愛される学校づくり研究会

黙さず語らん

★このコラムは、「小牧市教育委員だより」での副島孝先生(前小牧市教育長)の発信を楽しみにしておられた皆さんからの要望で実現しました。「これまでのように学校教育や現場への思いを語り続けてください」という願いをこめて「黙さず語らん」というタイトルにしました。

【 第10回 】『「学びの共同体」をめざして』に出会う

ここ数年連続して参加している「教育のアクションリサーチ研究会」に、今年も参加しました。何度も参加している研究会は、知り合いも多く、居心地がいいものです。その代り、新鮮な驚きとか、新たな出会いは減ってきます。そこで今回は、何人かの初参加の方をお誘いしました。初参加の方の反応を見ることで、自分自身も新たな気持ちになれます。
 個人的には新しい方との出会いもありました。茨城県石岡市立柿岡中学校の元校長の岩本泰則先生と同じ部屋、同じ分科会で、少しお話ができました。このたび出版された著書を販売されていたので、一冊購入しました。岩本泰則著『「学びの共同体」をめざして―公立中学校での学校改革―』一莖書房です。帰宅後、一気に読了しました。お勧めです。
 最近は、学校の実践記録の出版が少ないように感じます。これまで、中学校としては、岳陽中学校での実践を描いた、佐藤雅彰・佐藤学編著『公立中学校の挑戦―授業を変える学校が変わる―』ぎょうせいが、拠り所となっていました。本書には、この『公立中学校の挑戦』をもとに、三年間で柿岡中学校をつくりかえた実践が書き込まれています。
 岳陽中学校は、学びによる中学校改革の道筋を示してくれました。『公立中学校の挑戦』を参考にしながら、取り組み始めた地域や学校は少なくありません。私も応時中学校を応援しながら取り組んできた一人として、同書は方向を定める際の指針となりました。著者である佐藤雅彰先生による定期的な直接のアドバイスを受けられたことも、大きな力になりました。
 『「学びの共同体」をめざして』を読むと、応時中と重なる部分の多いことに気づきます。定年まであと3年の岩本校長が赴任した柿岡中は、生徒が荒れ、築40年で何年か後には新築予定のある校舎は、汚れて乱雑なものでした。その中学校で谷本校長は、4月から慎重さを持ちながらも覚悟を決めて、「学びの共同体としての学校づくり」ビジョンを表明します。職員会議で、始業式入学式で、PTA総会で。
 あまり肩肘張らずに表明したという、ビジョン表明はこの程度のものと書かれています。

  • 子どもが子どもらしく学び、教師が教師らしく仕事をし、保護者が保護者らしく学校の挑戦に協力する「学びの共同体」としての学校づくりを。
  • 「学びの共同体としての学校」とは、子どもたちが学び合う場所としての学校、教師が専門家として学び成長し合う場所としての学校、親や市民が学校の教育活動に参加して互いに学び合う場所としての学校。
  • 学びと授業と研修を中核にした学校づくり

この程度のものというには、言葉の背景が深く、覚悟のいるビジョンです。
 ここからが、スタートですが、ビジョンの表明で現実が動くものではありません。まして、学び合う授業が簡単に始まる訳もありません。それでも3学期には柿中スタイルの取り組みが見られるようになってきたというから、ものすごいスピードです。共有された危機感のあったことも事実でしょうが、変化を皆が実感できたこと、谷本校長のしたたかで柔軟な戦略も参考になります。
 「学校だより」を始めとしたあらゆる機会を活用する職員、生徒、保護者、地域への発信が、前進への、信頼や協力への原動力となります。しかし、2年目の後半に2年生が逆方向に変わり始め、学び合いどころか授業の成立にも危機感を抱くような状況が発生します。歯車が狂うと事態が急速に悪化するという、中学校が構造的に持つ試練の時期です。
 ここで再認識されるのが、ケアリングです。教師と生徒のより良い人間関係の構築(対話)=ケアリングです。学び合う授業の中でそれが構築されることが理想ですが、なかなかそうはいきません。いわゆる「生徒指導」ではない、ケアリングが一方で重要というのは、応時中をはじめとする小牧市の中学校でも痛感したことです。2年生の担任や一部の授業の責任にするのではなく、逆に全員で支える対応も同僚性を高める働きをします。
 この3年間の取り組みは学ぶべき点が多いのですが、「先進校に学びながら」という点で、より価値が高いと思います。道を切り開く学校はもちろん価値がありますが、多くの学校は先進校に学びながら自分たちの学校の改革に取り組みます。その意味ではパイロットスクールの記録以上に参考になる点が多いのです。
 1時間の授業も大切ですが、私が授業そのもの以上に授業後の研究協議会を重視するのは、協議会での学びが(もちろん、そこで話し合われる内容や持ち方が問題ですが)、先生方や学校を変えていく力を持つからです。部分的な取り組みだけで、学校を変えることは困難です。トータルで、継続できる学校づくりという視点が重要です。真似をしたら同じようにいくわけではないのは、学校づくりも授業と同じです。だからこそ、参考にしながら考えさせられる本書の価値があるように思います。

(2010年8月16日)

副島 孝

●副島 孝
(そえじま・たかし)

1969年から教員生活をスタート。小学校教諭11年、中学校教諭(社会科)10年、小牧市教育委員会指導主事、小学校の教頭校長や愛知県教育委員会勤務を経て、小牧市教育委員会の教育長を2001年から2009年まで8年9か月務めた。小牧市教育委員会のホ−ムページで「教育委員だより」、郷土文芸誌「駒来」に「乱読日録」を連載するなど、原稿に追われる毎日であった。2009年4月からは名古屋大学教育学部大学院で、教育方法学を学んでいる。授業実践と研究の両方の楽しさ厳しさを知る立場から、学校の現職教育などに貢献したいと考えている。