子ども同士をかかわらせて、子どもたちに考えさせることが課題(長文)

前回の日記の続きです。

9年生の社会科の授業は日本の選挙について考えるものでした。
まず、この日は選挙について考えることを伝え、ワークシートの今日の目標の欄を埋めさせます。子どもたちに18歳になったら選挙に行くかどうかをパワーポイントで質問を見せながら、本音で答えてくださいと問いかけます。しかし、せっかく電子黒板を使っているのに子どもたちの顔が上がりません。手元のワークシートにこの質問が書かれているからです。話し手を見て聞くことをきちんと習慣化させるためにも、何をワークシートに書くかはよく考える必要があります。
選挙に行くかどうかを挙手で確認します。何人かは友だちがどちらに手を挙げるかに興味を示してまわりを確認しますが、下を向いたままの子どももいます。今一つ学級全体が意欲的になっていません。結果は、「行く」が7人、「行かない」が9人です。上手く意見が分かれました。ここからどう子どもたちを課題に引き込んでいくかが勝負です。

授業者は、まず、「行く」に手を挙げた子どもを指名して理由を聞きます。復唱して「なるほど」と受容しながらテンポよく進めるのですが、他の子どもはほとんど興味を示しません。ふつう自分と違う立場の意見は気になるものですが、指名されなければ自分と関係ないと思っているようです。友だちの考えを聞くことに意味を持たせることがこの学校の共通の課題であることを改めて感じました。
短い時間でほぼ全員に理由を発表させましたが、子どもたちのこの課題に対する意欲があまり上がったようには見えません。時間は少しかかってしまいますが、例えば「大した時間じゃないから」行くと言った子どもと、「時間のムダだから」行かないと言った子どもがいるので、「○○さんは大した時間じゃないから行くと言ったけど、△△さんは時間がムダだと思うんだね」とちょっと子ども同士をつなぎ、挑発したりしてもよかったかもしれません。

「衆議院総選挙の年代別投票率の推移」と「年代別の選挙に対する関心」の資料を配ります。資料を配っている時に、先ほどの課題に関連して「『やるやる』と言って何にもやらない人に何で投票しに行かなければいけないの?」とつぶやく子どもがいます。それに対して授業者は「なるほどね」と受容しますが、子どもたちから、「わかる」「ひねくれとる」「いいところないよね」と言った言葉が返ってきます。子ども同士がかかわって面白い場面なのですが、ネガティブな言葉が簡単に返ってくることが気になります。個別の人間関係まではわからないのですが、注意をする必要があるように思います。

この学級の投票率が44%になることを計算してから、日本の投票率はいくつかを問いかけ、電子黒板に資料を映します。何の資料かを説明しますが、手元に資料があるので、やはり子どもたちの顔は上がりません。まずは、資料を電子黒板で確認してから配った方がよいように思います。
この資料から日本の選挙の問題についてグループで考えるように指示をします。「選挙の問題」と言われても漠然としています。まずは、資料から何が言えるのかをきちんと共有することから始めるとよいと思います。
子どもたちが机をグループの形にする動きはあまり早くはありません。グループになってすぐに高齢者の投票率が高いことについて話す子どもが結構いるのですが、すぐに個別にワークシートに書き込み始めます。一部の子どもがしゃべっていますが話し合いにはなりません。ワークシートを使うとまずそれを埋めることが優先されてしまうのです。
机間指導しながら授業者が子どもの意見に反応します。グループの他の子どもがそこに加わればまだいいのですが、その子どもと授業者の問題だと思って自分の作業を続けます。授業者が子ども同士のかかわりを分断しているのです。まずは、他の子どもとつなぎ、子ども同士をかかわらせることをしてほしいと思います。
結局グループで話し合ったり深めたりすることはほとんどなく、全体での発表に移りました。

挙手した子どもを指名して、前に出てきて説明するように指示します。子どもはすぐに電子黒板に映っている資料をもとに説明をします。日ごろから、資料を根拠に説明することをしていることがわかります。とてもよいことだと思います。
グラフを指さしながら「全体に投票率が下がっている」という説明をしますが、それに対して授業者は「どの辺が下がっていますか?」と問い返します。根拠を明確に共有することを意識していますが、「いつごろと比べて?」「どのくらい下がっている?」と量的なことを問い返すとより読み取りが深くなったと思います。
他の場面と比べて子どもたちの顔がよく上がっています。友だちが前に出ての発表は聞く意欲を高めます。ただ、それでも数人が鉛筆を持って下を向いたままです。授業者は発表者ばかりを見ているのでそのことに気づいていなかったかもしれません。全員に顔を上げさせることを意識してほしいと思います。
気になるのが、「どの辺が下がっていますか?」と問いかけした後、子どもたちの視線が電子黒板から離れてしまったことです。発表者の答を聞こうという意識が無いように思えます。これは、発表者への質問であって自分たちとは関係ないと思っているようです。このこともこの学校に共通の傾向です。

続いて「高齢者の投票率が高いので若者のための政策が実施されない」という意見がでます。授業者は特に妙な付け足しをせずに、受容して次に移ります。1つ目の資料に関してはこれ以上手が上がりません。2つ目の年代別の政治への関心に関する資料からの意見を聞きますが、挙手は1人です。「これからの日本を支えていく20代、30代の関心が低く、高齢者の関心が高い」ことを発表してくれますが、子どもたちはあまり反応しません。授業者は「なるほど」と受容した後、「いいことを書いてくれていた」と他の子どもに発表するように促しますが、発表の後、すぐにスライドを切り換えて、「皆さんがこんなことに気づいてくれたのかなと思います」と、「特に若者の投票率が下がっている」とまとめます。子どもたちは、その答をワークシートに写そうとして書く欄がないので困っています。自分が同じようなことを書いていても、新たにその答をワークシートに書こうとするのです。
子どもの発表をつなげることなく、授業者があらかじめ用意したまとめを提示すれば、子どもたちはこれが先生の求めていた正解だと考えます。最後に先生が正解を言うと思っているので、子どもたちは友だちの発表を真剣に聞いて考えようとはしないのです。

最近の選挙での20代の投票率を確認した後、「若い人が選挙に行かないとどんな問題が起きてしまうのか?」と次の課題を提示します。結局子どもたちが気づいたことにかかわりなく予定した課題が与えられます。しかも、ワークシートにはこの日の課題がすべて印刷されています。これでは子どもたち自身の課題にはなりません。
子どもたちは、グループの形のまま個別に作業をしていますが、なかなか相談を始めません。ここでも、授業者は机間指導しながら個別に子どもとやりとりをしますが、そうではなく、子ども同士をつなぐように働きかけることが必要です。
授業者は子どもたちの作業の途中で、「よく意見が書けているので」と言って、「高齢者向けの政策とはどういうものか?」と課題を追加しました。これをグループで相談するように指示します。ここで、初めて子どもたちがかかわり始めました。自然には相談できないのです。しかし、一部の子どもが思ったことを言った後、そこから話がつながっていきません。すぐに、元の状態に戻りました。「最低5つ見つける」といった一人ではなかなかできない課題にして、子ども同士がかかわり合う必然性を持たせると言った工夫も必要でしょう。

活動を止めて、授業者が「高齢者向けの政策が増えるという意見が多かった」とまとめ、他にはないかと問いかけます。「高齢者が優先されるということはどういうこと?」と言葉を足して、一人の子どもを意図的に指名します。しかし、「他にはないか」と「優先されるとはどういうこと」はうまくつながりません。指名された子どもは、何を答えていいのかよくわかりません。授業者に「いい意見を書いていたよね」と言われて、自分の書いた「高齢者の年金を増やせ」を発表しました。一連の流れが微妙にずれています。ストレートに、「高齢者向けの政策はどんなものがある?」「高齢者はどんなことを望む?」と言った質問をした方がよかったように思います。
「年金を増やせ」という発表を聞いて何を言えばよいのかわかったのか、子どもたちから声が上がります。「給料上げろ」というつぶやきに対して、「ああ。再雇用の人の給料を上げろということね」と物わかりよく授業者が説明を足します。こういった場面では、「えっ、それってどういうこと?」「今○○さんが言ってくれたことわかる?」と切り返したり、つないだりしたいところです。「定年退職の年齢を上げる」「介護を充実させる」といった意見が出てきましたが、ここでも最後は授業者が用意したスライドを見せてまとめてしまいました。もし、まとめるのなら、まず、新聞の高齢者向けの政策の記事などを見せることが必要です。子どもたちは勝手に想像しただけなので、きちんと事実で確認することが大切なのです。

一人の子どもが、「その政策が行われる時には自分たちが高齢者になっている」とつぶやきます。そのつぶやきを受けて授業者が「そんなことはないと思いますよ」としばらく二人だけでのやり取が続きました。その間他の子どもたちは、スライドを写すことに専念しています。もし、その意見を取り上げるのなら、一度全体の問題にしてからにすべきでした。

続いて20代、30代、40代の投票率の平均を出すように指示しますが、単純に足して3で割っても統計的に意味はありません。それぞれの分母が違うからです。また、政策に影響するのは投票率ではなく投票数です。人口×投票率から高齢者の政策決定関与の高さを示す方が統計的には正しいと思います。

41%という数字を出して、「若者が選挙に行かないことが、メリットがない」と説明しますが、どういうことかよくわかりません。メリットがないから行かないのか、投票しないからメリットがないのかどういうことでしょうか。そのまま、「選挙に行かないと大事件」と授業者が説明を始めます。
選挙に行かないと若者向けの政策はどうなるかを問いかけながら、子どもから「若者の生活が苦しくなる」という言葉を引き出します。「高齢者の年金」と「児童手当」を例に挙げ、議員の人は高齢者と若者のどちらを大事にすると思うかを問いかけます。判断がつかないのか、挙手をさせても全員の手は挙がりません。高齢者の方が多いのですが、若者にも手が挙がります。授業者は若者に手を挙げた子どもに理由を聞きます。「児童手当が支給されているから」という答に対して、「実際に出てるから」と受容した後、「金額は下がったりしたんですか?」と問いかけます。金額の問題を言うなら、年金も下げる方向に動いています。どうしても、子どもの意見を誘導しようとしているように感じられます。子どもたちの住んでいる自治体は独自の児童手当てが出ているので、その金額が発表されます。「この自治体のことではなく」と返しますが、児童手当の額といった客観的な事実は、きちんとした資料で示すべきでしょう。
「下がった」という言葉を受けて、授業者が「何で下がったのか?」と問いかけます。「高齢者が多くなった」という理由を口にする子どももいます。「なるほど、それもあるよね」と受容しますが、「選挙に行かない、応援してくれない人の言うことを聞くかな?」とすぐに言葉を足します。子どもたちからは反応がありません。私から見ても、子どもたちはそれほど単純な事とは思っていないようです。よくわからないというのが子どもの本音でしょう。授業者は子どもたちに自分が議員だったらどうかと問いかけますが、子どもからは、「どっちも聞く」という言葉が返ってきます。それを「やさしいね」と返しますが、他の子どもからは「公平にしてあげなければかわいそうだよね」といった言葉も聞こえます。授業者は「高齢者がたくさん応援してくれるので、高齢者向けの政策が充実したんだよね」「ここでどんなデメリットが発生するかというと、議員さんたちは高齢者の年金を大事にするんですね」と結論づけます。それに続いて、若者の人口の1%が選挙に行かないと児童手当が年金より59,800円多く出されるという数字を出します。その数字がどうやって出されたものかの説明はありません。この数字を根拠にされても、何とも判断ができません。年金のせいで国の借金が増えているということも言いますが、お金に色はありません。それだけが理由とは言えません。子どもからは、これに関して「どこからお金を借りているの」と質問が出てくるのですが、また詳しくやりましょうと受け流して、先に進みます。せっかく子どもから出た疑問ですから、何とか活かしたいところでした。

若者の1%が選挙に行かないと、135,000円も損をすると説明しますが、政治の問題を損得の問題に置き換えてしまうのも、気になります。子どもからは、「一つの国で135,00円?」「1%?」といった疑問の声が次々上がります。授業者が根拠にしている数字がどのようなものかがきちんと伝わっていないことがよくわかります。何の資料か、どういう数字かをきちんと示して理解させることが大切ですが、この数字をどうやって算出したか授業者もよく理解していないようでした。
結局、国の借金ばかりが増えて私たち(若者)には何の得もないと結論づけますが、どうしても投票率が低いことと高齢者向けの政策が大切にされていることを結びようと、必死で子どもたちを説得しているように見えます。
「どうすればいいの?」と問いかけますが、子どもたちは反応できません。授業者はそこで、子どもたちに答えさせるのをあきらめて、最近の選挙で有権者が投票に行かなかった理由の資料を配ります。最初に子どもたちに投票に行かない理由を考えさせましたが、この資料では、「仕事が忙しく時間がなかったから」がダントツに多いことが気になります。最初の活動とこの資料が子どもたちには結びついていません。この資料をもとに、投票率を上げる工夫を考えさせますが、この課題の必然性が感じられませんでした。

子どもたちはやはりグループで相談せずに個人で作業を続けます。
何人かの子どもたちに発表させた後、政府の行っている工夫を確認します。最後に、ネットで投票を可能にすれば投票率は上がるだろうと説明し、ネットがつながったら投票に行くかどうかを挙手で確認します。「行く」が7人から14人に増えました。このことから、ネットで投票をすれば、投票率が上がると結論づけました。どうにも乱暴です。「ネットに期待しましょう」と締めくくりましたが、子どもたちに何を考えさせたかったのでしょうか?一連の活動がどのようにつながっているのかよくわからないまま終わりました。

授業者は、子どもたちに考えさせたいと思っているのですが、考えさせるということが子どもたちを授業者の求める結論に向かわせることになっています。そのため、やや強引な展開になっていました。授業者は授業づくりにとても意欲的です。客観的な資料をもとに、合理的に考えさせるためにどのような資料と課題を用意すればよいのか、そして何を主課題とすればよいのかを軸に授業を組み立てることを意識すれば、大きく進歩すると思います。

この続きは次回の日記で。
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