愛される学校づくり研究会

【第2回】「怖くて眠れない夏休みの夜」2日目

夏休みの出校日に、学年の雰囲気があまり変わっていないのを確認したばかりなのに、今日も明日の始業式が怖くて眠れない。思考回路を狂わせるためのビールもしこたま飲んだはずなのに、頭の中がどんどんクリアになっていく…。出校日に姿を出さなかったやつらは明日きちんとした格好で学校に来るだろうか? 心が荒んではいないだろうか? 悪いことばかり考えてしまう。やはり私は臆病者…。

 出校日のときに聞いた生徒からの情報を整理し、始業式の日の対応シミュレーションを何種類か立てる。起きている間にしていたのか、夢の中でしていたのかわからないうちに目覚ましが鳴った。午前5時30分である。どうも頭が重たい…。昨晩の思考回路を狂わせるためにがぶ飲みしたビールの効果が今頃出てきたようである。またいつものようにもう一人の自分がささやく。「年休攻撃したら?」

 しかし私は臆病者…そんなことはできない。食欲もあまりないので、二日酔いの朝の定番飲料「トマトジュース」を飲んで、もうすぐ乗れなくなるディーゼルエンジンの愛車パジェロで学校に向かった。
 

保健室は美容院じゃない! 病人のためにあるんだ!

7時20分、今日も登校指導の定位置へ。臆病者の生徒指導の基本、生徒の小さな変化を見つけるために「地味な裏付け捜査」開始! 夏休みのだらだら生活から立ち直れず、眠そうに通過していく生徒がやや目立つほか、全体的に1学期と大きな変化なく、2学期も落ち着いた学校になりそうだ…と思っていたところに、髪の毛が金色に輝く少年、少女たちを発見!

 「いつもの場所」に行くよう指示を出す。私も登校完了のチャイムが鳴ると同時に「いつもの場所」へ…。ドアを開けると大繁盛である。頭の色がきれいな少年少女たちで、黒染めの順番待ちが出ている。「ここは美容院じゃない! 保健室だ!」と思いながらも気持ちを美容師モードに切り替える…。

 なぜか本校では、髪の毛の色を染めたまま教室に入れないことを生徒たちが自覚し、抵抗する様子を一切見せず椅子に腰掛け、本来の自分の姿に戻ることを覚悟して、なすがままになる。ちなみに人権擁護団体の方にどう思われるかわからないが、髪の毛の色を中学生期に好きなようにすることを本校では個性とは考えていない。社会に出ていけば必ず組織の決まりがある。食品などを取り扱う会社などでは帽子着用が義務づけられることもあるだろうし、美容師のなどは洗髪するときお客さんの頭皮を傷つけないように爪を短くしているなど、守らなければならないことがたくさんある。中学校は、自分の内面を鍛え磨き上げる時期である。そういうことを教えていくことも教育であると考える。甲子園球児の丸坊主軍団の、人を感動させるひたむきさに若者の個性があると信じている。

 「お客さん…始めますから」
 生徒指導費でこの日のために買いだめしておいた数種類ある白髪染めの中から、私は迷わず「メンズビゲンスピーディー?」を選んだ。理由は日頃自分の白髪染めに愛用し、信用と実績があるからである。A液とB液を専用ブラシの上に均等に乗せ、黒染めを始める。
 「お客さん、そのままスルーできるかどうかを試すために、その髪の色で登校したと思いますが、うちはそうは甘くありませんぜ…」
 「一度そのまま通してOKと思われちゃ困りますからねー」
 「ところでお客さん、髪の毛金色にして何か自分が変わりましたかねー?」
 「夏休みはどんなことをして遊んでいましたか?」
 「若いうちからあんまり染色するとハゲになるのが早まりますぜー」
 「若い人はやっぱり、外見を楽して変えようとするより内面を磨かないとねー」
 「楽に自分を変えることなんかいつでもできますぜ、ゆっくり大人になりなせー」
などと訳のわからないことを言いながら黒染めを進めていく。当然このような説教じみたことばかりではなく、テレビゲームの話や、映画の話、オートバイの話、色恋の話などもしながら進めていく。夏休み離れていた生徒の様子を知るためにはとても有効な時間となる。

 隣で同じ作業をしている他学年の先生は「ちょっと遊んでいいかな?」と言って、薬品でごてごてになった変形自在の髪の毛をアトム型にしたり、サリーちゃんのパパ型にしたり、ベッカム型にしたり、七三分けにしたりと生徒の髪で遊んでいる。生徒たちも一緒になって喜んでいる。実に温かい雰囲気の保健室である。子どもたちは親からも何も言われない髪の毛の染色に対して、必死になって語りかける先生たちに「愛」を感じているのかもしれない。いろいろな話をしているうちに黒染め完了!「次の方どうぞ!」

 「保健室は美容院じゃない! 病人のためにあるんだ!」という本質を考えると、心が荒み、病んでいる問題行動傾向のある生徒たちの心の居場所としての「保健室」は「美容院」であってもいいかもしれないと臆病者の私は思ってしまう。

 (「朝の廊下とトイレを封鎖せよ!」につづく…)

(2003年9月15日)

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●杉浦 嘉一
(すぎうら・よしかず)

小牧中学校教諭。学年主任、保健体育担当、剣道部顧問、伝統の駅伝部総監督。年度末に校内で密かに出す「人事ファン」(杉浦の人事異動予想紙)はあっという間に売り切れ。お茶目な中に本質を突く学校教育論を書かせたら右?に出る者はいない。子どもの傍らにいつもいる存在であるように学校中を動き回っている。