最新更新日:2018/11/20
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富士文化展始まる 3月12日(土)

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富士公民館で「富士文化展」が12日(土)13日(日)に開催されています。地域のみなさんの工芸作品や盆栽など、いろんな作品がたくさんあります。小学校も各学年やPTA文化部の作品を展示しています。ぜひ、見に行ってください。今日は午後8時30分まで、明日は、午前10時から午後4時まで開かれています。

一宮の史跡めぐり48 3月6日(日)

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今回は、国の登録有形文化財に指定されている「墨会館」を紹介します。小信中島南に艶金興業の施設として1957年に建設された鉄筋コンクリート2階建ての建物です。東京オリンピックの代々木屋内競技場や、東京都庁を設計した丹下健三の作品として有名です。

今日は雨になりました 2月28日(月)

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今日は朝から雨。昼の放課など外で遊べない子供たちのお楽しみは、雨の日だけ低学年に開放される校長室です。たくさんの子供たちが訪れ、校長先生の作ったいろいろな科学の道具でにぎやかに遊んでいます。今の一番人気は、「かみつき蛇」だそうです。また、2階に上がると、図書室でじっくり読書したり、本を選んだりする高学年の姿が見られます。雨の日は読書がいいですね。

ジャンケン大会  2月27日(日)

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富士連区ふれあい歩こう会終了後、運動場でジャンケン大会が開かれました。子供の部では、永田先生の司会で、先生方が交代で台上に上がり、みんなとジャンケンをして、楽しい一時を過ごしました。

歩こう会 2月27日(日)

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 学校外活動推進事業として、第8回ふれあい歩こう会&ジャンケン大会が行われました。温かい日差しの中、家族そろって多くの方が参加してくださいました。マスコットのイチミンに校門で見送ってもらい、元気に真清田神社までの往復4.6kmを歩きました。PTAも交通安全の見守り活動に参加しました。

一宮の史跡めぐり47 2月27日(日)

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今回は、県指定文化財の「旧起第二尋常小学校奉安殿」を紹介します。奉安殿とは、御真影と教育勅語を納めた白い建物です。昭和4年に後援会の寄付で造られたようですが、戦後、奉安殿の撤去命令が出され多くが壊されました。この建物は、昭和21年三条小学校の西側の三條神社境内に移され現在も残っています。

一宮の史跡めぐり46 2月26日(土)

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今回は、「鞆江神社の参道の黒松並木」を紹介します。尾西第二中学校南の鞆江神社には、入り口から本殿に至る参道に約70本の黒松並木があります。「尾張名所図会」後編巻二にも全景が紹介されている黒松並木は、現在一部市道が横切って途切れていますが、今も往時の面影をとどめています。

一宮の史跡めぐり45 2月20日(日)

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今回は、県の指定文化財に指定されている「森川家住宅母屋・土蔵」を紹介します。一宮市大和町苅安賀にある民家「森川家」は、安政2年(1855年)に建てられた歴史的な2階建ての町家です。正面1階は、東に戸口を設け西に格子を構えています。明治2年に改築されています。また、すぐ西には土蔵があります。昭和初期の建築ですが、指定文化財に登録されています。

一宮の史跡めぐり44 2月19日(土)

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今回は、「高木一里塚」を紹介します。慶長9年徳川家康の命令で東海道や中山道などの街道の整備が始まりましたが、東海道と中山道を愛知、岐阜でつなぐ「美濃路」も整備されました。萩原町の町中を美濃路が通り、現在は高木神社南200mの東塚跡に一里塚碑が設置されています。明治初年まで街道の両側に塚もあり、榎も残っていたと言われています。

一宮の史跡めぐり 43 2月13日(日)

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今回は、浅井北古墳群の「桃塚古墳」と「小塞神社古墳」(おぜきじんじゃ)を紹介します。浅井北古墳群には、この史跡めぐりでも紹介した古墳を含め50以上の古墳があったと言われています。その中で、今見られるのは、5カ所の古墳があります。歩いても2時間ほどでまわれる範囲ですので、見て歩くのもよいと思います。上の写真は「桃塚古墳」で、直径15mの円墳で、高さは1.5mです。中の写真は、この地域の5カ所の古墳の地図です。下の写真は「小塞神社古墳」で、直径32m、高さ2.5mの前方後円墳ですが、後円部分に神社の社が建てられています。

一宮の史跡めぐり 42 2月12日(土)

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今回は、「光明寺城趾」を紹介します。永禄年間1560年頃織田信長の家臣、神戸伯耆守により築城され、1569年廃城となりました。この地に伝わる伝説によると、桶狭間の戦いのあとの1563年、織田信長と松平元康(後の徳川家康)は攻守同盟を清洲城で締結し、このあと酒盛りが開かれた。信長は酔い覚ましにと、元康とともに馬を走らせ、光明寺城へ向かいました。この城から北にある稲葉山城(現在の岐阜城)を見た二人は、「美濃を制する者が天下を制するか・・・」とつぶやいたという。

一宮の史跡めぐり 41 2月6日(日)

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今回は、美濃路の「起宿脇本陣跡」を紹介します。本陣の道を隔てて反対側にあり、享保5年(1720)以降林家が世襲して建物も守ってきましたが、明治24年(1891)の濃尾地震で倒壊してしまいました。大正の初め立て直され、現在の一宮市尾西歴史民族資料館別館として内部と日本庭園を公開しています。下の写真左側の白い建物が、昭和61年(1986)開館した「一宮市尾西歴史民族資料館」です。一度見学してみてください。

一宮の史跡めぐり 40 1月31日(月)

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今回は、浅井北古墳群の「岩塚古墳」を紹介します。推定直径15mの円墳ですが、土がすべてなくなっており、石室のみが残っています。現在は、養護老人施設の建物の南側に広がる庭の中に、碑とともに見ることができます。発掘当時の様子は、一宮市博物館で展示されていますので、ぜひ見学に行ってください。

一宮の史跡めぐり 39 1月30日(日)

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今回は、「下奈良城趾」を紹介します。天正12年(1584)小牧・長久手の戦いの際に豊臣秀吉が犬山城から楽田城へ本陣を移した時に、織田・徳川連合軍に対抗するために一時的に築かれた砦です。講和が成立した後、城の道具は河田城に移し、その後廃城となりました。現在は、石垣が残っていますが、石碑と説明板は、市道沿いにあります。

ニューヨークからメールが届きました 1月20日(木)

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1月12日に体験入学をした大森ナイル君のお母さんからお礼のメールが入ったので、校長先生がアメリカの学校の様子を知らせていただくよう依頼し、富士小の行事等の様子をお知らせしました。さっそくお母さんは、ナイル君の通っているニューヨークの中心マンハッタンにあるバッテリーパークシティースクールの様子を知らせてくれました。今日は2枚の写真を紹介します。上は遠足で行った水族館の外コニーアイランドビーチでの記念写真、下はリバティーコミュニティーガーデンでガーデニングをしている写真だそうです。今後も交流を続けたいと思います。

元気に雪遊び 1月17日(月)

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17日は、運動場にもたくさん雪が積もり、1時間目から1年生や6年生が雪遊びをしました。雪合戦をしたり、雪だるまを作ったり楽しく過ごしました。雪がないとできない体験をみんなでいっしょにしました。

一宮の史跡めぐり 38  1月10日(月)

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今回は、美濃路で最もにぎわったと言われる「起宿」本陣跡と問屋場跡を紹介します。起宿本陣は、慶長7年(1602)に開設され、本陣職11代加藤右衛門七(えもしち)は、「古事記伝」で有名な国学者本居宣長の高弟として活躍するだけでなく、木曽川堤防普請を行うなどこの地方に寄与した立派な人でした。慶応元年(1865)には、14代将軍徳川家茂が起宿に宿泊しました。長州征討のために立ち寄った幕府軍家茂一行は、18000人で最大の通行でした。

一宮の史跡めぐり 37 1月9日(日)

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今回は、以前紹介した「浅井北古墳群」から「愛宕塚古墳」を紹介します。本当は前方後円墳でしたが、前方部分は、福寿寺境内に接していて道路のため壊され、今は後円部分のみが、残っています。現在は、民家に囲まれてわかりにくい場所になっています。円の直径は6.5m、高さは2.2mほどです。

一宮の史跡めぐり 36 1月8日(土)

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今回は、「奥城趾」を紹介します。この城は小牧・長久手の戦いの際に、織田・徳川連合軍の拠点の内の1つでした。戦いが長期化したので豊臣秀吉が西尾張に移動し加賀野井城、奥城、竹鼻城を囲みました。その際、織田信照を迎えて籠城しましたが落城しました。現在は、奥町西保育園の運動場の南東角に碑が残るのみです。

一宮の史跡めぐり35 1月3日(月)

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浅井町東浅井の浅井山公園の北にある「長誓寺」には、お相撲さんの石造があります。明治時代、浅井万金膏で有名な森医院の森林平さんは、相撲が大好きでお相撲さんは無料で治療し、治療に来ていて亡くなった力士のために「東京力士霊魂之碑」を建てました。また、廃業したあとの力士「濱碇」を援助し、薬の行商ができるよう助けました。石造は「濱碇」の姿です。



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行事
3/12 連区展覧会(13日)
3/16 卒業式予行・卒業記念品授与式
3/17 卒業式準備
3/18 卒業式
一宮市立富士小学校
〒491-0024
愛知県一宮市富士2丁目5番14号
TEL:0586-28-8725
FAX:0586-71-6401
校長:中野芳廣