愛される学校づくり研究会

黙さず語らん

★このコラムは、「小牧市教育委員だより」での副島孝先生(前小牧市教育長)の発信を楽しみにしておられた皆さんからの要望で実現しました。「これまでのように学校教育や現場への思いを語り続けてください」という願いをこめて「黙さず語らん」というタイトルにしました。

【 第18回 】クラシック音楽の世界

フリーター生活も板についてきたと言いたいところですが、時間の使い方が下手なのか、なにやかやと時間に追いまくられています。肩書のある役はほとんどお断りしているのですが、全部とはいかないところが辛いところです。数少ない肩書のひとつが中部フィルハーモニー交響楽団の理事です。
 10周年を迎えた若い交響楽団ですが、日本オーケストラ連盟に準加盟しているれっきとしたプロの常設楽団です。結成直後から関わってきたこともあり、5月から引き受けています。理事会は月1度ですが、公演のお手伝いなど結構出る機会もあります。もっと大変なのがチケット販売で、毎回苦労しています。
 クラシック音楽はどうしてもチケットを購入してくれるファン層が薄く、どの楽団も経営的には悩みがたえません。ご多分にもれず、中部フィルも苦労しており、理事は当然無償のボランティアです。幸いにして地元の企業を始めとする支援で、ここまで来たというところです。昨今の不況は楽団経営も直撃しましたが、昨年からの文化庁の「子どものための優れた舞台芸術体験事業」で一息ついているという状況です。

でも、苦労だけではありません。楽団に携わると、楽しいことも経験できます。先日も、支援企業のひとつ東海ゴムのチャリティーコンサートが開かれました。秋山和義指揮で、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番、ピアノは佐田詠夢という若い女性。新人らしい、初々しい演奏でした。ところが幕間の指揮者対談に途中から突然登場したのが、歌手のさだまさしさん。つまり佐田詠夢さんは、さだまさしさんの娘さんだったのです。
 コンサートでもトークがひときわ面白い、さださんですから、当然名台詞が出ました。「クラシックのコンサートは贅沢だ。この舞台には教育費や楽器代も含めて、ざっと60億円が乗っている。それを生で聴いているんだから、こんな贅沢はない」この積算が正確かどうかはわかりませんが、確かに数千円で聴けるのですから贅沢です(ちなみに、この日はチャリティーで無料)。
 このコラムの第12回で書いたように、映画「オーケストラ」ではヴァイオリン協奏曲、この日はピアノ協奏曲と、チャイコフスキーの2大コンチェルトを堪能できた年になりました。

ところで、文化庁の事業を受けられたのには、小牧市内の小中学校での音楽教育演奏の経験も働いているようです。各校2年に一度大編成で、幼稚園(私立幼稚園も)や保育園では毎年アンサンブルで演奏してきました。もちろん本物の芸術を経験させたいという理由からです。
 しかし、個人的には別の狙いもありました。それは、ある種のキャリア教育として、プロの音楽家(の生き方)に接してもらう機会としたいということです。現代の子どもたちが接する大人の大部分はサラリーマンです。学校の先生たちも分類で言えば、サラリーマンでしょう(サラリーマンを悪く言っているのではありません。私も長くサラリーマンでした)。
 お父さんやお母さんの中には、サラリーマン以外の人も少なくありません。しかし、子どもたちが実際に親の仕事ぶりを見る機会は少ないのです。その意味で、サラリーマン以外の職業人の代表として、プロの音楽家と接することは意味があると思っていました。
 音楽家になるには、長い長い専門教育期間が必要です。そのうえに、才能だけでなく日々の努力も必要な仕事です。その割には、ほんの一握りを除いては、低収入で生活は不安定です。それでも続けているのは、芸術家としての誇りと演奏が好きだということなのでしょう。それは、子どもたちにとっても刺激的なものではないでしょうか。
 多くの子どもたちは、将来サラリーマンになるでしょう。しかし、サラリーマン以外の生き方をする人を具体的に知っているかどうかは、とても大切なことではないでしょうか。

(2011年12月20日)

副島 孝

●副島 孝
(そえじま・たかし)

1969年から教員生活をスタート。小学校教諭11年、中学校教諭(社会科)10年、小牧市教育委員会指導主事、小学校の教頭校長や愛知県教育委員会勤務を経て、小牧市教育委員会の教育長を2001年から2009年まで8年9か月務めた。小牧市教育委員会のホ−ムページで「教育委員だより」、郷土文芸誌「駒来」に「乱読日録」を連載するなど、原稿に追われる毎日であった。2009年4月からは名古屋大学教育学部大学院で、教育方法学を学んでいる。授業実践と研究の両方の楽しさ厳しさを知る立場から、学校の現職教育などに貢献したいと考えている。