ルールを類推させることを意識する

夏休みに、市主催の初任者対象の研修で講師を務めました。初任者と希望する先生方が参加します。初任者の代表の模擬授業をもとに授業解説を行い、その後私が講演をするという流れでした。

初任者の模擬授業は小学校3年生の算数の授業でした。単元は一億までの数です。
授業者は子ども役の言葉をとてもよい笑顔で受容できます。日ごろから子どもを受容することを意識していることがよくわかる授業でした。
最初に数字を使ったクイズを行います。「6944」と書いた紙を見せてこの数が何の数かという問題です。単に数字の羅列にも見えますから、子どもたちに一度読ませるとよかったでしょう。実際の子どもであればもう少し反応してくれたでしょうが、大人なので反応が出てきません。一人が「人間の数」と言ってくれたので、「どういう?」と聞き返します。「世界中の」という答に笑い声が起きますが、授業者は「いいね。いいねえ」と上手に受けます。ちょっとずれた答、笑いを誘ってしまう答に対してこのような受容の仕方ができるのはたいしたものだと思います。きっと学校では安心な学級づくりができていることと思います。

「みんなに関係のある数です」とヒントを言って子ども役に答えさせようとします。しかし、この数が何なのかは、算数的に意味はありません。時間をかける必要はないのです。子どもの反応の多寡にかかわらず、すぐに「○○市の小学生の人数」と答を言ってしまった方がよいでしょう。
答を言った後、「愛知県では?」「全国では?」と問いかけ、大きな数になることを子どもたちに意識させ、この日の授業につなげようとしていました。そうであれば、実際の愛知県や全国の小学生の数を提示し、その数を例にして授業を進めた方がよかったかもしれません。

「一億までの数」という単元名を書いて、「一億や大きい数って……」と説明を始めますが、億はまだ学習していないので、大きいということもよくわかってない子どもがいるはずです。全国の小学生の数や日本の人口などを与えて、「億という言葉が出てきたね。これがどのくらいの大きさかわかるようになるのがこの単元だよ」といった導入でもよかったかもしれません。
大きな数を実感させるために、1を表わす小さな紙をもとに、それを10集めた紙、100の紙、1000の紙と見せながら、大きさを視覚化します。このこと自体はよいのですが、何を押さえるべきかが曖昧です。ここは、「位」という言葉を意識することが大切です。束が「10集まると次の位になる」ことを子どもに言わせることが必要です。
「千の次は?」と問いかけると「1001」という答えが返ってきました。授業者は笑って受け止めました。大人だからの発言かもしれませんが、言葉が曖昧であったことは否めません。「千の束が10集まると?」とか「千の次の位は?」といった聞き方をする必要があったと思います。
子どもたちに1万がどのくらいの大きさになるか想像させ、手で示させます。千単位で色を変えた紙をつなげたものを折りたたんでおいて、「2千」「3千」と言いながら一つずつ開きます。記数法を意識しているのだとは思いますが、大きさを確認して終わります。
続いて丸めた紙を見せて、子ども役を一人手伝いに呼びます。子ども役から「2万」「1億」と声が上がり、「1億。おお、とんだ」と返します。最初に「億」を出したために「億」が出やすい状況になっているのでしょう。「とんだ」と言われても何のことかわからない子どもはたくさんいるはずです。ここは、「なるほど」とさらりと受け止めるべきでしょう。
紙を広げていくと窓側から廊下まで届くほどです。数の大きさを実感させる面白い工夫でした。

「これで何万ですか?」とたずねますが、この発問は要注意です。「一万」「二万」・・・と数えて行くと、自然に「十万」が出てきますが、これは当たり前ではないのです。千までと同じルールであれば、次の新しい位の名前が出てこなければいけないからです。万以降はこれまでと位取りのルールが変わっていますので、ここは「1万がいくつ?」と聞くべきなのです。「1万が10だから次の位になるね」と位取りのルールを意識させるとよいでしょう。また、百が十集まっても十百とは言いません。億と言った子ども役は、万の次の位が億だと考えたのかもしれません。大人にとっては当たり前かもしれませんが、異なったルールになっていることをきちんと押さえなくてはいけないのです。
この後、めあて「一万の位のまでの数の表し方やしくみについて調べていこう」を提示します。これまでの場面では、位という言葉も押さえられておらず、大きさを実感させるだけでめあてにつながっていないことが残念でした。

位ごとにまとめた紙の束の図を黒板に貼り、下の位から順にその数がいくつになるか答えさせます。数字を貼って、漢字でその表わす数を書いていきます。数を数えるのに、位ごとの束にすることが前提になっていますが、細かいことを言えば10進位取り記数法を使っているからこうするわけです。10の束ずつにまとめていることをしっかりと先に確認した方がよいと思います。
千の束が4つで二千という子ども役がいました。授業者は大きく「うんうん」と受容して、理由を聞きます。「千の束が4つだし、二千じゃない?」と返ってきました。授業者は「そう考えてくれたんだね、どうだろう?」と受け止めます。あえて自分で説明しようとせずに他の子どもの意見を待ちました。なかなかできない対応です。初任者としては立派だと思います。ここで一人の子ども役が挙手して「千の束が4つあるから四千じゃない?」と答えます。その発言を受けて、「うん、うん」とうなずいて、勢いよく復唱します。いかにも待ってました感がありました。「納得してくれた?」と聞くと、うなずいてくれたのでそれでよしとしましたが、実際の子どもの場合、納得できていなくてもその場の雰囲気に負けてしまうかもしれません。本人に説明させて確認したいところでした。
間違えた子どもがいた場合、どこでつまずいているのかを確認する必要があります。この場合であれば、紙の束を使いながら、「千が2個だといくつ?」と聞いて「2千」と返ってくるのか、逆に「二千は千の束がいくつ?」と問いかけるとどうなのかを確かめるといったことが必要でしょう。

授業者は、「みんなが言ってくれたのをまとめて読もうと思います」と言ってから、「四千と五百と六十と三。ばっちりでしょう」と問いかけます。子ども役がざわついたのを受けて、「どうやって読んだらいいの」と返しますが、このやり取りはあまり意味がありません。数の読み方はルールです。考えることにあまり意味はないのです。もしやるならば、小さい数の読み方を確認して、そのルールに従えばどう読むことになるのかを考えさせるとよいでしょう。ルールについては、「教える」、「類推させる」、「どういうルールにすればよいか考えさせる」という選択肢を意識して授業を組み立ててほしいと思います。
この日の学習内容がルールであることを授業者はあまり意識できていませんでした。これまで学習したことの延長にあるルールですから、子どもたちの数に関する知識をルールとして整理し直して、そこから類推させることすればよかったと思います。

この後、「漢字で書くと読みやすい、数字だとうまく読めないね」と言ってから、全員に読ませました。
続いて千が10個分でいくつになるかを全体に問いかけ、1万になることを確認します。個別に子ども役に確認すると、理由を求められていると勘違いした発言が出てきたので、授業者は「理由を言える?」と返しました。「千かける十は、ゼロを一個増やすので一万です」という答に「すごいね。みんな授業でやったね。10倍ならゼロを足すの、ばっちりわかっているね」と受けました。これは千が10個分で1万という説明としては問題があります。十進法であるから、ゼロが一つ増えるのであって、それが1万であるのは定義です。こういった発言の扱いは難しいのですが、少なくとも定義は何かを押さえることはとても大切なことです。算数に限らず、因果の方向を意識して対応をしてほしいと思います。
「1万が2つだと2万だ」ともっていきますが、これもルール(定義)です。「千が4つだと4千と言うんだから、1万が2つだと?」と過去のルールから類推させたいところです。また、千、百、十は一千、一百、一十と言いませんが、万からは一万と言います。ルールが変わりますので、ここも押さえる必要があるかもしれません。

スライドを使って、「一万を2こ集めた数を二万といいます。二万と四千五百六十三で二万四千五百六十三といいます」と教科書に書いてあるまとめを映して書かせます。それよりも、「千が2個でいくつ?」「1万が3個だったら?」「4個だったら?」と位を変えながら次々指名して言わせた方が定着するのではないかと思います。
続いて、スライドを使って記数法の説明を始めます。24563を位で区切ったものを映し、アニメーショを使って万の位のところに1万を2つ見せます。ここで、万の位の位置の数は何を表わすのかを問いかけますが、子ども役は何を聞かれているのかわかりにくいようでした。「ここが2なら何が2個」と問いかければよいでしょう。いきなり万の位から始めましたが、千まではこれまでに学習しています。下の位から順に確認すればよかったと思います。

この後、位のところに万、千、百、十、一と書いた位取りカードを使って漢数字で書かれた数を十進位取り記数法に直す練習をします。このカードを使うのなら、位取りをきちんと理解させるために、位の欄を空白にしたものを渡して、子ども自身に書き込ませるとよいでしょう。わざと桁を多くして、左から書いたら間違えるようにしておくことも手かもしれません。どちらから書いたかをきちんと押さえることで、位取り記数法の理解が進むと思います。

授業者は、子どもを否定せずに受容することがしっかりとできています。初任者としては基本がしっかりとできていると思います。この授業では、過去に学習した知識やルールをもとに類推するという発想が欲しかったところです。子どもたちの活動はあっても考える場面が少なく、教え込みの授業になってしまったのが残念でした。類推は算数・数学では大切な見方・考え方です。このことを意識して授業を組み立て直せば、とてもよいものになると思いました。これを機会に大きく飛躍してほしいと思います。

この後、子どもとの関係づくりについて、先ほどの授業者のよいところを例に取り上げたりしながら話をさせていただきました。前向きな先生方ばかりで、とても楽しく研修を進めることができました。こういう機会をいただけたことに感謝します。
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