新しい発想の研修

10年近く前にアドバイスさせていただいた学校で、現職教育の助言者として呼んでいただきました。学年毎に共通の指導案をもとにした道徳の授業を1週間かけて全員が公開し、その後検討会を行うというものです。

検討会に先立ち、2日間、公開授業と飛び込みでいくつかの授業を見せていただきました。以前と比べて子どもたちはとても落ち着いています。その大きな要因はどの先生方も子どもたちをしっかりと受容していたことにあると思います。発言した子どもに対して、うなずきながらやさしい表情で対しています。しかし、積極的に挙手する子どもは一部で、多くの子どもはあまり反応しないことが気になりました。授業を見せていただきながらその理由をいろいろと考えてみました。

一つは、子どもたちが授業に参加する必然性がないということです。発言する子どもと授業者だけで授業が進み、常に先生がまとめていきます。発言をすぐに板書する先生がほとんどです。中には子どもの発言中に黒板を見て板書をする方もいらっしゃいます。子どもたちは先生のまとめを見ればよいので、あえて積極的に参加する必要がないのです。
子どもの考えを無意識に誘導しようとしていることも、発言をしない原因のように思います。子どもの発言をそのまま復唱せずに「○○ということだね」と言い換えることがよくあります。このように返されると「ああ、先生はこう言ってほしかったんだ」と先生の求める答探しをするようになります。道徳なのに、子どもの意見に対して「いい意見」と評価することもよくあります。そうなると、授業者が「いい意見」と思う答を言わなければならないので、自信がなければ発言できなくなります。
また、共通して気になったのが、先生方が子どもたちを見ないということです。資料の範読中に、一度も資料から目を上げない先生がほとんどです。発言者ばかりを見て、他の子どもの聞いている様子や反応を見ることもしません。そのため、反応をもとに子どもの考えをつなぐ場面はなく、積極的に発言しなければ子どもがポジティブに評価されることはありません。「今反応したね。それってどういうこと?」と、発言しなくても聞くことで参加していることを評価し、発言するきっかけをつくることが大切です。

子ども同士のかかわりについても気になることがあります。グループでの話し合いで子どもたちがうまく話せないのでしょう。席を立って誰とでも話してよいという場面がかなりの頻度ありました。確かに、席を立って仲のよい友だちとであれば、話は弾むかもしれません。しかし、これでは日ごろのプライベートの関係が授業に持ち込まれる危険があります。学級の中で人間関係を上手くつくれない子どもは、ここで孤立してしまいます。実際、話がはずむ集団ができる一方で、誰ともかかわれない子どもの姿が少なからず目につきました。少なくとも授業では、だれとでも話せる関係をつくることが大切になります。グループで話し合いなさいと指示したからといって、人間関係ができて話せるようにはなりません。学校生活の様々な場面で、人間関係をつくることを意識する必要があります。発言に対して、「なるほどと思った人?」「これだけの人がなるほどと思ってくれたね。すごいことだよ」と友だちに認められていることを感じさせることや「○○さん、今の意見を聞きながら反応していたね」と聞く態度を価値付けすることを日ごろから意識して行うことが大切です。子どもたちが互いに認められる場面を増やすことで、安心して話せる関係をつくるのです。

道徳の授業構成としては、資料の読み取りに時間を使いすぎていることが気なりました。とりあえず子どもたちから出てくるのは、一般的に妥当だとされる共通解です。そこを揺さぶりながら焦点化して、もう一度考えさせることで考えが深まります。揺さぶりと焦点化を意識していないせいなのか、読み取りに時間をかけすぎたせいなのかはわかりませんが、浅い意見が出たところで授業は終わっていました。一番大切な活動はどこかを意識し、そのための時間を十分に確保するために、削れるところはどんどん削ることが必要です。範読しながら、先生が主導で読み取りもすます。時には資料の不要なところはバッサリと切る。そんな判断も必要です。

授業参観の後、教務主任や現職教育部の先生と話す機会があり、私が感じたことをお伝えしました。感心したのが、現職教育部の先生の柔軟な姿勢です。予定した検討会の進め方では私が指摘したような課題に先生方が気づいてくれないだろうと、内容を変更したのです。具体的には、先生を対象にしたオリジナルの道徳の指導案をつくり、模擬授業をしたのです。「授業研究で、主人公の先生が成功だと思った提案授業の課題を指摘されて考える」という、オリジナルの資料を教務主任がつくり、ベテランが授業者となって行いました。先生方に子どもを見ることや、子どもの考えを大切にすることとはどういうことかを資料を通じて考えてもらい、授業者が実際にやって見せることで、子どもつなぐといった授業技術に気づかせようというものです。このような発想の研修は初めての経験で、その発想力に感心するとともにとても楽しく参加させていただきました。
若い先生が多く、子どもが主体の授業、全員参加の授業という言葉は知っていても、それがどのようなものかは自分の中で腑に落ちていないようでした。模擬授業がこのことについて考えるきっかけになったことと思います。この後、先生方がどのように変化していくのかとても興味を持ちました。
新しい発想の研修を経験することができた、とても有意義な時間でした。よい企画に参加させていただき本当に感謝です。
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