愛される学校づくり研究会

黙さず語らん

★このコラムは、「小牧市教育委員だより」での副島孝先生(前小牧市教育長)の発信を楽しみにしておられた皆さんからの要望で実現しました。「これまでのように学校教育や現場への思いを語り続けてください」という願いをこめて「黙さず語らん」というタイトルにしました。

【 第11回 】ちがさき『響の会』に出かける

夏休みには研修の機会が多いことは何度も書きましたが、私自身が講師を務める機会もほんの少しですがあります。先日は、神奈川県茅ヶ崎市でお話をする機会がありました。教育実践・ちがさき『響の会』夏季特別セミナーです。この会は角田明先生が会長の歴史の長い会です。角田先生には、これまで何度も小牧市で研修会の講師をお願いしてきました。私の退任を機会に、今度は茅ヶ崎で話をしてほしいとの依頼を受けました。

 実は私がいただいたお題は「教員の大量採用時代をむかえて−人材育成を考える−」というものです。私が得意とする分野ではありませんが、現在の教育界では最も重要な課題の一つです。この機会にと思い、それなりに構想を練って出かけました。響の会自体が、角田先生が市教委の指導課長時代の指導主事の勉強会から生まれたものだと聞いていましたので、そのあたりも考慮に入れて(つまりターゲットを定めて)お話を組み立てました。
 例によって脱線ばかりですが、筋立てはこんなものでした。(1)大量採用時代は教育界で初めての経験ではない(現に私たちの世代も大量採用時代でしたが、自分たちは楽しくやっていた)。(2)しかし、現在の状況は、以前の繰り返しではない(7月19日付け朝日新聞朝刊の「今、先生は?新人教師は命を絶った」を例に出す)。(3)教師個人を育てるのか、教師を育てる学校を育てるのか、どちらが有効なのかが問われている。
 最後の締めとして、石井順治先生からお聞きした秋田喜代美先生の言葉、「若い人を見れば学校は分かる。初任者や若い先生が育つ学校は基本的にいい学校である」を紹介しました。後で、角田先生から、「校長を見れば学校が分かるとよく言われるが、校長の言っていることと学校の現実が違うことがよくある。子どもを見れば学校が分かるのと同じように、これからは若い人を見れば学校が分かるという視点で学校を見てみたい」と講評を受けました。

 研修会が終わると、懇親会です。懇親会の雰囲気で、逆に会の持つ雰囲気を知ることもできます。その意味で、響の会は非常にオープンなものであることが分かりました。また、研修会には、市外だけでなく県外の方も参加していました。愛知県からも2名の方が参加していたのには驚きました。それも初対面ながら、お二人とも私との接点のある方でした。
 懇親会では様々なことが話題に出ました。私から見ると、茅ヶ崎は(桑田佳祐の出身地であることよりも)浜之郷小学校のある市です。浜之郷小が茅ヶ崎市教委の指導主事による勉強会から生まれた経緯は有名です。そのときの指導課長であったのが角田先生で、浜之郷小学校の初代校長になった大瀬敏昭先生は係長だったそうです。新設校として開校する学校は、校舎と校区があるだけであってはならない。こういう学校を創るのだというビジョンがあって、初めて学校は創ることができるという哲学がそこから生まれます。そのためには、茅ケ崎市教委としてのビジョンも必要だとして、ビジョンを策定します。
 そのなかで佐藤学氏の著作に出会い、研究室に継続的な指導を依頼に出かけた様子も、響の会会員の方からうかがいました。浜之郷小に200万円の特別予算をつけたことが、かなり議論になったことも話題に上りました。今でこそ茅ヶ崎は教育界では知られた存在ですが、そのころは市内外で教育不毛の茅ヶ崎と呼ばれていたそうです。その意味では、200万円は生きて働いている予算といえます。
 しかし、潤沢な予算など望めないのが、地方教育行政の現実です。次の新設校である緑が浜小学校には、そのような特別予算はなかったそうです。その緑が浜小の初代校長が角田明先生です。そこで緑が浜小では浜之郷小とは違う方法で、手作りの先生方による授業づくりが行われます。大きな理念は共有しながらも、校区の持つ現実に合わせながら学校づくりをするのは当然だという哲学があるのでしょう。

 二次会にまで誘われるという結果になりましたが、引けぎわのいい会(こういう二次会は珍しい)で、気持ちよく終わることができました。後日うかがったことによれば、その後、浜之郷小の初代校長、教頭のお墓参りが行われたそうです。これも、響の会夏季特別セミナーでは恒例行事だとのことです。お話ししたことよりも、お聞きしたことの方が学ぶことが多かったというのが、今回の経験でした。

(2010年9月6日)

副島 孝

●副島 孝
(そえじま・たかし)

1969年から教員生活をスタート。小学校教諭11年、中学校教諭(社会科)10年、小牧市教育委員会指導主事、小学校の教頭校長や愛知県教育委員会勤務を経て、小牧市教育委員会の教育長を2001年から2009年まで8年9か月務めた。小牧市教育委員会のホ−ムページで「教育委員だより」、郷土文芸誌「駒来」に「乱読日録」を連載するなど、原稿に追われる毎日であった。2009年4月からは名古屋大学教育学部大学院で、教育方法学を学んでいる。授業実践と研究の両方の楽しさ厳しさを知る立場から、学校の現職教育などに貢献したいと考えている。