佐藤正寿先生から本当に多くを学ぶ(長文)

今年度最後の教師力アップセミナーは、岩手県奥州市立常盤小学校副校長の佐藤正寿先生の「わくわく社会科授業〜全員が『わかる』『できる』授業のつくり方〜」と題した講演と模擬授業でした。

3部構成の第1部は、「社会科授業改善の視点」です。
佐藤先生は、子どもたちが社会科を嫌う理由を授業改善へのヒントととらえます。その内容もそうですが、こういった姿勢はとても大切なことだと思います。若い先生方は子どもたちが授業に不満を示すと落ち込むことが多いのですが、それを授業改善のチャンスととらえる強さが必要です。子どもが不満を言うのは先生に期待しているからです。こういった声が聞けなくなることの方がこわいのです。
佐藤先生が挙げた子どもたちの声は、「覚えることが多い」「資料が難しい(特に4年生後半から)」「楽しくない、興味がわかない」「先生の教え方が……」というものです。そこを元に社会科授業改善の7つの視点を提示されました。

視点1「資料に応じた読み取り方を」
教科書に掲載される資料数を種類別に表にしたものを示されます。それまで写真や図が中心だった資料に、4年生後半からグラフや表が登場します。さきほどの子どもたちの声と合わせると、子どもたちにとってグラフや表の読み取りが難しいことがわかります。
先生方はすぐに「資料をみて気づいたことは?」と問いかけますが、これでは何を答えていいかわかりません。まずきちんと資料の内容を読み取ることから始める必要があります。例えばグラフであれば、最初に資料の「基本項目」を確認し、「全体」の傾向、続いて細かい「部分」に注目させ、そしてそれらを「解釈」し、「思ったこと」を発表させるという流れになります。最後の「解釈・思ったこと」で子どもたちから多様な意見を引き出すことで互いに学び合い、深い読み取りが可能になります。社会科に限らずこういうスモールステップを明確にしておくことで、授業の構成が明確になります。

視点2「教材にしかけをする」
ちょっとした工夫が子どもたちに興味を持たせ、積極的な活動を引き出します。例えば資料の一部を隠すというのは簡単ですが、効果のある方法です。「なんだろう?」と子どもたちが食いついてくれれば、それだけで十分価値があります。「どうすればわかる?」と問いかければ、子どもたちを動かすことができます。例えば、コンビニの写真の一部を隠して答を教えなければ自分で調べに行く子どももいるはずです。「なんだろう?」「知りたい?」、子どもに「?」を持てせることが大切です。

視点3「『ゆさぶる』場面を入れる」
あたりまえに答が見えていたり、新しい発見がなかったりすれば子どもたちは学習に興味を持とうとしません。有田和正先生の発問に「バスのタイヤの数はいくつですか?」というのがあります。「あれっ?どうだった?」と「あいまいなことを問う」ことで、子どもたちは引き込まれていきます。常識的な視点とは違う「新たな視点を示す」。特徴に気づかせるために、「他の例と比べる」。「○○なのに○○なのはなぜ?」と「矛盾・対立していることを示す」。こういったゆさぶりが、「子どもたちが社会的な事象を追求し続けるための前提」となる、「子どもたちの中に切実な学習課題への意識が成立すること」につながります。

視点4「定番ネタをもつ」
佐藤先生は、授業の導入にクイズをよく出されます。子どもたちのウォーミングアップに、フラッシュ型教材を使ってテンポよく短い時間で進めます。こういった定番があると、子どもたちも安心して授業に参加できます。「(都道府県名に)『川』が入っている都道府県は?」「数字?」「動物?」といった地図クイズを例として出されましたが、大人でも楽しそうに取り組んでいました。こういったクイズは、だらだらやらないことがポイントになります。

視点5「『知る』『わかる』『判断する』を区別した授業設計」
これは、とても大拙な視点です。「知識」を獲得し、「概念」を形成し、それをもとに「価値判断」する。これは、社会科だけに限りません。例えば総合的な学習の時間であれば、「○○について」とただ調べて発表するのではなく、その調べたことをもとに「○○は××か?それとも△△か?」と判断するような課題にするのです。
佐藤先生は、駐車場に障害者スペースがあることを知り、それが障碍者のための工夫であることをわかり、障害者にとって優しい街づくりであることだと判断するといった流れで説明されました。前の2つが、社会的な「ものの見方」、価値判断が「考え方」です。わかりやすい例でした。これをスモールステップとして、次のように整理されました。「見えるもの」を問う⇒推測する(気づかせ発問)⇒事象を概念として束ねる(概念化発問)「何と言えるか」「条件は何か」。佐藤先生の授業の構成は、まさにこのようになっています。

視点6「主催者として価値判断する場面を」
価値判断できる課題として、「農薬を使うことに賛成か、反対か」「日本は食糧の輸入を増やすべきか、減らすべきか」「あなたが農民の立場だったら、刀狩に賛成か、反対か」といった例を出されました。ポイントとして、「立場が明確」「知識が前提」「話し合いで変更可」「評価は考えが深まったか」を挙げられます。例えば、農薬であれば農家、消費者と立場を明確にすることで、考えやすく、議論が自然に起こります。ここで、判断するためには根拠となる知識が必要です。授業をつくる時には、判断するための前提となる知識を子どもが持っているのか、持っていなければどうやって獲得させるのかを考えておくことが大切です。また、子どもが友だちの考えに触れて、考えを深める場面が必要です。日ごろから、意見を変えることは、考えた証だとポジティブにとらえるようにしておくことが必要です。導き出した答そのものではなく、考えを深めた過程を評価することも大切になります。これは社会科に限りません。すべての教科で大切にしたいことです。
「何のために」といったことを考える、概念形成時に価値を問うという方法も示されました。「昔のくらしのよさは何か」「もし、ごみを出すきまりがなかったらどんな問題がおきるか」「参勤交代は当時の社会にどのようなプラスがあったのか」というわかりやすい例で説明されます。価値判断する場面をつくることは、アクティブラーニングにも通じることです。特に大切にしたいと思う視点です。

視点7「『旬』を生かす」
佐藤先生がいつも意識されていることの一つが、この「旬」を生かすということです。社会科は内容が時代で変わります。今目の前で起こっていること話題にすることで子どもは興味を示してくれます。「消費税アップは必要?」「選挙制度」といったその時、時代にあった課題も魅力的ですが、「伝統行事」「日本人が忘れていけない日」といったことに関してちょっとした話をすることもとても意味のあることです。

佐藤先生のお話は何度もうかがっていますが、今回は今まで以上に若い先生にもわかりやすく社会科の授業をつくる上でのポイントが具体例と共にまとめられていました。

そして極めつけは、第2部の模擬授業です。
第1部でのポイントを具体的な授業の形でわかりやすく示していただけました。
テーマは「東京オリンピック」です。まさに視点7「『旬』を生かす」です。最初にクイズで興味を引き出します。スポーツ選手の写真を見せてどんな人かを聞きます。視点4「定番のネタ」です。ここで、体操の内村航平選手、レスリングの吉田沙保里選手といった有名なロンドンオリンピックの金メダリストだけでなく、パラリンピックの金メダリスト、テニスの国枝慎吾選手の写真もあったことに感心しました。国枝選手を知っている子どもは少ないでしょう。「あれ?だれ?」と思うことでオリンピックだけでなく同時に開かれるパラリンピックにも子どもの意識を向けさせることができます。視点3「『ゆさぶる』場面を入れる」です。
この後、「オリンピック楽しみですか?」と聞いて、「楽しみ」という言葉を引き出しました。この後の問につながる伏線です。

オリンピックについて知っていることを3つ以上考えさせます。ただ「考えなさい」では一つ考えて時間を持てあます子どもが出てしまいます。ちょっと高めのハードルを設定するのがポイントです。いつものように、発表をすぐに板書はしません。友だちの考えをしっかり聞くことに集中させると同時に、玉石混交の意見が出るはずですのでまずは発表だけさせるのです。板書はその後必要なものだけに絞ります。「4年に一度」「世界中の人々が参加する」「五輪のマーク」「100年以上続いている」といったまとめの後、「どんな国で開かれているのか」と問いかけ、知っている国を挙げさせます。これは単なる知識です。その後、夏季オリンピックの開催国の上に開催年が書かれた地図を資料として提示します。国名は書かれていません。視点2「教材にしかけをする」です。国名がない資料なので地域に目がいきやすくなっていますし、子どもたちに国名を考えさせることにもつながります。
「アフリカがない」という発言に対して、「やっていない方に目がいった」と価値付けをします。開催国の傾向として、「西ヨーロッパ、北アメリカ」「アジアは3か国」「アフリカはなし」といったことが挙がります。視点5「『知る』『わかる』『判断する』を区別した授業設計」の資料から知識を得る、「知る」場面です。それを受けて、開催国に必要な条件を考えさせます。推測することで「わかる」場面です。ここは概念形成の場面なので、まわりと相談させることで、多様な考えに触れさせ考えを広げます。
「治安がいい」という発言に対しては、別の言葉で「安全」を出させます。実際の授業では、「治安」という言葉がわからない子どももいます。自然に優しい言葉に置き換えることができるのはさすが小学校の先生です。「経済力がある」「インフラ」と言った言葉は取り上げ板書しますが、「利権」や「プレゼンテーション」と言った発言は受容するだけで板書はしません。さり気なく情報を整理して、この日の課題に必要なものに絞ります。これが露骨だと、子どもたちは先生の求める答探しをし始めます。佐藤先生は、そのようなことにならないように、笑顔でしっかりと受容されています。最初に聞いた「楽しみ」につなげて、「人々(国民)の熱意」を自ら示しました。ここで、子どもから出させることにこだわって引っぱりすぎるとおかしなことになってしまいます。資料をもとに、根拠を持って考えることができるものではないからです。こういった判断もとても大切なことです。

続いて2つ目の課題です。日本が1964年の東京オリンピックのころにどのような発展をしたかを考えます。教科書にある新幹線開通や高速道路建設の写真、テレビの普及率の資料などを与えます。視点1「資料に応じた読み取り方を」の場面です。
考えるための前提となる視点を先ほどの課題で与えているので、「交通網の発達」や「経済力」についての意見が出やすくなります。交通網から「物流(物の移動)」「(個)人の移動」といった多様な視点を意識させます。「個人の移動」と「テレビの普及」を「消費力」の増加につなげます。資料の裏を読み取ることを意識しています。ここでも、視点5「『知る』『わかる』『判断する』を区別した授業設計」の「知る」から「わかる」へつなげています。そして、「この東京オリンピックは一言で言うとどういったオリンピックですか?」と「価値判断」する課題へと移ります。テレビ普及率の資料は1955年からのものですが、この1955年は「戦後」が終わって景気が急上昇する時です。1956年の経済白書では「もはや戦後は終わった」と書かれています。佐藤先生はこの1955年にさり気なく触れて、「戦後」という言葉を意識させます。判断するための前提となる知識を上手に与えていました。「戦後復興」を上手く引き出す布石です。「授業深掘りセミナー」で「電車道」と称されるわけです(第2回授業深掘りセミナー(その1)長文参照)。

ここで東京オリンピックの最終聖火ランナーがどのような人かクイズを出します。オリンピックの強化選手でもあった有力ランナーの坂井義則選手ですが、1945年8月6日に広島県三次市で生まれたことが大きな理由です(本人は被爆者でないが、父親は被爆者健康手帳の保持者)。日本人にとって大切な日を考えさせ、この人選に込められた「平和への願い」に気づかせようというのです。時間の関係で、軽く流しましたが、佐藤先生が大切にしていることが何かがよくわかる場面でした。
そして、最後の課題として「あなたがアナウンサーなら、この最終聖火ランナーが競技場を走って聖火を点火する30秒間をどうアナウンスしますか?」を提示します。音声を抜いた映像に合わせてアナウンスさせるのです。ここは省略しましたが、まさに、視点6「主催者として価値判断する場面を」でした。
「あなたなら、今度の東京オリンピックの最終聖火ランナーに誰を選びますか?」という最後の問いかけは、2020年の東京オリンピックを深く考えさせるきっかけになるものでした。視点7「『旬』を生かす」だけでなく、視点3「『ゆさぶる』場面を入れる」で語られた、「子どもたちの中に切実な学習課題への意識が成立すること」が「子どもたちが社会的な事象を追求し続けるための前提」を具現化した発問でした。

佐藤先生の社会科授業の視点を見事に具現化した模擬授業でした。

第3部は、「社会科教師として力をつける」ために心がけることをまとめてくださいました。
まずは「教科書中心の教材研究+α」です。教科書を読みこなすことが基本です。そのための方法として、「教材研究用に自分の教科書を購入」「すきま時間を見つけて、教科書を何度も読む(持ち歩く)」「資料からわかることを読み取り、教科書に書き込む」「『なぜ?』『もっと知りたい』をメモ」といったことが挙げられました。これは社会科だけでなく、他の教科にも通じることです。その上で「+α」を大切にしてほしい。具体的には「学区を調べ、写真をとる」「市役所や消防署に取材」「全国各地に電話」「歴史に関するエピソードをインターネットで調べる」といったことです。リアリティのある、地域に根差した教材研究、子どもたちに興味を持たせるための材料集めです。例として、歌川広重の「伊勢神宮」の絵に描かれている「子どものひしゃく」「おかげ犬」(最近は「おかげ犬サブレ」が人気ですが)のエピソードから当時の旅や信仰、人々の生活を考えさせる授業が示されました。
また、社会科教師としての基礎体力をつけることも大切だと話されます。教師一個人として短歌をつくったり、合唱団に入ったりといった素養を身につけることが大切ですが、社会科教師にとって、それはどのようなものでしょうか?地図地理検定に挑戦したり、「スーパーマーケットとデパートの違い」といった疑問を調べたりすることが大切だと話されます。また、社会科の教師として、未来の社会を考える姿勢も忘れてはならないという言葉は、教科に関係なく、未来を担う子どもたちを教える立場の人間が心すべきことだと思います。

社会科の枠を超えて、本当にたくさんのことを学ばせていただきました。いつものことですが、たった2時間の短い時間の中に実に多くの学ぶべきことが詰まっていました。中身の濃い学びを本当にありがとうございました。
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