愛される学校づくり研究会

【第4回】給食食缶紛失事件
「給食指導を徹底せよ!」(前編)


***これは数年前に前任校で経験した出来事である ***

 「先生! デザートのゼリーが2つ足りません!」
 デザートのゼリーを朝から楽しみにしていた給食当番の男子生徒が、自分の分がなくなるのではないかと心配し、泣きそうな顔で訴えてきた。
 「デザートごときで男がそんなにうろたえるな! 業者がたまたま数を間違えただけだ! 給食室のおばちゃんのところへ行って足りん分をもらってこい!」
 「はい!」
 しばらくして男子生徒はゼリーをしっかりと手に握りしめ、スキップで教室にもどってきた。そして、いつものように全ての献立が全ての生徒に行き渡り、至福のときを迎えることができた。この日の出来事が、これから起こる全校を震撼させる大事件の序章にすぎなかったことをだれも想像していなかったのは言うまでもない。

 次の日…。
 「先生! 今日はデザートのヨーグルトが3つ足りないんですけど、また業者が数を間違えたんですよね!」
 「最近業者の人、間違いが多いですよね。困りますよねぇ…」
 「ぼく、給食室に行って足りない分をもらってきます!」
 給食当番の男子生徒が足取り軽やかに給食室に向かった。しばらくすると、昨日とは全く違い、うなだれた様子でもどってきた。
 「どうしたんだ!」と声をかけると、その生徒は泣き崩れるように答えた。
 「他のいくつかのクラスも数が足りなくて、もう予備がなくなってしまってもらえませんでした…。ぼくがもっと早く給食室に行けばこんなことにならなかったのに〜…」
 「お前はクラスのためによくやった! 悪くない! 責任を感じる必要はないからな!」と慰めながら、その日は学級の生徒に事情を話し、ヨーグルトがあまり好きでない生徒のものを給食命の生徒たちに分配し事なきを得た。

「最近給食の数の間違いが多いようなので! 業者にちゃんと言っておいてくださいよ!」と、職員の朝の打ち合わせでも話題になり、各業者に連絡をしてもらった。朝の短級で私はいつも「今日の給食献立大発表!」というプログラムを入れていたので、日直の生徒が、「今日の献立は、わかめご飯におみそ汁、小さいおかずは唐揚げで、デザートは冷凍ミカンです。楽しみにしていてください」と発表したのに続け、私も「業者には数の間違いがないようによく頼んでもらっているから、今日は大丈夫だ!」と話し、希望に満ちあふれた一日のスタートを切った。

 そして待ちに待った給食の時間…。
 当番がてきぱきと配膳していく。
 「先生!」
 「まさか、また冷凍ミカンの数が足りないんじやないだろうな!」
 「違います! 今日は唐揚げが10人分も足りません!」
 「隣のクラスに余分にいっているかもしれないから聞いてくる!」
 隣の学級に行くと、今日の献立の中で生徒がいちばん楽しみにしていた唐揚げが大量に足りないために大パニックが起きていた。

 このとき私は初めて「事件は業者で起きているんじゃない! 現場で起きているんだ!」ということに気づいた。つまり、内部のものの犯行であることを確信したのである。
 「配膳室の鍵はきちんとかけてあるのか!」、「4時間目授業を抜け出している生徒はいないか!」、「日頃給食指導をきちんとしているのか!」、「なんでこんなことが起きるんだ!」、「これは盗難事件だ! 生徒たちはお金を払っているんだ!」と、職員室の中に張りつめた空気が流れた…。

 「あいつらかもしれない…」
 最近給食近くになってしか登校しなくなった元気があり余っている坊ちゃん軍団…。しかし、配膳室は給食の時間開始まで鍵はかかっている。どうやって…。証拠もないのに自分の学校の生徒を疑ってはいけない。もう一度配膳室の管理をしっかりするのと同時に、給食配膳室の指導担当を、できる限り早めにつけるようにしよう。あいつらにも要注意だ!
 学校中が「給食紛失事件」の噂で持ちきりになった。生徒の中にも「自分たちの食い物をとられてなるものか!」というピリッと張りつめたものが朝から漂っている。しかも今日のデザートは、人気のあるチョコレートムースである。4時間目が終わる15分ほど前から、空き時間の先生たちが、慌ただしく学校中を動き始めた。

「キーン コーン カーンコーン キーン コーン カーンコーン」
 4時間目終了のチャイムと同時に、今までには見られなかったスピードで、各クラスの給食当番が配膳室へ。そして複数の先生が見守る中でワゴンを渡す。廊下には先生たちが出て、途中何かないかを見張っている。万全のセキュリティである。 配膳開始! うわさの「あいつら」もおとなしく席について待っている…。
 配膳終了。
 「先生! 今日は足りないものはありませんでした!」
 「やったー!」と教室から歓声があがる。(おいおいこれが当たり前だろ〜!)
 「いただきます!」
 給食費を払った分だけきちんとみんなが食べられる幸せな給食の時間がもどった。こうして、しばらく今までと変わらない幸せな給食の日々が続き、給食紛失事件を忘れかけていたとき、事件はまた起きた…。

 「先生! 先生! 先生〜! 2年3組の、QB動物チーズがないそうです!」と、給食当番の生徒が叫びながら学級のワゴンを押し教室にもどってきた。
 「うちのクラスのもないのか!?」
 「うちのは無事です!」
 この日から1年〜3年のいろいろなクラスでの給食紛失事件が再発した…。もう一度職員間で、セキュリティを見直し確認する。
 「先生! ミルメークが袋ごとありません!」
 「アーモンドとっとがありません!」
 「バナナが袋ごとありません!」
 以前は数個ずつなくなっていたものが、箱ごと・袋ごとなくなるようになっていた。配膳室の鍵はきちんとかけてあるし、早めに当番の先生にも配膳室に行ってもらっている。教室への移動中になくなることもあり得ないし、どういうことなんだ! 紛失事件が頻発する中、私の教員人生最悪の情けない事件が起きた。

 「先生! 大変です!」
 「何だ! 今日は食缶に入ったフルーツだから大丈夫だろう! 牛乳でもなくなったのか?」
 「違います! フルーツの入った食缶が缶ごとないんです! 配膳用のオタマもないんです!」
 「何ー!!! それはあり得ないだろ〜! そんなお茶目な冗談は事件が続いているときはやめろよ〜」
 「先生! 先生! 本当、本当なんです!!!」
 この日から学校のプライドと意地をかけた戦いが「あいつら」と始まった…。

(「給食食缶紛失事件『給食指導を徹底せよ!』(後編)」)につづく…

(2003年11月10日)

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●杉浦 嘉一
(すぎうら・よしかず)

小牧中学校教諭。学年主任、保健体育担当、剣道部顧問、伝統の駅伝部総監督。年度末に校内で密かに出す「人事ファン」(杉浦の人事異動予想紙)はあっという間に売り切れ。お茶目な中に本質を突く学校教育論を書かせたら右?に出る者はいない。子どもの傍らにいつもいる存在であるように学校中を動き回っている。