愛される学校づくり研究会

私の心に残る授業

★これまでのリレーコラム「授業のある風景」から、「私の心に残る授業」に切り替えて、自分が受けた授業、実施した授業、参観した授業等々、強く印象に残っている授業について、それぞれの主観をもとに示して頂きます。印象に残っているのには、きっと理由があるはずです。

【 第10回 】授業名人の授業から
〜春日井市立高森台中学校 校長 田中 雅也〜

平成18年度、春日井市内の小学校で教務主任をしていたときの授業が心に刻まれている。
  高木重則先生による、5年生算数「分数を調べよう」の授業である。

その授業について記述する前に、少々経緯について触れさせて頂く。
  その授業の前年度の2月頃、当時の校長先生から、ある事業の委嘱を受けるとの話があった。なんでも「授業名人活用推進事業」とのこと。県でも初めての事業だった。A4用紙1枚の事業計画書の写しを手にしていろいろ想像した。「授業の名人に来てもらえるんだ…」そんなことを思い浮かべながら、校長先生の許可を得て、市教委などに問い合わせた。やはり初めてのとことでよく分からないとのことだったが、何度も問い合わせをするうちに少しずつ概要がわかってきた。端的には「授業名人」にあたるような力量のある方を、年間35回程度学校に招いて、教師の授業力向上を図る事業であること。ただし、「授業名人」は現職ではない方、そして、できれば地域に関連する方とのことだった。
  今でこそ、授業の名人・達人と呼ばれる方とはつながりもあるが、当時はそんなつながり・ネットワークもなく、様々な方に相談して授業名人を探した。そして、アドバイスをもとに、電話で何度も連絡・依頼をした。ある方は承諾をして頂いていたが、「よく考えたら自分は『授業名人』でないので…」と直前に辞退されるなど、事業名を恨みつつ途方に暮れたときもあった。でも、ほとんどの方は「自分で役に立てるのであれば…」と気持ちよく承諾して頂いた。本当にありがたかった。4人の方に講師を引き受けて頂いたが、その中のお一人が高木重則先生である。市内小学校長をご退職され、市生涯学習課でお仕事をされていたところ、快く引き受けて頂いたのである。
 高木先生には、その年度の6月から11月までのべ14回来校して頂き、算数の授業について、参観授業のアドバイス、TTでの参加、単元構想・授業検討の助言、指導授業などをして頂いた。全体会でもお話し頂いたが、基本は2〜4名程度のまとまりでご指導頂いたので、とても一体感があり、疑問点なども遠慮することなく率直に出し合った。高木先生にはいつも親身に受けとめて頂いたので、大きな安心感があった。その安心感のもとで、落ち着いて授業について協議・検討できる喜びをみんなで共有した。冒頭の授業は、そんな中の指導授業のひとつである。

高木先生は、授業の導入で、一言も話さず長さの違ったロープを使ったマジックをサッと披露され、子どもたちの心を奪った。実は、高木先生は、授業だけでなく手品・マジックの名人・達人でもある。ただし、ただのマジックではない。そのロープを黒板に貼りながら、長さの比較をさせながら、学習課題につなげられた。しかも、子どもたちが「きっと〇〇になるはずだ」と予想すると、「本当にそうかな?□□ではないのかな」と逆に否定された。子どもたちは「えっ?」という表情とともに、様々反論した。しかし、その後の展開で子どもたちは課題の解決に没頭し、高木先生は、やはり一言も発せずに、安易に助言をしないで見守りながら、子どもたちの様子を観てまわられた。当時、少人数指導やTTなどでどんどん支援をするのが当たり前であった自分には、とても新鮮で衝撃的だった。しっかりは記憶していないが、その後、子どもたちの「分かった、□□だったんだ!」という言葉と晴れやかな表情は強く印象に残っている。

その後の全体会で高木先生から全職員に配付された紙面の中に、こんな記述があった。『多くの先生に観られる研究授業では、普段横着している児童もいい子を演じているものだ。自分の教師力を評価されていると考えず、みんなに意見してもらい、自分の教師力を向上させようと考え、面倒がらずに気軽に授業ができたらいいなと思う。児童の思考がつかえ、つまづき、ごつごつと紆余曲折した授業展開でもいいのではないか。いや、むしろ私はそんな授業が好きだ。…中略…途中で立ち往生してしまい、額に汗することも多々あるが、私は意図的に授業導入の段階で児童の考えを一旦否定し、授業を展開しているうちに、否定したことが間違っていたと気付かせていくことが多い。参観している人には、「なんだ、これは」と思われるかもしれないが、児童の思考力は確実に深まっていると考えるからだ。児童の思考過程に合った教具を創意工夫し、「つまづき」を大切にした授業展開で「分かった!」と言わせることは教師冥利に尽きると考えている』

その後、高木先生には何度も来校頂き、膝をつき合わせるくらいの親密度で、授業について一緒に検討し合ったり、アドバイスのもとで授業をしたりを繰り返した。その年度、高木先生をはじめとする授業名人の皆さんとともに、一緒に授業について学び合った同じ職場の先生方と共有した充実感は、今でも心に熱く残っている。あれから10年以上の月日が経過したが、いつでも職場全体で子どもたちにとってのよりよい授業を目指して、互いに高め合っていきたいと考えている。

最後に、高木先生が毎回の指導案の最終行に示して頂いていたフレーズで締めくくりたい。

  私のモットー ※ここでの「私」は高木重則先生です
本来子どもは、興味・関心・意欲を持っているものである。
「児童の学習意欲は、学習内容を理解したときに継続する」

(2017年12月18日)

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執筆者プロフィール

●田中雅也
(たなか・まさや)

昭和60年4月より春日井市の中学校を皮切りに教員生活をスタート。その後、名古屋、春日井市の小学校での勤務、4年間の市教委指導主事、研究委嘱校での教頭職を経て、平成25年度より再び市教委指導主事として勤務。そして平成27年4月より現在の学校に赴任し日々の授業改善を中心とした学校経営に取り組んでいる。