子どもの言葉をどう焦点化する

前回の日記の続きです。

中学校のグループの模擬授業は、誠実について考えるものでした。3人でサッカーをして遊んでいる時に、猫から鳥のひなを助けようとして一人がボールを投げたら窓ガラスが割れ、そのことをその子どもが先生に報告に行く間に、もう一人とボールを蹴っていた主人公が隣の窓を割ってしまうという話です。先生が来た時に、もう一人の子どもが2枚ともひなを助けようとして割れたことにしてしまったため、主人公は本当のことを言いだす機会がなくなり、悩んだ結果、翌日事実を伝えようと決心するという展開です。
模擬授業は資料を読んだ後のところから始めます。授業者は、登場人物の名前や誰が何をしたのかがわかりにくいので、絵を使いながら内容を整理しました。子どもに問いかけるのではなく、授業者の方で説明していきます。内容把握にはあまり時間をかけたくありませんので、絵を使ったりしてできるだけ早く確実にすることが大切です。そういう意味では、授業者が説明することは悪くはないのですが、立ち止まってポイントを確認することがあまり意識されていませんでした。説明が単なるあらすじになっています。押さえるべきことをきちんと整理しておく必要があったでしょう。
途中まで内容確認をした後、事件後の授業が主人公の大好きな英語だったにもかかわらず集中できなかった理由を隣同士で考えさせます。子ども役は、この後主人公が事実を先生に伝えに行こうとする結論を知っていますので、単なる読み取りになってしまう可能性が高いことが気になりました。
しばらく話した後に、発表させます。個人の考えを問いかけ。挙手で指名していきます。相談させた時には、自分の考えよりも話した内容や、意見の違いなどを問いかけないと、考えが深まらないことに注意が必要です。子ども役からは、「罪をかぶった友だちに悪い」「言った方がいいのか、悪いのか」「本当のことがわかって怒られるんじゃないか」「嘘をついている自分が許せない」といった自分のことが中心です。授業者はこの意見について共感を求めることはしませんでした。その代りに大好きな英語の授業に集中できないことを強調しました。再度理由を聞くことで、友だちとの関係もあることに気づかせようとしましたが、「正直に言えばいいじゃない、何で言えないの?」「怒られるから言わないの?」といった言葉で揺さぶってもよかったでしょう。

一人の子ども役の手が挙がり、言わないでいいと言ったもう一人の友だちとの関係でどうしようか悩んでいるという考えが出てきました。それを聞いて子ども役の中に動きが起きました。自然と口を開いてまわりと話をします。この意見に納得したかを挙手で確認すると、全員の手が挙がりました。その時、挙手が遅れた子ども役が一人いたので、どういうことかをたずねました。よい対応だと思います。「単純に言うべきかどうかだと思っていたが、そう言われるとそうだなと思った」と返ってきました。授業者は「いろいろな感情があると思うけれど」と簡単にまとめ、この続きを読みました。いろいろな感情とまとめずに、板書するなりして、葛藤の原因を整理しておきたいところでした。授業者は、あえて焦点化せずに、主人公の行動を追うことで考えさせようとしましたが、葛藤の理由がいろいろと出てきているので、主人公ではなく、「あなたならどうする」と問いかければ、自分のこととして考えることができたと思います。

この資料では、「正直であるべきかどうか」と、「正直であるということと友だちとの関係をどうするか」という2つの問題が含まれています。そのどちらに焦点を当てたいのかが今一つはっきりしません。「もう一人の友だちが、黙っているように言わなければ、正直に言う?」という問いかけを入れることで、どちらが子どもの課題になっているのかを明確にすることができると思います。そうすれば、授業者が考えさせたいところに焦点化しやすくなると思います。

主人公は事実を言わないように言った友だちに「先生に言いに行こうと思うんだ」と言いましたが、その友だちにもう一度言わないように言われます。しかし、翌日には「言いに行ってくるよ」ともう一人の友だち告げます。授業者はこの気持ちの変化を取り上げて、その日の夜に何を考えたかを相談させますが、決断したということを読み取って終わってしまう可能性があります。葛藤の理由を整理した上で、「決断したんだ」と確認して、その理由を問いかければすぐに焦点化できたはずです。
相談の後、考えを聞きます。すぐに挙手した子どもを指名すると、主人公が言いに行こうかどうか悩んでいたが、言いに行くと決断したと発表します。予想通りの答です。授業者は、何で決意したのと問い返します。「自分だったら、罪悪感」と返ってきました。ここで自分に引き寄せた答が出てきました。これが全員に考えさせたいことです。次に挙手した子ども役は、自分だったらと前置きして、罪をかぶった友だちにつくか、事実を言わない友だちにつくかの選択だと説明します。事実を言わない側につくと、その後悪い方に行きそうだし、罪をかぶった友だちにも「あいつはこういう時に嘘を言うやつだと」と思われ関係が悪くなるだろうから、罪をかぶった友だちにつくというわけです。そのことをアピールするためにも、つくと決めた友だちにわざわざ「先生に言いに行く」と言ったというのです。次の意見は、言わなくていいという友だちは、自分のことしか考えていないから、もう付き合わなくてもいいやと考えたというものです。罪悪感という自分の気持ちと、友だちとの関係を打算的に考えるものと大きく2つの視点が出てきました。
授業者は意見をしっかり聞くのですが、その意見を全体で共有したりつなげたりしません。ここは、視点をもう少し整理して、その違いを明確にしておきたいところでした。また、子ども役の意見は、主人公の決断に対しての解釈ですので、自分に引き寄せさせるためにも、「あなたらどうする?」とストレート聞いた方がよかったと思います。

授業者は、「あなたなら、どちらにつく?」という子ども役から出た「つく」という言葉で考えを聞きます。ここで問題にすべきは、どちらにつくかではなく、誠実でありたいという気持ちを優先するかどうかだと思います。「罪悪感」の方を取り上げて、誠実であろうとすることに対して障害がある、それでも誠実であろうとするかどうかを問うとよかったでしょう。
ほとんどが罪をかぶった友だちに挙手しましたが、一人が事実を言わない友だちに手を挙げました。理由を聞くと、自分なら勇気が出ないということです。これは、どちらにつくかという視点とは異なります。発言者は引き続きその理由もしっかりと発言してくれましたが、実際の子どもであれば、なかなか理由までは発言できません。「勇気が必要なの?どういうこと?」といった問いかけが必要になると思います。

子ども役の気持ちが出てきているのですが、授業者は、「どうして主人公は、事実を言わないようにと言う友だちの考えを無視したのか」を改めて問いかけます。話が元に戻ってしまったので、授業者が何を求めているのかよくわからなくなったのでしょう。子ども役がなかなか反応できませんでした。最後になって数人の手が挙がります。「謝ってすっきりしたい」「最初は、自分が怒られるかどうかだったけれど、友だちの立場を考えたらもやもやして、もやもやが続くのが嫌だから」といった意見が出ます。ここで、時間が来てしまいましたが、早くこういった意見が出れば、ここを手がかりに考えを深めることができたと思います。

まず、主人公が悩んでいるのは何かをはっきりさせ、その上であなたならどうするかを問いかけ、その理由を聞くとよいでしょう。子ども役から出た、「すっきり」「もやもや」といった言葉をキーワードとして、「すっきりする?」「もやもやはなくなる?」と行動後の気持ちを問いかけ、その理由を全体で聞き合えば、誠実ということの意味をより深く考えることができたと思いました。答が出る必要ありません。友だちの考えを聞いて、誠実であることが、「すっきり」とした気持ちで暮らすことにつながることに気づく子どもが一人でも増えればよいのです。
子どもから出てきた言葉を、どう焦点化していくかを意識しておかないと、ただ意見を聞き合っただけで考えは深まりません。このことを大切にしてほしいことを伝えて終わりました。
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