★このコラムは、「小牧市教育委員だより」での副島孝先生(前小牧市教育長)の発信を楽しみにしておられた皆さんからの要望で実現しました。「これまでのように学校教育や現場への思いを語り続けてください」という願いをこめて「黙さず語らん」というタイトルにしました。
【 第12回 】映画『オーケストラ!』は良かった
本当に今年の夏は暑かったですね。残暑も結構続くようです。あまりエアコンを使わないようにしているので、本当に暑いときにはどこかへ逃げ込むしかありません。そんなときに、よく利用するのが映画館です。別に暑くなくても、映画は結構見ますが。テレビを見ない分、映画はよく見る方です。
そんな中、今年の夏(マニアの中では春から話題だったようですが)私の中では上半期ベストワン作品に出会いました、それが「オーケストラ!」です。メジャーのルートには乗っていない作品ですが、ぜひ見たいと思っていました。それが、よく行く近くのシネコンで上映されることを知り、早速出かけました。
政治的な理由から楽団を追放された指揮者や楽団員が、1枚のファックスを見たことをきっかけとして幻のオーケストラを再結成してパリ公演を果たす感動の作品、というのが見るまでの私のイメージでした。そのイメージは半分当たり、半分裏切られました。
ストーリーはこんな展開です。ボリショイ交響楽団のリハーサルを覗きながら、「そこはそうじゃない」などとつぶやきながら指揮のまねをする掃除人、若くして天才指揮者といわれたアンドレイです。彼には、同僚のユダヤ人音楽家をブレジネフが排除しようとしたのに反対し、反社会主義的として演奏を中断され追放されるという過去があります。叱られて本来の掃除の仕事に戻った彼の目の前で、一枚のファックスが届きます。パリのシャトレ劇場から楽団への出演依頼です。そのとき、彼の頭にある計画が浮かびます。
そうです。追放になったメンバーを集め、ボリショイ交響楽団といつわってパリで公演しようという計画です。指揮者が掃除人をしているくらいですから、後の楽団員は推して知るべしです。運転手や蚤の市の物売り、中にはポルノのアテレコ役まで、生きていくために様々な職業に就いています。腕はさび付いてないとはいうものの、オーケストラメンバーをそろえるのは大変です。中には楽器まで生活のために売りはらったという者までいます。
知られないようにしながら劇場側と交渉する、しかもフランス語に堪能で有能なマネージャーが、まず必要です。何とその役目を、演奏途中に指揮棒を折ってアンドレイを追放した、元KGBで現在もがちがちの共産党員に、仲間の反対を押し切って託すのです。
このあたりから映画は、どたばた喜劇の様相を呈します。まず、どうしても足りないパートがあります。楽器や服装もそろいません。何よりもパスポートがありません。行きの飛行機代もありません。劇場との交渉や本来の楽団にばれないようにすることも簡単ではありません。それでも引かない交渉事項が3つあります。演奏曲のチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲とソリスト、それにディナーのレストランです。
指名したソリストは、若き天才ヴァイオリニストのアンヌ=マリー・ジャケ。売れっ子の彼女はチャイコフスキーだけは弾かないことで知られていたのですがが、なぜか出演を承諾します。これがどたばたから引き戻す伏線となります。彼女にも、自分のアイデンティティを知るための理由があったのです。
レストランは別の意味で難題でした。とっくにつぶれていたからです。つぶれたような(もちろんマネージャーは知りませんが)レストランに固執したわけも、一行がパリに着いてからの後半で明らかになります。このエピソードを含めて、ソ連崩壊後の(ヨーロッパを含め)ロシアの政治や経済の状況を物語るものがたくさん出てきます。
最後の15分間がこの映画の最大の見所ですが、それは多くを語る必要はないと思います。チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲が好きになることだけは確かだと言っておきましょう。
実際にこれから劇場でこの映画を見ることは難しいかもしれません。多分DVDは出るでしょうが。このフランス映画は音楽好きな人でなくても十分楽しめる映画です。多分一般の興行ルートに乗ればヒットしただろうと思います。今でも、日本を含め世界中の話題の映画が簡単に見られるわけではありません。ハリウッド映画をはじめとする興行的に安全な映画が中心に上映されているのです。
メジャーなものだけを追うのではなく、自分の目で良いと思うものを選ぶ、そのための目配りをふだんから欠かさないことが大事なのは、映画には限りませんね。
(2010年9月20日)