第2回授業深掘りセミナー(その1)長文

第2回授業深掘りセミナーが開かれました。

1つ目の模擬授業は、岩手県奥州市立常盤小学校副校長の佐藤正寿先生の小学校社会科の選挙についてでした。
いつも通り笑顔いっぱいの授業です。参加された子ども役の方も楽しく授業を受けられます。反応が鈍い時は、「(こういう時は)うーんて、うなずくんですよ」と笑いを誘いながら、どんな行動を求めているのかを伝えます。「○○しなさい」と注意をする先生も見かけますが、行動を是正するにもこういった伝え方があることを知ってほしいと思います。
デジタルのフラッシュカードを使って知識の確認のクイズを行いますが、いつもとテンポが違います。子ども役の反応が今一つよくないのです。間違えてはいけないと考えすぎているのかもしれません。佐藤先生はここで無理にテンポを上げようとしませんでした。ていねいに対応して、授業に全員が参加できることを優先します。
クイズを使って期日前投票、不在者投票といった用語を押さえます。佐藤先生の模擬授業は場面ごとのねらいがわかりやすいのが特徴です。この場面は、初めて出会う子ども役とのアイスブレイクと用語の確認です。教えるべきことはきちんと教え、その上で考えさせるという流れになっています。

続いて選挙について知っていることを聞きます。子どもに活躍の場を与え、受容し称賛することで、発言者以外の子どもの参加意欲も高まります。
続いて、歴史の知識の確認です。最初の選挙は1890年に行われ、「21歳以上の男子で一定額以上の納税者による制限選挙」で、国民の1%しか有権者がいなかったことを押さえます。ここで、子どもが相談する場面を入れました。子ども役の反応が鈍いので、動きを入れたのかもしれません。相談するといっても知識の問題です。誰かが知っていなければ答は出てきません。佐藤先生はほんの十数秒で相談を止めさせます。こういった時間感覚は見事です。うっかり時間を取ってしまうとムダ話を始めてしまうこともよくあるのです。続いて1925年に「25歳以上の男子普通選挙」が、1945年に「20歳以上の男女の普通選挙」が実施されたことを確認します。初めて選挙が行われてから完全な普通選挙になるまで55年以上かかっていること、そして、今年18歳以上に改正されるまで70年間選挙制度が変わっていなかったことを押さえます。子どもたちはまだ10年余りしか生きていません。数字で時間を表現することで、歴史がいかに長い時間をかけて流れていくものかを実感させることができます。年号を点としてではなく、こういった変化を理解するための標として使っているのはさすがです。

知識の確認が終わって、いよいよ子ども役に考えさせる場面です。国政の投票率の変化のグラフをスクリーンに映します。PCを操作するためにどうしてもキーボードや画面を見る必要があります。そういう時でも、ちらっと目線を上げて子ども役の様子を確認しています。子ども役は大人なので心配はないのですが、日ごろ身についている習慣なのでしょう。常に子どもに意識を向けています。
グラフでは投票率はどんどん下がっていますが、2005年の郵政選挙、2009年の政権交代で上昇傾向になっています。そこまでを見せた上で、昨年の衆議院議員選挙の投票率が52%であったことを示します。投票率が低くなっていることを強く印象付けます。年齢別の投票率も同じように年代ごとに見せていくことで、高齢者が高く、若年層が低いことが強調されます。ここで思ったことを子ども役に言わせますが、当然「投票率が低くなっている」「若い人が投票しない」ということが出てきます。「みんなが18歳になったらどうなるかなあー」と投げかけ、「何とかしなければいけません」と「投票率が低い理由」を考えさせます。こういったところが流石(あざとい?)です。「若い人が投票しない」と言っても子どもからすれば他人事です。そこを「みんなが18歳になったらどうなるかなあー」とさりげなく子どもの課題として、「何とかしないといけません」と投票には行かなければいけないということを子どもたちに意識づけています。これもある種の「ヒドゥンカリキュラム」でしょう。
考えさせている時には、PCの画面をスクリーンから消します。子どもの注意をそらさないために、必要ではない時はスクリーンには何も映さないのが原則です。こういったことがさり気なくできているのは、さすがにICTを使い慣れていると感心します。

子ども役を指名するのに「縦にいく」と宣言します。心の準備をさせることで答えやすくし、テンポアップがはかれます。逆に指名方法を宣言しても、ゆっくり進めすぎると指名される予定のない子どもが当分自分は当たらないとゆるんでしまうこともあります。細かいことですが、こういうことを意識するかしないかで授業の様子は変わっていくのです。
子ども役からは、「めんどう」「自分の意見が反映されない」「権利意識が低い」「政治に関心がない」といった意見がでます。佐藤先生は最初の「めんどう」は板書しましたが、それ以外はしっかりと受容するだけで、すぐに板書しません。テンポアップするのと子どもたちの注意を板書ではなく発言に向けるためです。とはいえ、子ども役の方々は大人なので、前を向いて聞いています。ちょっと面白いと思いました。
1列が発表しを終わると出てきた意見を板書します。ここで、それとなく意見を選別するのが佐藤流です。今回はそれほどではありませんが、時としてバッサリと落として必要なものだけを板書します。書かれなかった子どもが傷つく心配がありますが、落とされるような意見を言う子どもは意外と自分の言ったことは忘れていて、ケロッとしているものです。もちろん実際には子どもたち一人ひとりのことはよくわかっているので、必要なフォローはできるはずです。また、そういったことがないように発言した時にきちんと受容していたのです。

「何とかしないといけない」「皆さんもそう思いますか?」と問いかけ、「そう思う」という反応を引き出して、「投票率を上げる案」をグループごとに考えさせます。
この授業では、「何とかしないといけない」という理由については触れません。ある意味当然のこととして進めます。小学生にそのことを考えさせるのはまだ無理だという判断でしょう。中学生であれば、ここに焦点を当ててもおもしろい授業になると思います。意図的であるかどうか別にして、「何とかしなければいけない」ことに疑問を持たせないような進め方をしていました。

「一ついいアイデアを考えてください」と一言足しますが、ここで問題は、どんなアイデアがいいのかがよくわからないことです。各グループでは子どもになりきっているのかどうかはわかりませんが、楽しそうに話し合っています。どのようにして「いい」アイデアかどうかを判断しているのかが気になります。
出てきて意見は、「投票すると券がもらえて、集めるとメリットがある」「投票日にはレジャー施設などを休業にして出かけるところをなくす」「デーマパークなどで投票する」「罰金を科す」といったものです。佐藤先生は罰金を科している国もあることを伝えます。さり気ない一言ですが、こういった知識は教師としては必要なものです。流石だと思いました。
「ナイスなアイデア」といった抽象的な評価はあったのですが、はっきりとした価値付けがなかったことが気になります。ここで出たアイデアは政治に関係ないメリットやデメリットで投票させようというものばかりです。本質的に投票行動をとらせるような意見はありません。これらの意見を「めんどう」といった理由を解消しようとしていると評価し、その上で、「『自分の意見が反映されない』『権利意識が低い』『政治に関心がない』といったことを解決するアイデアは無いでしょうか?」と揺さぶりたいと思いました。実際の小学生にこのことを考えさせることができるかどうかはわかりませんが……。

佐藤先生は、「なぜ実行しない?」と問いかけて、実現可能性や本来の民主的な選挙の観点からより深く考えさせようとしたのですが、残念ながら最初の場面で時間を取られ過ぎたためにここで時間切れになってしまいました。お金がかかるといったことを確認して、民主的な選挙の条件、「普通選挙」「平等選挙」「秘密選挙」「直接選挙」を説明して終わりました。

「深掘りトークセッション」は玉置崇先生(授業と学び研究所フェロー)の司会で進みます。パネラーは伊藤彰敏先生(一宮市立尾西第一中学校教頭)、野木森広先生(岩倉市立岩倉中学校校長)、和田裕枝先生(豊田市立小清水小学校校長)と私です。佐藤先生の授業のよさが語られますが、伊藤先生は、一言「電車道の授業」(この日のキーワードになりました)と評します。相撲で言う立ち合いから一直線に押し出したり寄り切ったりすることに例えられました。なるほどと思いましたが、その詳しい説明は後に回されます。私は「あざとい(小聡明い)」と評しました。ここで述べたように、子どもたちが自分の考えている方向に自分の意志で向かうように、色々と仕掛けているからです。あまりいい言葉ではありませんが、挑発気味の方が議論が面白くなると思ったからです(佐藤先生、失礼な表現をお許しください)。
伊藤先生の説明は、目指すところに子どもたちを一直線に連れていっているということです(電車道だけれど、あちこちと曲がっていると注釈を加えますが……)。資料を見て自由に考えさせるのではなく、グラフの見せ方など、子どもの視点をねらったところに誘導しているというのです。
司会の玉置先生は、ここまで反論しようと手を挙げる佐藤先生に発言の機会を与えません。やっと発言の機会を得た佐藤先生は、まずは「電車道」の授業ができなければ話にならないと反論します。佐藤先生は模擬授業では特に「わかりやすい授業」を目指されます。参加した方がすっと納得するものでなければ参考にならないことをよくわかっているからでしょう。私の「あざとい」も漢字で「小聡明い」と書くことから、「聡明」ということでほめ言葉と受け取るとうまく返していただけました。とても疲れるセッションですが、こういったやり取りは楽しいものです。

今回の授業を例にどのようにして授業をつくっていくのかを佐藤先生に話していただきます。
「問題意識のあるテーマ」にしようと考えて、「現実社会の問題」を扱おうと考えられたそうです。授業を考えるのに先行実践を大切にされています。インターネットではなく書籍や雑誌が中心です。インターネットは資料等を探すのには有効ですが、実践などは評価の視線にさらされていない無責任な質の低いものもあり玉石混淆です。それよりは上質な資料として書籍や雑誌を優先するということです。毎月の書籍や雑誌の購読に数万円を使っているという話は、力のある先生に共通のことのように思います。このような話を聞く度に自分の不勉強を反省します。
今回は「投票率をアップさせよう」という雑誌の記事を、話し合いのテーマの参考にしたそうです。小学校の社会の教科書は、公民分野では「社会の仕組み」を知ることが中心です。それを一歩前に進めるために、まず考えさせることを今回の模擬授業ではねらいとし、正解のないことを話し合わせたいと考えたということです。「問題解決についての話し合いで、原因とその解決策の関係を明確にするべきでは?」という私の指摘は、佐藤先生のねらいとはずれていたのかもしれません。
いろいろな資料が使われましたが、零票確認の写真以外はすべて教科書の資料だったそうです。今回はデジタル教科書を利用されましたが、教科書の資料であれば実物投影機を使っても簡単に見せることができます。面白い資料を見つけることもよいのですが、まずは手元にある教科書を上手く使って授業をつくることから始めてほしいというメッセージだと受け止めました。

「模擬授業職人」とも称される佐藤先生です。参加者に授業で大切なことをわかりやすく伝える達人です。来年もこの「授業深掘りセミナー」に登壇いただきますが、次回はわかりやすさよりも、佐藤先生のやりたいことを優先した授業を見せていただけたらと思っています。このセミナーの司会者とパネラーならば佐藤先生の授業のねらいを参加者にちゃんと伝えることができると思うからです。佐藤先生いかがですか?

この続きは、次回の日記で。
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