基本的な授業力が高いからこそ、教材理解を大切にしてほしい(長文)

小学校で授業と授業研究のアドバイスを行ってきました。今年度2回目の訪問です。

1年生の算数の授業は問題文から引き算の式をつくる場面でした。
授業開始前に子どもたちはノートを開いて作業を一生懸命やっていました。作業を止めて筆記具を片付けるように指示して授業を開始することを告げても、まだやっている子どもがいます。授業者は「気持ちはわかるけど」と子どもの方を向いて笑顔でうなずきました。とても柔らかな表情で子どもに寄り添っています。
挨拶を終わった後、机の上のノートや筆記具を片付けるように指示します。大きな声で、一つひとつはっきりと伝えています。中には筆箱が出ていることに気づかない子どももいます。授業者はそれに気づいて「○○さん」と優しく声をかけます。また、ちょっと動きが遅れ気味の子どももいますが、その子どもには声をかけません。そのまま全員が指示に従えるまで、しっかりと子どもたちを見守っていました。一人ひとりの子どものことをよく理解しているのでしょう。声をかけるべきか、黙って見守るべきかといったことを判断して対応しているように見えました。

「昨日できるようになったことは何ですか?」と子どもたちに問いかけました。何人かの子どもがつぶやきますが、一人の子どもが挙手しました。授業者はすぐに指名しましたが、せっかく子どもから反応が出ているのですから、つぶやきを拾って全体に発表させるか、まわりと確認させるといったことをした方がよかったように思います。
指名された子どもは後ろに行って「引き算の式です、どうですか?」と答えます。ほとんどの子どもたちは後ろを向いて聞きます。後ろではなくて授業者の方を向く子どもには、手で前を向くように示します。
子どもたちは発表後、「いいです」とハンドサインを出します。授業者は「みんな一緒?式がどう、式?」と復唱して子どもたちに言葉を足させようとします。「何ができるようになったの?」と言いかけると、「発表します」と先ほどの子どもがまた、声を出します。「引き算の式ができるようになったです。どうですか?」と、「できるようになった」を足しました。子どもたちは、また「いいです」とハンドサインを出します。授業者は「言うのもできるだけれど……」と「書く」という言葉を引き出そうとしますが、また、「発表します」と同じ子どもが3度目の挑戦をします。「引き算の式を使うです。どうですか?」に対して、また子どもたちは「いいです」とハンドサインで答えます。授業者は子どもの発言をうなずきながら聞いていましたが、思わず「みんな、なんでもいいですね」と笑いながら声を出しました。「わかった、いいです。先生が言います」と「書けるようになったね」と説明をしました。授業者自身、ハンドサインの問題に気づいているようです。
こういった場合、ハンドサインに頼らずに、何人もの子どもを次々と指名するといいでしょう。「引き算の式」「なるほど。次の人?」「引き算の式ができる」「引き算の式をどうすることができるの?」……というように、子どもに言葉を足すようにうながしながら答えさせるとよいでしょう。
この間授業者は笑顔を絶やしませんでした。子どもたちが楽しそうに授業を受けている理由がわかる気がします。

この日の問題を提示します。男の子と女の子の後ろ姿をかいた紙を1枚ずつ貼っていきます。ちょっとずつ見せることで子どもたちをひきつけます。
授業者は子どもたちに問題を提示します。「子どもが7人います」「男の子が4人にいます」と続け、ここでちょっと間を置きます。子どもたちを上手に集中させます。「女の子は何人ですか?」と続けると、子どもたちからは「わかった」「3人」と声が上がります。それに対して授業者は「えっ、わかっちゃった?」と笑顔で返します。子どもたちの半分くらいが挙手をします。ここで授業者はすぐに指名をし、指名された子どもは前に出て「3人です。いいですか?」と発表します。手の挙がらなかった子どもも、すぐに「いいです」とハンドサインを出します。これをどう考えればよいでしょうか。根拠も示さず、ただ答だけを発表して、納得するというのはとても危険なことのように思います。授業者は、このことをちゃんと理解しているようです。すぐに、「本当?前に出てやってくれる人?」と、子どもを指名して前に出させます。「えっ、なんで?」「3つだよ」といった声が一部の子どもから上がります。根拠や説明が必要だとは思っていないのです。授業者は唇に指を当てて、「聞こうよ」と制しました。こういった対応もとても上手です。

何人か指名します。子どもの考えは、基本的に女の子の紙を抜き出して、3人になるというものです。絵の属性に頼っているのです。教科書の絵は後ろ姿のシルエットでその属性をわかりにくくしています。男の子、女の子の属性に頼らず、数の操作に置き換えて引き算とさせたいからです。
授業者は、問題文を板書します。「女の子は3人ということはわかった」と確認して「紙を動かさず、今まで勉強したことを使ったりしてできるようなことはない?」と続けます。
授業者はこれまで、子どもたちに問題文をそのまま写させず、一定のルールでノートに整理しながら書かせていたようです。この問題文をどうノートに書くか問いかけますが、子どもたちの反応はよくありません。授業者はノートを見るように指示しました。
数を書いて矢印を引き、「食べる」「来る」「飛んでいく」という操作につながる動詞を書かせていたようです。授業者はそれを足し算言葉、引き算言葉と呼んでいるようです。算数の問題を解くのに、こういった言葉と演算を対応させる教え方によく出会うのですが、これはとてもよくないと私は思います。これに頼れば、簡単な文章による問題は機械的に解くことができます。この機械的が危険です。問題の意味をきちんと考え理解して解くことができなくなるのです。「問題文⇔式」という対応をするのではなく、「問題文⇔操作・図」「操作・図⇔式」という、半抽象を途中に組み込むことが大切です。問題文に示されているのは、どういう状況かを理解してそれを、半抽象であるブロックによる操作や、テープ図などで表わします。それをもとにどのような式になるかを考えることで、なぜその式になるのか理解することができるのです。
具体と半抽象、抽象を自由に行き来できるようにすることが大切です。

授業者は、この問題文には足し算言葉、引き算言葉といった算数言葉がないと押さえます。授業者の言うこれらの言葉は操作に対応するものです。操作につながる言葉がこの問題文にはないとうことです。だからこそ、この問題文の表わす状況と操作を結びつける必要があるのです。
このような考え方の典型的な例が差です。「大きい数から小さい数を引いたものを差という」と単純に定義するのではなく、2つ数をブロックで表わし、その違いで差を定義します。差は、大きい数から、小さい数と「同じだけ」の数を取り除いた残りになります。大きい数から、小さい数と同じ数を引いたものが差なのです。回りくどいですが、このように考えるのです。
子どもたちにつけるべき力は、足し算言葉や引き算言葉といったものを覚えるのではなく、与えられた問題を半抽象的なものに対応させる力なのです。そのために、ブロック図やテープ図、線図といったもの学習していきます。次第に、離散量から連続量へと概念が拡張され、抽象度が高くなっていることはわかると思います。こういった図で考えることのできる力をどうつけるかが大切です。

授業者は、算数言葉にこだわります。「男の子は4人います。どこにも行きません」と算数言葉がないことを説明しますが、算数的には、男の子がどこかへ行ったときの残りを考える問題と同じだと考える子どももいると思います。答はわかっているのに、授業者がこだわっていることが何かよくわからないまま、説明が続くので子どもたちは集中力を失くしていきます。
「足し算、引き算、どんな計算になるかわかりますか?」問いかけますが、答がわかっているので、その答になるように演算を考える子どももいるかもしれません。大切なのは、何算かをわかることの前に、この問題の表わす状況がどのような操作と対応できるのかを考えることです。
授業者は「今までだったら、『全部で』とあったら足し算、『残りは』とあったら引き算とわかったけれど、わからないね」「今日は何算かわかるといいね」とこの日のめあてを示します。

子どもたちに数図ブロックで考えさせます。しかし、子どもたちは先ほど男の子の絵と女の子の絵で操作しています。数図ブロックもそれに引っ張られた使い方をします。ブロックを男の子と女の子で色分けし、図の順番に並べようとする子どももいます。並べただけでブロックを操作することができない子どももいます。
授業者は「ブロックの動かし方をやってくれる人いる?」と問いかけますが、だれも手が挙がりません。どこで困っているかをたずねますが、答えが返ってきません。その時手を挙げてくれる子どもがいたので、指名して前で操作をさせます。指名された子どもは、ブロックを4つと3つ、色を変えて上下に分けて置きます。「どうですか?」と問いかけますが「いいです」の声は少ししか上がりません。授業者は「同じだという人、お話ししてくれる子いるかな?」とつなごうとしますが、同じだという子どもは現れません。授業者は「似ている人?」となんとかつなごうとしますが反応しません。
「同じだという人」ではなく「○○さんのやり方説明できる人?」とすれば、反応は違ったかもしれません。自分の考えを説明するだけでなく、友だちの考えを理解しようとする姿勢を少しずつ身につけさせたいところです。また、それぞれのブッロクのかたまりを「これは何?」と聞くことで言葉を引き出すことができたかもしれません。何をつなぐか、どう問いかけるのか、もう一工夫でした。
よく発表する子どもが「同じでないけれど……」と声を出します。結局、その子どもの説明を聞くことになりました。男女を区別して図の通りに並べて、そこから男の子のブロックを抜き出して並べます。「いいです」と反応する子どもは先ほどよりも増えました。授業者は「同じだった人、手を挙げて」と子どもをつなぎます。1/3ほどが挙手します。ここで、「これは何だっけ」と男の子のブロックのかたまりを指さして問いかけ、男の子をこちらに持ってきたと確認をします。
ここで注意をしなければいけないのは、最初の7人をつくる段階で男女を分けているということは、答が先にあるということです。最初に図から答えを出しているからできたのか、男の子4人に女の子を足していって7人にしたということです。

続いて似ているけどちょっと違うやり方をしていると、別の子どもを指名します。全部同じ色を使って7個並べます。ここで授業者は「どこが違う?」と全体に問いかけます。「色」というつぶやきがでます。「色が?」と返すと、今度は「色が同じ」と返ってきます。上手につなぐのですが、反応は一部の子どもだけです。この「色が同じ」という言葉をもう少し全体で共有しておきたいところでした。
どうやって動かしたかをやらせます。動かしたブロックを「これは何だった?」とたずねて男の子だったことを確認して、そのあと、授業者が説明を始めました。
2つのやり方を比べて、「どっちがやりやすい?」と問いかけますが、子どもたちはよくわかりません。授業者は「いっぺんやってみようか?」と同じ色を使ってやらせます。自分の机の上にブロックを準備させ、一斉に問題文を読みながら操作をしていきます。「男の子が4人です」で授業者は手でブロックを横に動かす仕草をします。「こういう動きでどう?」といったん止めて、動きを確認します。ここで戸惑っている子どもがまだいます。授業者はそのことに気づいて、「女の子が3人います」と終わった後、もう1回やりました。子どもたちの状況をよく把握しています。今度はわからない子どものために、黒板のブロックで動きを見せました。

「この動きは何かと同じだったね」と授業者が次に進もうとすると、「違いがわかりました」と男の子のブロックを抜き出した子どもが声を出します。授業者が指名して、「一気に動かした」と自分との違いを発表しました。授業者は一気に動かしても、バラバラに動かしても同じことを説明します。授業全体が一部の子どもの発表と授業者の説明で進んでいます。
ここでもう一度先ほど聞きかけた「このブロックの動かし方は何といっしょだった?」に戻ります。しかし、子どもたちはなかなか反応しません。もう集中力が切れてしまいました。授業者は辛抱強く待って「カエルが帰る」という言葉を引き出します。「アイスクリームを食べる」から、「アイスクリームが8個ありました。3個食べると……」と問題文を思い出させ、その時の操作を確認します。引き算の時に使った言葉であることを確認して「じゃあ式をつくろう」と続けました。操作から引き算の言葉につなげます。操作ができているのに、わざわざ引き算の言葉に戻してしまっています。

ノートを出させて、はじめにやった矢印を使って問題文を整理する作業を順番に進めます。しかし、子どもたちはもう集中力がなくなって自分で考えようとはしません。授業者の板書を写すだけになってしまいました。最後に全体で考え方の図の確認をしますが、子どもたちがほとんど反応できなくなってしまいました。

授業者は子どもとの関係もよく、基本的な子どもとのやり取りや進め方もしっかりしています。だからこそ、算数の教材理解が問題になりました。操作を演算に結びつけるのではなく、授業者が言うところの算数言葉に結びつけています。この時点で具体⇔半抽象⇔抽象の関係が具体⇔抽象⇔半抽象となっておかしくなっていることに気づいてほしいと思います。
この教材であれば、並べ方、男女の属性を排除することを意識して、どう数図ブロックで表現させるかがポイントです。最初に男の子、女の子のバラバラの絵を使ったことで、問題文にない属性まで入り込んでしまったことがまずかったように思います。
「子どもが7人います」で数図ブロックを7個並べることをしてから、男の子と女の子を区別する活動をするとよかったのではないでしょうか。「男の子と女の子に分けて」として、子どもにどうやって分けたかを問いかけて、「どっちが男の子?」「わかっているのはどちら?」とすることで、自然に引き算の操作につなげることができたと思います。
力のある方なので、今後の進化がとても楽しみです。

この続きは明日の日記で。
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