最新更新日:2024/05/26
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家でも学校でも明るく笑顔で活動できるように、「早ね・早起き・朝ごはん」の規則正しいリズムと感染症対策の「換気をする」「手洗いをする」をしっかり行って、心も体も元気に過ごしましょう!

3月10日(日) 6年ウェブ展覧会【卒業文集の作品紹介】

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題:6年生の思い出と将来の夢

僕の小学校生活の思い出は、3つあります。

1つ目は、修学旅行です。いろんな建物を見て、心に残ったのは、金閣寺です。金閣寺を近くで見るとすごくて、金閣寺がピカピカしていて、池に反射した光が金閣寺に映っていてきれいでした。ほうおうが金閣寺のてっぺんにあって、とてもかっこいいと思ったので、金閣寺を見ることができて良かったです。また金閣寺に行って、ピカピカを見たいです。

2つ目は、スポーツ大会でソーラン節をおどったことです。なぜなら、ソーラン節をおどると僕の気持ちが盛り上がるし、見ている人も盛り上がるので心に残りました。僕は、ソーラン節をおどって良かったし、また中学校でもソーラン節をおどる機会があるかもしれないので、ソーラン節のおどり方を忘れずにいたいです。中学校でもソーラン節をおどるなら完ぺきにしたいです。

3つ目は、野外教育活動です。野外教育活動では、班のみんなでいろいろ遊んで楽しかったけれど、2日間とも雨が降ったので、キャンプファイヤーや海での活動ができなくてくやしかったです。雨じゃないときに野外教育活動に行きたかったし悲しかったけれど、雨でも手作りのカレーライスは美味しかったです。また雨じゃないときに自分達でカレーライスを作りたいです。

僕の将来の夢は、サッカー選手になることです。なぜなら、ぼくはサッカーが好きだからです。サッカーを習っていて、練習しているうちにサッカー選手になりたいと思いました。僕は、たくさんサッカーを練習して活躍ができる選手になりたいです。選手になって、もし海外のチームに行っても試合に出て活躍をして点をたくさん取りたいです。

3月10日(日) 6年ウェブ展覧会【卒業文集の作品紹介】

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題:将来の夢

私は、将来「プロ野球球団のトレーナー」になることが夢です。私がなぜトレーナーになりたいと思ったのかというと、野球を見るのが大好きだからです。私が野球を好きになったきっかけは、あるときの新聞に載っていた、中日ドラゴンズ対ソフトバンクホークスの試合結果を見たときです。とても気になり読んでみると、読んでいるだけでとても面白く感じ、「映像を見てみたら、もっと面白く感じるのではないか。」と思い、テレビ中継を見てみました。野球中継は予想通り面白くて、特にソフトバンクホークスの試合がやっている日を全部見るようにしていたら、野球観戦が大好きになりました。テレビ中継だけでなく、実際にバンテリンドームに行って野球観戦をして、ますます野球の面白さを感じることができました。

4年生の頃までは、野球を見るだけでも面白かったけれど、5年生になると、野球を友達としたり、選手の成績や最近のプレーを見たりすることが、自分にとって何よりも楽しい時間になりました。

野球を好きになってから自然と、「将来は野球と関係のある仕事に就きたい。」と思うようになりました。野球に関わる仕事にもたくさんの種類があります。球団で働く人、グラウンドを整備する人、バットやグローブを作る人など、テレビに映らないところでチームの力になっている人がいます。私はその中でも、選手を一番サポートできるトレーナーになりたいです。

トレーナーになるためには、医師としての資格を取ることが最低限必要なことです。運動に直接関わることだけでなく、運動心理学や栄養学を学ぶと、より選手のことをしっかりとサポートできると思います。トレーナーは、選手が試合で活躍できるようにサポートしたり、選手の体調を記録し、試合に出られるかどうかを判断したりするとても重要な役目です。その重要な役目を任せられるには、試合に最も関係のある、選手、コーチ、監督などの人から信頼されなければなりません。

そのためには、目の前のことに集中し、野球のことをより知ることが今自分にできる最大限だと思います。

3月10日(日) 6年ウェブ展覧会【卒業文集の作品紹介】

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題:夢への第一歩

ぼくは中学校でとっても楽しみにしていることがあります。

それは部活に入ることです。僕が入りたいのは野球部一択です。今まで、プロ野球選手たちの試合を見てきて、そのおもしろさにとても興味をもちました。それからぼくは、素振りなどの練習をたくさんしました。

だから、中学校で野球部に入り、野球を楽しみたいです。しかし、ぼくは野球を経験していません。初心者なので野球部に入り、活躍するのは難しいと思います。それでも、中学校から野球を始めて、強くてかっこいいプロ野球選手になりたいです。家で野球の練習を一人ですることがあります。野球の練習は楽しいので、部活での練習はさらに楽しいと思います。

中学校の野球部でたくさん練習して強くなったら、高校でも野球部に入りたいです。そのためにはたくさん勉強しなければなりません。今からでも、ゲームや遊びだけじゃなく、勉強もたくさんしていきます。高校でたくさん活躍してドラフトで入団したいです。ドラフトで入団するなら中日ドラゴンズがいいです。中日には岡林勇希選手や細川成也選手などのかっこいい選手がたくさんいます。他にも、中日は名古屋を拠点とするプロ野球チームなのであまり遠くに行かなくていいという理由もあります。

もし、中日ドラゴンズに入団できたら、内野手として活躍します。まずは二軍で打撃・走塁・守備を磨きます。そして一軍に昇格したら、憧れていた選手たちに会えると思うのでとても楽しみです。また、たくさんのぼくのファンをつくりたいです。

中日ドラゴンズで強くなったら、侍ジャパンに選ばれ、WBCに出たいです。WBCで大谷翔平選手などのメジャーで活躍している選手たちに近くで会ってみたいです。毎日、素振りを2000回。それ以外にも、練習をたくさんすれば、WBCでたくさん活躍できると思います。

ぼくは初心者なので強くなるにはたくさんの時間がかかります。それでも、一生懸命練習を頑張ります。そして、世界一の下剋上を目指します。

3月9日(土) 6年ウェブ展覧会【卒業文集の作品紹介】

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題:スポーツ大会の思い出
「よしがんばるぞ。」と思い、3年生になったぼくは初めてのスポーツ大会をやりました。そのとき緊張したけれど、うまくできたのです。

4年生になったぼくは、3年生にやったスポーツ大会よりは、きんちょうをしなくなったのです。3年生のときは人前に立ち、スポーツ大会の演技をするのが少しできなかったのですが、4年生以降は演技ができるようになったのです。

5年生になったぼくは、4年生のころよりも演技ができました。演技をやっている間は、「これをやった後には、これをやる。」ということで頭がいっぱいになっていたのです。

6年生になったぼくは、最後のスポーツ大会をやりました。「うまくできるかな、ミスをせずにできるかな。」と頭の中で思いました。

ぼくは、つな引きをやったことがありませんでした。スポーツ大会当日に、5年生の欠席が多く、初めてつな引きをやったのです。つな引きをやる前は「つな引きってどんな感じだろう。」と思っていました。

1年生、2年生のときは、スポーツ大会ではなく運動会でした。実際にやってみたら、スポーツ大会は楽しかったです。

1年生と2年生のときに運動会を、3年生以降はスポーツ大会をやり、この6年間でいろいろな演技や競技などをやりました。

6年間で、楽しいことをやったり、難しいことをやったりしました。中学生になったら、スポーツ大会か運動会かは、分かりませんが、がんばっていきたいです。小学生でのスポーツ大会や運動会をやれないのは、さびしいです。 

3月9日(土) 6年ウェブ展覧会【卒業文集の作品紹介】

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題:将来の夢 

私の将来の夢は、ユニバのダンサーになることです。

私がユニバのダンサーになろうと思ったきっかけは、小学1年生のときのことです。ユニバに家族で旅行に行きました。そして、パレードを一番前で見ました。私の目の前で、ダンサーたちが、キラキラしておどっていました。パレードが終わると、1人のダンサーが、私の服に貼ってあるお誕生日シールに気がついて来てくれました。そして、手に持っている旗を、少しの間私に持たせてくれました。すごく嬉しかったです。そのとき、私はユニバのダンサーになりたいと思いました。 

夢を叶えるために、1週間に1回、ダンスのレッスンを受けています。小学4年生のときに、当時習っていたスイミングで25m泳げるようになったので、次の目標として、前から習いたいと思っていたダンススクールに通うことにしました。

始めたばかりの頃は、先生のダンスのスピードについていくことができませんでした。それが悔しくて、家でもレッスンで習った振り付けを練習しました。少しずつ上達し、今では先生のスピードについていけるようになりました。

今も、ユニバへ遊びに行っています。パレードに出ているダンサーだけでなく、乗り物に関係する人たちにも憧れをもっています。現在、コロナが少し落ち着いたことで、ユニバでのパレードや、ショーが増えてきました。それにより、ダンサーの人手が足りないと聞いたことがあります。大人になったら、ユニバに来た人に楽しんでもらえるダンサーになりたいです。

そのためには、私の苦手な足のステップを完璧にしないと、ユニバのダンサーにはなれません。ダンスの先生にも、「全体の動きは上手だから、足のステップをもう少し上手になれるようになろうね。」と言われたので、家で一生懸命に練習をしています。いつか足のステップを完璧にしていきたいです。そして、オーディションに失敗しないように今からたくさん練習し、夢に向かって頑張り続けたいと思います。

3月9日(土) 6年ウェブ展覧会【卒業文集の作品紹介】

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題:思い出

学校生活で心に残ったことは、H学級だ。なぜなら、4年生からの3年間ずっとH先生が担任だったからだ。4年生で、初めて会ってあんまりH先生のことを知らなかったけれど、時間が経つにつれ、いろんなことを知った。カブトムシが好きだったり、理科が好きだったり、いろいろな情報を知っていることを知った。そしてその次に5年生になって、担任が発表されるとき、またH先生だった。まさかH先生になるとは思わなかった。また4年生のときと同じように生活していると、4年生で聞いたことがある家族の話やコロナのことなどをまた聞いた。話の展開をもう知っているから、「また言ってるなー。」と思った。6年生になって、担任が発表されたとき、まさかのもう一度H先生だった。H先生のことは2年も一緒だからよく分かる。H先生が休んだときに、代わりにみえた先生が、絵日記の紙がどこにしまってあるか分からないときも場所を当てることができた。もう3年もH先生が担任だから、学校生活で一番心に残った。

次に心に残ったのは、修学旅行だ。修学旅行で一番楽しかったのは、お宿いしちょうだ。お宿いしちょうで食べたご飯は、すごく美味しかった。そして、お宿いしちょうにいる従業員はみんな優しかった。部屋の中はすごくきれいで、居心地が良かった。その部屋でUNOやトランプをしたりテレビを見たりしてた。寝るとき、H先生が、「悪い子はいねぇか?」と言いながら部屋に入ってきて、びっくりした。そして、1時ぐらいまで夜ふかしをしていた。夜ふかし中にみんなでいろいろなことを話した。そして、起きたのは、朝の5時だった。なぜかいきなり目が覚めた。起きてから、6時になるまで話しながら待ち、6時になったら準備を始めた。そしてご飯を食べ、バスに乗り、次の目的地のところに向かった。すごく楽しかった。すごく心に残っている。

小学校はすごく楽しかったが、もうこれからは中学生になる。それで、中学校で頑張りたいことは部活だ。部活は小学校にはなくて、ずっとやりたいと思っていたから、頑張りたい。部活だけじゃなく、中学校のいろいろな行事や、授業も頑張りたい。

3月8日(金) 6年 お願いの手紙

6年生の書写の授業のようすです。「学習してきたことを生かして書こう」というめあてで、学習を進めていました。6年生で学んだ漢字の書き順をを確認しながらていねいに書き進めることができましたね。
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3月8日(金) 6年ウェブ展覧会【卒業文集の作品紹介】

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題:将来の夢

ぼくの将来の夢は、メジャーリーガーになることです。なぜぼくの夢がメジャーリーガーになりたいかというと、メジャーリーグは大谷翔平選手や鈴木誠也選手などのすごく野球が上手な人たちしかいけないところだからです。

ぼくもメジャーリーガーになるためには、中学校や高校で全国大会に出て、活躍することが必要です。そして、その大会に出場して、活躍するためにはたくさん練習しなければなりません。

ぼくは、5才のときからずっと練習をしています。少年野球チームに入りましたが、少年野球の練習はものすごくきつかったです。けれど、たくさん練習しないとメジャーリーガーになれないので、がんばって厳しい練習もしてきました。ここまで一生懸命練習したのだから、必ずメジャーリーガーになれると思います。

メジャーリーグの球団に入るなら、ドジャースがいいです。なぜドジャースがいいのかというと、大谷翔平選手がドジャースに入団したからです。
 ぼくが自信があるのは守備と打撃です。ぼくはプロ野球の試合を見に行ったことがあります。プロの選手たちは打撃や守備がものすごくうまかったです。そのレベルを目指して、ぼくも練習しています。

けれど、メジャーリーガ―になるためには勉強もしないといけません。だからぼくは、野球も勉強もがんばります。そして憧れの大谷翔平選手のようなかっこいいメジャーリーガーになりたいです。 

3月8日(金) 6年ウェブ展覧会【卒業文集の作品紹介】

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題:僕の印象深い小学校生活の思い出

僕の小学校の思い出はいろいろある。中でも特に印象に残っていることが3つある。

1つ目は児童会、代表委員、学級委員を経験したことだ。3年生になって学級委員を選ぶことになった。だが立候補はせず、僕は自信のない人間なのかと思った。4年生のときに初めて学級委員に立候補した。しかし残念ながら落選。ただ僕はこのとき挑戦する楽しさを知った。そして5年生になって初めて学級委員になった。これで僕はいつもより自分に自信がついた。この自信のお陰で児童会書記、代表委員を経験することができた。僕は児童会書記なって「あんなに自信のなかった自分が挑戦をすることで人生を大きく変えられるのか。」と思った。6年生の国語の授業で名言を調べた。俳優のトム・クルーズさんの「人生は挑戦だ」という言葉を見つけ、僕はまさにその通りだと思った。3年生のときに何もしなかった自分が、ここまできたからだ。挑戦は自分を変えてくれる。だから「人生は挑戦だ」という名言はまさにその通りだと思った。

2つ目は野外教育活動と修学旅行だ。初めは不安もあった。だけど友達の顔を見ると不安も吹き飛び、帰るまでがとても楽しかった。野外教育活動では班で役割分担し、最高のカレーを作ってたくさん食べたことが印象的だ。修学旅行はそれぞれのお寺で体験したり話を聞いたり何かを見たりすること、そして班別行動をしてお土産を買ったことが印象的だ。修学旅行が終わってからは地域の人に自然に挨拶をすることができるようになった。これは修学旅行のめあての1つでもあった「挨拶」の成果が出ているなと思った。  3つ目はソーラン節だ。ソーラン節は1年生のときから憧れていた。6年生のスポーツ大会の練習が始まってからは絶対に最高のソーラン節にしようと思っていろいろな練習方法で頑張った。はっぴを渡されたときは、いよいよだなと思った。運動会ではなかったので4年生以下の学年に生で見せることはできなかったが、最高のソーラン節ができたと思う。

以上が小学校生活の印象深かった思い出だ。この6年間は友達に恵まれた6年間だった。中学校でも楽しく頑張りたい。

4月7日(木) 6年 海の命

6年生の国語の授業のようすです。「『瀬の主』は太一にとってどんな存在だっただろうか」というテーマで考えたことを伝え合い、読み取りを深めていきました。
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3月7日(木) 6年ウェブ展覧会【卒業文集の作品紹介】

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題:将来の夢

私の将来の夢は、医者になることだ。なぜ私が医者になろうと思ったのかというと、たくさんの命を救いたいからだ。

私が一年生のとき、おばあちゃんが亡くなってしまった。生きている間に、あまりおばあちゃんと話せなかった。亡くなったと聞いて、悲しいとしか思わなかった。しかし、今思うと、もっと会いたかったし、もっと話したかったし、もっと遊びたかった。

テレビや新聞のニュースでも、さまざまな事件や事故で命を落としてしまう人が多い。そのため、これ以上多くの命を失わないためにも、いつか私がその命を救いたいと思った。

もう一つ理由がある。私が病気になったときのことだ。そのときはとても苦しかった。そんな中、病院の先生が優しく気づかってくれた。看護師も、「一緒にがんばろうね。」と言ってくれた。そして、私の腕に注射し終わったとき、その部分にキャラクターのばんそうこうをはってくれた。すごくうれしかった。病院にはかわいいばんそうこうもあるんだと思った。そのときから、少しだけ注射がこわくなくなった。そして、その日をきっかけに、医者の仕事にも興味をもつようになった。患者一人一人をちゃんと治すことができてすごいと思ったし、症状に合わせた薬を確実に用意できることが、すごいなと思った。また、知識の量も大事だと知った。何の症状があり、何の病気であるかを、瞬時に判断できる医者を本当に尊敬している。

私はまだ知識が足りないので、医者になるには程遠いかもしれないけれど、夢に向かって今から勉強して、いつか必ずみんなを救える医者になりたい。いや、全世界を救える医者になりたい。そのためにも、医者になるために必要な数学や理科、そして、苦手科目を中心にがんばっていきたい。 

3月7日(木) 6年ウェブ展覧会【卒業文集の作品紹介】

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題:小学校生活の大きな2つの思い出

もうすぐ小学校を卒業して中学生になる。そんなことを考えていると小学校生活の思い出が蘇ってくる。

1・2年生の頃のことは覚えていないが、1年生の運動会は今でも思い出せる。やった競技は徒競走、玉入れ、リレーの3つだ。紅組で、負けてしまったが他の学年の競技を見て「自分もこんなふうに綱引きしたり、カッコよくソーラン節を踊ってみたいなあ」と、憧れを抱いた。綱引きは新型コロナウイルスの影響でできなかったが、ソーラン節はすることができて、6年のスポーツ大会で最善を尽くした。ソーラン節が終わったあと「やりきった!」と思った。

やはり小学校生活の1番の思い出は修学旅行だ。修学旅行では1日目には法隆寺、東大寺、奈良公園に行き、法隆寺では、五重塔や金堂についてのことをガイドさんから教えてもらった。法隆寺の柱は色褪せていて観光客にたくさん触られたのが伝わってきた。昼食に食べた牛丼はいつもの給食とは一味違う味わいで、とても美味しかった。東大寺の大仏は、間近で見ると教科書で見るより何倍も大きく見えた。ガイドさんから大仏のしている手のパーの形から中指を少し折った形は、平和(ピース)の意味をもつことを教えてもらった。奈良公園には鹿が想像の2倍もいて、鹿せんべいを持っていると鹿が何匹も寄って来た。鹿の毛を触ると少しチクチクした感じだった。鹿の角を触った感じはすごくザラザラした感じで、驚いた。奈良公園で買ったのは、置物、キーホルダー、いちごチョコ大福で、いちごチョコ大福はとても美味しかった。旅館の料理はいつも家で食べる料理より美味しかった。旅館には八ツ橋が置いてあり食べてみると固くて口の中に引っ付いた感じがあった。

2日目には、清水寺の音羽の滝で願い事をしたり、カツカレーを食べたり、買い物をしたりした。買い物では、カツカレーを食べたお店のお菓子を多く買った。その中ではパイが一番美味しかった。帰りのバスではリメンバー・ミーを見た。

小学校生活にはたくさんの思い出が詰まっているが特にこの2つが印象的だ。もうすぐ中学生になるが、この思い出はいつまでも覚えていたい。中学生になっても、楽しい思い出を作りたい。

3月6日(水) 6-1 今日は楽しい読み聞かせの日

6年1組の朝の時間です。今日は小学校生活最後の読み聞かせの日です。ボランティアさんの紹介してくれた本はどんなお話だったかな。中学校でも本に親しみ、たくさんの本に出会って、心豊かな人になってくれるとうれしいです。
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3月6日(水) 6-2 今日は楽しい読み聞かせの日

6年2組の朝の時間です。今日は小学校生活最後の読み聞かせの日です。ボランティアさんの紹介してくれた本はどんなお話だったかな。中学校でも本に親しみ、たくさんの本に出会って、心豊かな人になってくれるとうれしいです。
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3月6日(水) 6-3 今日は楽しい読み聞かせの日

6年3組の朝の時間です。今日は小学校生活最後の読み聞かせの日です。ボランティアさんの紹介してくれた本はどんなお話だったかな。中学校でも本に親しみ、たくさんの本に出会って、心豊かな人になってくれるとうれしいです。
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3月6日(水) 6年ウェブ展覧会【卒業文集の作品紹介】

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題:将来のための勉強

私は中学生になったら本格的に勉強をがんばっていきます。その理由として一流企業に入りたい、という思いがあるということが挙げられます。一流企業は基本的に頭が良い大学を卒業していないと入ることは厳しいです。大学に入るためにはたくさん勉強をする必要があります。そのため、勉強をするくせを最低でも中学生のときにはつけなければいけません。

それと、中学校の勉強の内容は、自主学習をしていかなければ勉強についていけなくなることがあるということも理由として挙げられます。それに加えて、中学校ではテスト範囲はとても広いです。学期の最後に行われる期末テストはその学期の全てのものか中間テスト以降の範囲のどちらかが、それと学年末テストでは1学期から3学期の全ての範囲が出題されます。

ですが、今の私は勉強をめったにしません。普段は宿題を終わらせたら、他のことをします。テスト勉強も理科と社会のテストがあるときしかしません。しかも、その内容は最低限覚える必要のある箇所のみ暗記することや、その単元を音読すること程度です。

したがって、今の私自身も、中学生や高校生、大学生になる将来の自分も勉強が必要です。高校の勉強は当然中学校より難しくなり、大学は単位というものがあるそうですので、より努力を重ねていきます。

そして、一流企業に入った暁にはたくさんのお給料をいただいて、そのいくらかを親に返していきたいです。 

3月6日(水) 6年ウェブ展覧会【卒業文集の作品紹介】

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題:小学校の思い出

小学校生活を振り返ると、たくさんのことを思い出します。特に強く印象に残っている思い出は4つあります。

1つ目は、1年生の写生大会で賞をとれたことです。私は絵が上手なほうではありません。上手と言われても、自信をもつことができませんでした。そこで、写生大会で賞をとることを目標にしました。賞をとり、自信をもとうと思ったからです。学校で6年生の作品を見たとき、私はすばらしいなと思いました。自分もこんな絵をかけるようになりたいと思い、家に帰ってからも練習を重ねました。この努力により、賞をとることができました。また、自信をもつこともできました。

2つ目は、2年生の学校探検です。2年生になると、まだ学校に入ったばかりの1年生に校舎内を案内します。私は人見知りで、話すことも得意ではありません。それでも、ペアの子に会ってみると、すぐに打ち解けることができたし、すらすらと話すことができました。1年生の子は笑いながらついてきてくれました。自分が少しお姉さんになった気分でした。

3つ目は、5年生の野外教育活動です。小学校のクラスメイトといっしょに泊まるのは初めてでした。初めてのことがありすぎて緊張していましたが、友達と話しているうちに、その緊張はどんどんほぐれていきました。あいにくの雨で、海をながめたり、外に出たり、キャンプファイヤーをすることはできなかったけれど、レクリエーションは盛り上がったし、キャンドルサービスもとても美しかったです。夜ごはんはカレーでした。キャンプに行ったことがなかったので、道具の使い方が分かりませんでした。それでも、時間をかけてがんばって作ったカレーは、とてもおいしかったです。

4つ目は、小学校最後のスポーツ大会で踊ったソーラン節です。こしを落として踊るのは、思っていた以上に大変でした。それでも、練習していくうちに慣れてきたし、踊り方を覚えるたびに、どんどん楽しくなっていきました。本番では、上手にできたと思うし、悔いのない状態で終えることができました。

この6年間で、数えきれないほどの思い出を作ることができました。中学校へ行ってもたくさんの思い出を作ろうと思います。 

3月5日(火) 6年 地球環境を守る

6年生の理科の授業のようすです。人の生活と地球環境とのかかわりについて、クロムブックで調べてレポートにまとめていました。
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3月5日(火) 6年 卒業に向けて

6年生の卒業式の練習のようすスナップです。練習を重ねるごとに、移動の動きや歌に磨きがかかります。写真は退場のようすです。6年生が一つになって卒業式に向けてまとまっています。
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3月5日(火) 6年ウェブ展覧会【卒業文集の作品紹介】

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題:中学校での目標

ぼくは、小学校でのミスを生かして、中学校での生活をより良いものにしていきたいと思います。そのために、小学校での思い出をふり返り、中学校での目標を立てたいと思います。

1年生のときに、テストで見直しをしていれば合っていた問題が多かったので、中学校では、しっかりと見直しをして、間違いを減らそうと思います。

2年生のときの学習発表会で、ぼくはナレーターの役をして、「大きな声では言えたけれど、もう少しはっきりとしゃべれば良かったな。」と思いました。中学校では、はっきりと大きな声で言おうと思います。

3年生になって教科が増えて、最初のうちのテストの点数が下がっていたので、中学校では、勉強量を増やして、テストの点数が下がることがないようにしようと思います。

4年生になって勉強も少しレベルが上がって、やる気が無くなったので、中学校では、やる気が無くなってもがんばろうと思います。また、ぼくは漢字が苦手で、テスト3日前ぐらいからすごくあせって勉強していたので、中学校ではもう少し前からしっかりと計画を立ててやろうと思います。

5年生になり、勉強は発展問題が増えてきて、少し分からないところが出てきてしまったので、中学校では、基本の勉強をしっかりと覚えようと思います。

最高学年の6年生になったときに、「今年で小学校を卒業するのか。」と思うと小学校生活を過ごしてきた実感がわきました。

6年生で一番思い出に残っているのは、ソーラン節をおどったことです。練習は難しかったけれど、がんばって練習したので、本番ではすごく上手におどれました。なので、中学校でもこのような機会があれば、全力で練習して本番でうまくおどれるようにしたいと思います。

中学校では、ここに書いた目標をすべてクリアして、よりよい学校生活を過ごせるようにしたいと思います。 
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学校行事
3/10 FV
3/11 引落日
3/14 定時退校日
3/15 卒業記念品授与式1限 予行練習2・3限

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