有田和正先生の模擬授業から学ぶ(愛される学校づくりフォーラム2013 in 東京 午後の部)(長文)

愛される学校づくりフォーラム2013 in 東京」からずいぶん時間がたってしまいましたが、午後の部の授業名人の有田和正先生の模擬授業について書きたいと思います。「6年生最後の社会科の授業」をテーマとした佐藤正寿先生との対決授業です。
素晴らしかった佐藤先生の模擬授業(「佐藤正寿先生の模擬授業から学ぶ(愛される学校づくりフォーラム2013 in 東京 午後の部)(長文)」参照)と比較することで、有田ワールドとは何かということがよりわかるものになったと思います。

まずホワイトボードに如月/16と何も説明せずに旧の月名で書かれました。実際の子どもであれば、知らなければ知ろうとするはずです。もちろん有田先生の学級であれば、子どもたちはすでに知っているのかもしれません。教師が教えているのか、それとも子どもたちが調べているのか。教室で旧の月名を使うことは珍しくありませんが、有田先生の学級ではどうしていたのかちょっと興味がわきました。

今年が戦後68年になることを伝えて、この戦争が何戦争か問いかけます。第2次世界大戦という答えに、「素晴らしいですね」と返します。簡単な問いですが、称賛の言葉で返しました。簡単だからこそ、「答えて当たり前」と軽くながすのか、「よく答えたね」としっかりほめるのかの違いは大きいと思います。有田先生は、常に子どものやる気を引き出す方向で発言を受け止めることを忘れません。
「68年」と提示して、「これは何?」とクイズ形式で問いかける方法もあります。子どものテンションは上がるかもしれません。答がわかった子どもは第2次大戦に気づけていますが、第2次世界大戦を知っていても68年との関係に気づけない子どもは答えられません。あっさり「戦後68年」と示したうえで、「何戦争?」と問うことで、ほぼ全員が第2次世界大戦に気づくことができるはずです。そして「素晴らしい」とほめることで、全員がほめられた気持になります。何気ない導入のようですが、私の目にはムダのない素晴らしいものに映りました。

2枚のホワイトボードを横切る長い線を引き、68年と書きました。68年がいかに長いかを伝えます。さり気ないですが、こういうホワイトボード(黒板)の使い方は見事です。子どもたちが写すことを意識した「まとめ」的な板書と違い、授業が進むにつれてどんどん変化していくダイナミックな板書です。こういう技術を見せられると、確かにデジタルがなくてもいいと思わせられます。

世界大戦に参戦した国は何か国か問います。これは知識ですが、子どもが知っているはずはありません。考えても答えは出ません。では、調べさせればよいのでしょうか。いや、資料を見つけることさえも難しいかもしれません。ならば、なぜ問いかけたのでしょうか。ここでのキーワードは「予想」です。前回のフォーラムでも有田先生は、「そうぞう(想像、創造)」を大切にしたいとおっしゃっていました。「6か国」「もっとある?」「7か国」「8か国」「15か国」「だんだん増えてきましたね」「ちょっと増やす?」「もっと増やす?」。予想ですから、誰でも参加することができます。子どもたちに問い返しながら、参加をうながします。
「30か国」「うーん、なるほど」・・・。次々に子どもたちが答えます。子どもたちは自分が答えることでますます知りたくなっていきます。その上で、有田先生は「推測ですからね」と笑いをとりながら、根拠を元にした予想でないことを子ども役に意識させます。
ここで、当時、独立国は何か国あったのか問います。そもそも独立国がどれだけあったのかも知らなければ、「世界」大戦の参戦国を予想する手がかりは何もないことになります。とはいえ、これも子どもたちには知りようがありません。そこで、そのために、今世界に独立国が何か国あるかを「調べよう」と切り替えます。知識は「教える」か「調べさせる」かです。これで、子どもたちが調べられる課題となりました。通常であれば、子どもたちが持っている地図帳で調べさせるところですが、今回は用意した地図帳を示し、「どこに出てる?」と問いかけました。資料の使い方、探し方というメタな知識を問いかけています。資料の活用方法を身につけさせることを大切にしていることがよくわかります。

地図帳から195か国あることを確認して、当時何か国あったか再び問います。「半分くらい?」という子どもへの投げかけは、現在の独立国の数を根拠に考えることを意識させています。持っている知識を根拠に予想するという態度を育てようとしているのです。その上で、65か国だと教えます。予想することは大切ですが、結論は出ません。そこにあまりに多くの時間をかけるのは意味がないのです。子どもなりの根拠を持って予想したのなら、知識を教えればいいのです。

今と当時の独立国の数を比較することで、第2次世界大戦が世界に何をもたらしたかを考えさせることもできます。直接には触れないが、子どもが興味や疑問を持ち、調べてみたくなるような「?」がいくつも埋め込まれているのが有田先生の授業の特徴です。これもその1つでしょう。

65か国を元に、もう一度大戦の参戦国の数を問いかけます。今度は先ほどと違って、基本となる数がわかっていますが、それでもそこから先は推測でしかありません。ここで、有田先生は中立国に色が塗られた世界地図を資料として提示しました。この資料と先ほどの独立国の数から参戦国の数はわかります。「どうせこちらから情報を与えるのであれば、何もこんな回りくどいことをしなくても、ストレートに参戦国の数を教えればいいのではないか」と思われる方もいるでしょう。結果的には同じように見えますが、65か国という知識と、中立国の地図という資料を組み合わせ、そこから答えを見つけるということを経験させたいのです。算数では、答がわかっていても、何度も実際に計算させます。自分の手で経験することが大切だからです。これも同じ理屈です。
地図を少しずつ広げて見せることで、子どもを引きつけていきます。指名して各国の名前を答えさせていきます。本当ならば、子どもに地図帳を使って調べさせるところでしょう。「中立国は5か国」と言って終わるのではなく、地図で確かめながら自分で答を見つけることが大切です。答を知ることではなく、答を見つける過程を経験し身に着けていくことが目的だからです。

60か国もの国が参戦していたからこそ、世界大戦であることを強調しました。子どもたちが深く考えずに使っている「世界大戦」という言葉の重み、それがどれほどのものだったかは、単に60か国参戦したと教えただけでは伝わりません。自分たちが予想し、その予想をはるかに超える事実を知って初めて実感できるのです。そして、この戦争がどのようなものだったかを戦争の犠牲者の数で伝えていきます。
各国の犠牲者の数を書いた表をホワイトボードに貼り、全員に読み上げさせます。表は数字が並んでいるだけです。子どもたちは漫然と眺めるだけで一つひとつの値をちゃんと読まないことやその意味を考えないこともよくあります。ここは、その数の大きさを実感させたいところなので読み上げさせたのです。最終的に犠牲者の合計が6千万になることを伝え、日本の人口の半分にも達することに気づかせます。日本の人口と比較することで、よりリアルに伝わるのです。

ここで、「世界の人々は戦争に対してどう思ったでしょうか?」と問いかけます。これも想像です。この死者の数を目の前にして戦争に対して肯定的な答えは出るはずもありません。だからこそ、多くの子どもに発表させます。発表することで子どもの中に戦争を否定する気持ちが明確になります。それが、この後の問いとつながります。
「悲しい」「悲しいけど負けたくない」「なるべくなら2度と起こさない」・・・、どの答に対しても「なるほど」「いいですね」と受け止めます。「犠牲者が6千万人いたということは、それ以上に悲しんだ人がいる」という発言に対して、「すごいね、その背景、過程が見えた」とそのよさを具体的に示し、「素晴らしい、こういう考えを出してほしい」と全体に広げました。発言を価値づけすることで、子どもの視点を広げていくのです。「戦争は割に合わない」という意見に、過去に「戦争ほどいい商売はない」といった政治家が日本にいたと揺さぶります。こういう揺さぶりは、膨大な知識を持っている有田先生だからこそでしょう。同じ揺さぶりはできませんが、子どもの考えを深めるためにも揺さぶりは必要です。子どもの発言に対応するには、教師側にそれ相応の知識と力が求められることがよくわかります。ここは時間をかけて戦争を否定する気持ち(=平和を願う気持ち)を子どもに持たせました。
実際には6千万より多いとする資料もあることを伝え、資料が絶対でないこと、資料は比較し吟味する必要があることを意識させます。資料を大切にする有田先生だからこそ、こういう点はしっかりと伝えます。

「戦争は嫌だと世界中の人が思ったはず」とまとめた上で、「第2次世界大戦後、戦争はなかったのか」と問いかけます。「何回くらい?」と数を聞きます。数を聞くことで、客観性が求められてきます。「少し」「たくさん」といった聞き方では、なんとなく答えて終わってしまい、自分の予想と事実のギャップを強く意識できません。数を聞くことは、子どもたちに迫り、より深く考えさせるのに有効です。「朝鮮戦争」「湾岸戦争」「ベトナム戦争」・・・。具体的な戦争を子ども役から引き出しながら、意外とありそうだと気づかせます。「南北戦争」という間違いが出てきました。ここは、どう対処するのか気になるところです。「とても大切な戦争・・・、この戦争がなければ今のアメリカはない」「ちょっと時代は違うが素晴らしい」とポジティブに評価し、解説をします。とっさにこのような対応をするには、その背後に多くの知識がなければできません。このような場面も、有田先生をそのまま真似する必要はありませんが、少なくともポジティブに受け止め評価することが求められます。
「これは何を見たらいいですか」と問いかけます。これも「答の見つけ方」というメタな知識を問うものです。常に、どのようにして「考える」のかを意識されています。「社会科資料集」という子ども役の答を高く評価して続けます。ここで社会科資料を使わずに、「絶対当たらないだろう」と挑発しながら、相談させます。「何回か」を「相談」としました。相談しようとすれば、数に対して根拠を示す必然性が生まれてきます。子ども役の答には、それなりの根拠のあるものがでてきました。「(年に1回で)68回」「こういう出し方もあるんですね」と考え方を評価します。それぞれの答えに対して問い返すことで根拠を明らかにさせます。正解を求めるのではなく、また思いつきの答を求めるのでもなく、自分なりの根拠を持って考えることを求めています。子どもたちを育てるということはこういうことだとわかります。
ここでも資料によって答が違うことを断ったうえで、有田先生が正確だと選らんだ資料から300回以上という数を示しました。これだけ戦争があるのに、68年間戦争をしなかった国があるといいながら、その国に色が塗られた地図を示しました。一つひとつじっくりと確認します。その6か国(佐藤先生の資料とは数が違っている)の中に日本が入っていることがどれほどすごいことか、実感させてくれます。その上で、日本がその6か国に入っている理由を問います。「教育」「戦争放棄」「日米安保条約」、中には「資源がない」から攻められないという、子どもから出そうもない答が出てきます。尖閣諸島の問題を取り上げながら、戦争の原因の大きなものに「領土」「資源」があることをまとめ、「これからはわからない」「おもしろい」とポジティブに評価していきます。この他にも、「戦争を語り継いでいる」「国民の気持ち」といろいろな視点の考えが子ども役から出てきますが、すべてポジティブに受け止めます。最後に「平和は簡単に手に入らない」とまとめて終わりました。

有田先生は6年生最後の授業を、社会科の目標である「・・・平和で民主的な国家・社会の形成者として必要な公民的資質の・・・」から「日本の平和」をテーマに、自身が考える社会科の根幹、「知識を手に入れる(資料を見つける)」「知識を元に考える(想像する)」「新しい価値を創造する」で構成されました。最後の「日本が68年間戦争をしなかった6か国に入っている理由」は、今まで学習した「平和憲法」や「日米安保条約」といった知識に「新しい価値」を見出ださせる発問と位置づけているのではないでしょうか。そして、最近よくおっしゃられる「奇跡を起こすのは教育しかない」との信念の具体例としてこの授業を提案されたのだと思います。「教育で平和を維持する」ことができる、それはこういう授業で可能になるのだと主張されているように思いました。
有田先生の考える社会科の授業がとてもよくわかる素晴らしい模擬授業でした。この模擬授業も素晴らしい子ども役の皆さんの協力があってこそのものでした。ありがとうございました。

有田先生と佐藤先生の授業が提案したものは何だったのか、名人と達人とは何が同じで何が違ったのか。このことついては、パネルディスカッションとあわせて述べたいと思います。
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