佐藤正寿先生の模擬授業から学ぶ(愛される学校づくりフォーラム2013 in 東京 午後の部)(長文)

愛される学校づくりフォーラム2013 in 東京」午後の部は、「授業名人に再び! ICTを活用して挑戦」と題して、授業名人の有田和正先生と愛される学校づくり研究会の会員の佐藤正寿先生の模擬授業、それを受けてのパネルディスカッションでした。

今回の模擬授業のテーマは、「6年生最後の社会科の授業」です。
佐藤正寿先生は「日本の国土と平和について」です。各場面でのICT機器の活用の意図、授業での位置づけやねらいが非常に明確でした。

日本地図をスクリーンに映してスタートです。佐藤先生はパソコンの画面切り替えにワイヤレスのリモコンを使いました。一人ひとりの子どもに迫ったり、机間指導をしたりすることを考えるとリモコンは必須のものかもしれません。資料を切り替えるたびにパソコンの前に戻っていてはテンポが悪くなるからです。リモコンを使うことで教師の自由度が増すのです。
日本の地図であることを確認し、地図を切り替えながら島の名前を言わせます。これは簡単な知識です。すぐに答えてくれなければ話になりません。「もう少しテンポを速くね」と促します。佐藤先生は笑顔で決して命令口調にならないように子どもに指示します。「・・・しよう」という表現もよく使われます。こういう言葉を使って、教師が目指す姿を子どもに伝えていきます。ここで「これらは本当に島ですか?」と子どもたちを揺さぶり、どちらかに挙手させます。島は日常用語ですが、社会科の用語でもあります。この発問を通じて日常用語を社会科の用語に変えていくのです。ここで「考えて」などと意味のない時間を取らないのはさすがです。考えて答えが出る問題ではないからです。1人だけ島でないと手を挙げました。「勇気あるね」と笑顔で一言声をかけます。1人だけ間違えています。ここでポジティブな声をかけることで、本人に「しまった」と思わせないと同時に、他の子どもにもまわりの意見に流されずに自分の考えを主張することはよいことだと伝えているのです。島の定義は、自然物である、まわりを水に囲まれている、オーストラリア大陸より小さい、の3つからなることを教えました。その上で、再度「島ですか」と問いかけます。子どもたちは正解したといっても根拠を持って答えたわけではありません。定義に基づき確認することで、島という社会科の用語を定着させているのです。
続いて「5番目に大きい島はどこですか」と問いかけます。次々指名していきます。子どもたちの答は分かれていきます。「ほう、答は一つですよね。5年生で習いました」と既習事項であることを強調します。覚えていなければいけない知識であることを意識させます。択捉島であることを伝え、拡大した地図で見せます。択捉島が最北端であることを確認して、東、西、南の端の島を書かせます。いくつ書けたか確認をし、指名して答えさせます。「手が5人しか挙がらない」と挑発し、続いて「同じ人」と確認したところ挙手が増えたので「急に手が挙がりましたね」と、最初から挙手してほしいということを伝えます。ちょっとした言葉に、子どもたちにどうあってほしいかというメッセージがこもっています。日本の国土面積を隣同士で確認して、この日の第1課題に移っていきます。この授業を単独で考えれば、必要最低限の知識だけ確認して、課題にもっと時間をかけてもよいように思います。しかし、6年生最後の授業ということで、今まで習ったこと(ここでは地理分野)を使う場面をつくりたかったのだと思います。また、確認の方法も、列で順番に指名したり、個人で考え指名で発表したり、ペアで確認したりといろいろな方法があることを見せてくれています。若い先生にとってはとても参考になります。しかし、実はここまでにあまり時間はかかっていません。復習ですから忘れていれば考えても答えは出ません。ムダな時間をかけずにテンポよく進めているからです。いつもながら実に自然なICTの使い方です。だからこそテンポがよいのです。ICT機器が授業のテンポアップに効果的なことがよくわかります。

いよいよ課題に入っていきます。まずは日本の国土面積の変化のグラフをスクリーンに映します。グラフは2013年の値、37.8万平方キロメートルしか示されていません。続いて、領土面積が確定したのが1880年であることを伝え、グラフに面積を表示します。「この時は38.3万平方キロメートル。千島列島が含まれていたのでこういう値です」とそれとなく、領土の変化の視点も伝えています。2つの棒グラフの間がどのようになっているか予想するように指示します。間をおいて、こうなりますと1つずつ順番に示します。なんとなく考えていた子どもも、次は増えるのか減るのかともう1度画面の切り替えのタイミングで考えます。教師が子どもの反応を見ながら、考えるリズムをコントロールできます。こういうところもICTのよさです。
ここで第1課題「日本の領土面積の変化からわかることは何か」を示します。領土面積の棒グラフの変化から分かること、気づいたことを3分間でノートに書かせます。理由がわかる人は理由も書くように指示します。「何年は増えている。それは〜だからである」という書き方も合わせて指示することで、子どもが自分の考えを書きやすいようにしています。指示が明確なので、子どもは戸惑いません。資料を読み取り、自分の持っている知識を使って考える場面です。時間をかければ気づくことがどんどん増えるという課題ではありません。歴史の知識がなければ理由はわかりません。時間を切ることで子どもたちの集中力を切らさないようにしています。

机間指導しながら子どもに声かけします。「詳しく書いてくれているね」といったよいところは意図的に他の子どもに聞こえるようにしています。佐藤先生の決まり文句「目力を使いましょう」も聞こえます。「隣の人はいっぱい書いていますよ」と続けて友だちから学ぶことを促します。友だちの答を見ることを否定的にとらえる先生もいますが、試験以外ではあまり気にしないでよいと思います。あとから教わって写すくらいなら、これで本当にいいのかと吟味して考え直す時間があるだけ、早く友だちから知った方がよいのです。
まず、いくつ書いたかたずねます。たくさん書けている子どもたちには「すごい」「素晴らしい」と称賛の言葉をかけます。ここで、列を立たせて順番に答えさせます。子ども役の動作が遅いので、「もう少し速く立ちましょう」とやり直させます。ここでも、教師が目指す姿を子どもに伝えています。
1人1つずつ発表させます。子どもたちの発言をきちんと評価していきます。一通りでたあとで、再度年代順に整理します。子どもたちは友だちの発言を聞いていますが、一度聞いただけでは、頭に残りません。もう一度確認することで明確になるのです。ここで、教師が順番に説明したいところですが、子どもに再度発言させます。子どもの言葉で授業を進めようとしているのがよくわかります。再度発表させた後、「関連して、追加。どうぞ」とつなぎます。一通り発表させて、子どもの発表したい気持ちを満足させてから、じっくりつないでいくというのは、なかなかできないことです。うなずくことで、子どもの反応を促しています。受容しようとしていると伝えることで、安心して発言できるようにしているのです。ちょっと自信なさそうに「確か、下関条約っていう条約が・・・」と答えてくれました。「台湾が増えた」と発言が続き、「いいねえ。追加していくことでみんなの知識が増える」とまた評価します。そして、これが6年生で習ったことの復習であることを強調します。今まで学んだことを、今活用しているのだと意識させようというのです。ここで、教科書以外の証拠がほしいと当時の地図帳を実物投影機で映しました。子どもから具体的に増えた領土が出てきたタイミングでの表示です。子どもから視点が出るまで、地図帳は出さないというのも素晴らしい対応です。地図帳をズームアップしながら、台湾が増えた、次はどこかと子どもたち発言させながら地図帳で順番に確認していきます。自分たちの知識を当時の資料で確認するというのは、子どもたちにとってとてもリアリティのある活動です。
「1920年から1940年のことについて書いた人?」とたずねますが、反応がありません。そこで、「グラフを見るときの基本は何ですか」と、グラフの見方というメタな知識を問いかけます。見つからなかった時に、見つけ方を問うことは基本です。見つけた結果を聞いても次の機会にできるようにはならないからです。「タイトル」とちょっと今回期待したこととずれた発言がでます。それでも「タイトル、その通り」と認め、「もうちょっと先」と続けます。これも素晴らしい切り返しの言葉です。「他には」とつい言ってしまうところです。「他には」というのは、発言を明確には否定していませんがここでは求めていない答だというニュアンスあります。一方「もうちょっと先」という表現は、発言が本筋に乗っていると認めています。「タイトル」も確かに大切な要素なのですから認めてあげることが大切です。「変化の大きいところ」という言葉を引き出し、変化の大きいところが1910年の日韓併合であることを確認しました。1830年から1920年の40年間は日本が強かった、侵略して領土を広げたという言葉でまとめていきます。この後の戦後68年を考えるための布石となります。

ここで全員起立させて、戦後68年のことを聞きます。「変化していない」「前の人と同じで、ほとんどしない」と続きます。ここで、「前の人と同じだったら、別の表現」とプレッシャーをかけます。全く同じ考えというのはない。どこか違うことがあるはずだから別の表現ができるはず、何か言葉を足せるはずだというわけです。教師がいつもこのような姿勢であれば、子どもたちの表現力も鍛えられます。「領土を広げていない」という発言に対して、「領土を広げていた、領土を広げていない。わかりやすい」と対比した表現を評価します。「増えてもいない、減ってもいないということは平和」という言葉を引き出し、「領土が増えていない」「平和だ」ということを、「戦争がなかった」につなげていきました。
今の日本の姿を、これまで学習した歴史的事実を積み重ねて明らかにしていきます。歴史の学習が現代社会を理解することにつながることを意識させたいという思いを感じました。

ここで排他的経済水域の話をはさみます。戦争は領土だけでなく経済水域の拡大も目指してきました。今まで学習していなかった排他的経済水域をここで扱ったのは、尖閣諸島や沖ノ鳥島の護岸といった現代の問題の理解につながるためです。
沖ノ鳥島の護岸のようすをGoogle Earthでズームインします。いきなり写真を見せるよりも、子どもたちの興味を引くことができます。変化させることもICTの得意技です。

日本が長い間平和で戦争がなかったことは、珍しいことであるかを問いかけます。友だちの意見を聞いて考えを変えた子どもに対して、「勉強して考えが変わるのは素晴らしい」と評価します。友だちの意見や考えを聞く姿勢を子どもたちに広げようとしていることがよくわかります。
この68年間戦争がなかった国は8か国しかないことを教え、第2課題「日本がなぜこのような長い間戦争のない状態を続けられたのか」考えさせます。
「戦争の悲惨さを伝えた」という意見に対して、「被爆」という言葉を引き出し、「どこの話」「どんなことを思いましたか」「どんな点で」と切り返して、より詳しく、より深めていきます。
「憲法で戦争を放棄している」という発言から「平和憲法」を引き出す一方、平和条項のある国は珍しくないことを教えます。
「軍隊を持たない」「宗教の対立がない」「日米安全保障条約」「日本人の教育の成果」といった言葉が出てきました。
「日米安全保障条約」については、どうして戦争がない状態につながるのかを問いかけます。「日本が軍隊を持たない代わりにアメリカが守ってくれる」に対して、「それはいいことなのか」と切り返します。基地問題などにつなげる発問です。
公民で学んだことを活かし、日本のよさや、日本の抱える問題をクローズアップしていきます。

最後の発問は「日本の戦争のない状態を続けていくために何が大切か」でした。正直この発問には虚を突かれた思いでした。私は、社会科は、たとえ歴史であっても「今」の社会を理解するためのものと考えていました。「過去」と「今」という視点はあっても「未来」という視点を意識していませんでした。しかし、この発問は「未来」を担う子どもたちだからこそ考えるべきものです。6年生最後の社会科の授業にふさわしいものだと思います。
「歴史を語り継ぐ」といった答に対し、「誰に対して」「一人?二人?」と揺さぶることは忘れません。
どの答えが正解というわけではありません。子どもたち一人ひとりが自分の答を持つことが大切です。それぞれの考えを聞きあって授業は終わりました。

前半は、地理や歴史で学んだ知識を元に、現在の日本の姿を明らかにする。後半はその今の姿を作り出しているものを公民の知識も加えて考え、未来に向かって何をなすべきかの答を各自で見つけるものでした。また、社会科で求められる力は何かを明確にする活動や問いかけもたくさん見られました。
ICTに関しては、テンポのよい資料の提示、ズームアップによる焦点化や変化を見せることで思考をうながすといった活用を自然な形で見せてくれました。
6年生最後の授業ということで、社会科で学んだことを活かすとはどういうことかをICTの活用とともに見事に伝えてくれました。
誰にとっても学びの多い素晴らしい模擬授業でした。佐藤先生、本当にありがとうございました。そして、佐藤先生の授業のよさを引き出してくれた、素晴らしい児童役の皆さんに感謝です。

有田先生の模擬授業パネルディスカッションについては、少し時間を置いて述べたいと思います。そこで、佐藤先生の模擬授業が何を提案していたのかについてもう少し詳しく触れたいと思います。
今回、愛される学校づくり研究会の担当者の記録が非常に参考になりました。ありがとうございました。
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