牧市教育委員会の教育長を2001年から2009年まで8年9か月務めた。小牧市教育委員会のホ−ムページで「教育委員だより」、郷土文芸誌「駒来」に「乱読日録」を連載するなど、原稿に追われる毎日であった。2009年4月から2年間、名古屋大学教育学部大学院で、教育方法学を学んだ。授業実践と研究の両方の楽しさ厳しさを知る立場から、現在は愛知文教大学客員教授を務めるかたわら、小中高等学校での現職教育の支援をしている。