愛される学校づくり研究会

【第4回】通知表◇先進校に挑戦(2)
―通知表を単元別に変える
どう考えたか? 何をしたのか? 推進役にきく

前回に引き続き、「来年の通知表を単元別に変える」ための取り組みをしているA小学校の「推進役の先生を支える計画作りと環境作り」という課題について、H14年度から「単元別の通知表」(注)を実践している先進校B小学校の経験談をQ&A形式でお伝えします。

 前回は、校長先生の「目的は省力化だった」という意外なお話から、「単元別の通知表」の背景には「ITを活用した職員室全体の仕事の見直し」があった、という「計画作り」の前提にあたるお話までをお伝えしました。
 今回は、この背景を踏まえた現場のお話です。推進役の先生に「何を考え、何を行ってきたか」を伺います。 (本音で語っていただくために、学校名は全て仮名とし、内容の一部を変えています。ご了承ください。)
 

【先進校からのメッセージ】
 学校は後戻りできないところ。
 不安な点はそうならないように始める前に手を打つこと。
 始めたら、その環境でやれることを、まずやりきること。
 どんなことでも最初は大変です。

通知表を単元別に変えたB小学校を再び訪ね、教務主任のC先生にお話を伺いました。「後戻りはできない」状況の中、小規模校ゆえに一人で背負わざるをえない推進役の仕事について、ざっくばらんに語っていただきました。
 

■Plan(1)=計画づくり=■■■

省力化の成果を、子どもたちや保護者に伝わる通知表に

Q1 推進役となられたいきさつを教えていただけますか。

A1 新課程の前年に教務主任として着任しました。最初に校長から「職員室ネットワークで省力化をすすめる。最終的にはペーパーレスをめざす。学校ITに詳しいきみならできるだろう」―それが自分がこの学校へ来た理由とわかり、やるしかないな、と思いました。

Q2 通知表が話題になったのはいつごろからですか。

A2 はじめから話がありました。評価データをコンピュータに入れ、そこから通知表や指導要録を作ることは、省力化の目標の一つでした。通知表には、原簿から間違いなく転記したり、ゴム印をきれいに押したり、コンピュータで省力化できる作業がたくさんありますから。
 ただ、校長は「省力化が教師の間だけでは、保護者から『お金をかけて、先生だけが楽をしてる』と言われてしまう。それでは苦労して取り組む先生が報われない」という強い思いを持たれていました。
 ネットワークで共有するのは、従来の評価データだけではありません。総合的な学習や学校行事でとった写真や、図工の作品の写真も画像データとして共有していれば、通知表に出すことができます。
 これまでと同じ通知表をただプリンタで印刷するだけではなく、コンピュータを使うことで、もっとわかりやすく、もっとひとり一人をきちんと見ていることが伝わる通知表に変えることが目標でした。

Q3 観点別評価を単元別に出すことは、いつ決まったのですか。

A3 これも最初ですね。単元別の評価データをコンピュータに入れるのですから、通知表も単元別にする方がむしろ自然でした。学期ごとに総括した評価を出すとしても、なぜその評価かを説明するには、単元ごとの評価データが必要です。
 それなら、コンピュータにある単元別のデータを、そのまま通知表に打ち出した方が、具体的でわかりやすいはずです。単元別の評価を学期末に総括する作業はなくなりますから、省力化にもつながります。

Q4 省力化の取り組みは、評価関係だけだったのでしょうか。

A4 もちろん、職員室ネットワークの基本として、児童名簿などの基本データを共有したり、文書データを共有フォルダで管理することは、はじめからやりました。
 また、連絡黒板をなくし、文書を電子掲示板で確認するようにして、朝の打ち合わせをなくすなど、会議も省力化しました。
 ただ、移行する時期は大変でした。はじめの数か月は従来どおりその日の予定を連絡黒板にも書いた上で、コンピュータにも入力していました。つまり私は毎朝両方書かないといけなかったのです。本当に大変でした。
 

■Plan(2)=新課程への準備=■■■

10年前の経験が役立った

Q5 推進役としての経験や知識に不安はありませんでしたか。

A5 評価について不安は感じませんでした。以前から単元ごとに観点別の評価はしていました。
 10年ほど前、前回の指導要録の改訂があったときに、前任校で評価規準表を作ったんです。4観点をすべての単元について作ったので、本当に大変でした。
 ただ、その評価規準表は棚の中に置いたままでその後見ることはありませんでした。見なくても評価できたのです。評価規準表を苦労して作るうちに、観点ごとの評価の考え方が頭の中に入っていました。考え方がわかっていれば、単元が変わっても応用できますから、いちいち評価規準表を確かめる必要がなかったのです。

Q6 それぞれの先生が応用されると、校内の評価に統一性がなくなりませんでしたか。

A6 特に問題はありませんでした。ただ、前の指導要録では、オール△になる子どもには、関心・意欲・態度の観点で、個人としての伸びや努力も評価できたので、そのあたりの方法ぐらいは話していました。
 そもそも評価規準表は「評価の考え方」までしか書いていませんから、これが共通になっても全員の先生の評価が同じにはなるわけではありません。
 

今までやってきたことに自信をもとう

Q7 前年度の3学期に、評価について校内研修をされましたか。

A7 評価計画についての会議を数回やった程度でした。というのも、たまたま教員全員がベテランで、かつて評価規準表を作り、ずっと観点別評価をやってきた経験のある先生方だったからです。
 考え方は頭の中に入っているのだから、1単元分ためしに作ってみて他の単元はそれを応用しようということになりました。当時はよく「今まで10年間やってきたことに自信を持とう」と話していたのを覚えています。
 その代わりに、学年末に標準学力検査をして、1年間行ってきた評価規準が適当だったかどうかを検証することになりました。

Q8 絶対評価になってもやり方は全く変わらなかったのですか。

A8 旧課程でも「絶対評価を加味した相対評価」でしたから、小規模校では絶対評価に近い評価を行っていました。それぞれの人数が決まってしまう相対評価は小規模校では子どもの実態に合いにくかったのです。
 ただ、図工や家庭科などは、最後には作品だけしか残らない教科では、保護者に説明するための材料はきちんと用意することにしました。
 これまでは完成した作品を見て、途中の場面を思い出しながらいろいろな観点を評価していた先生もいました。保護者に説明するために、途中の場面についても根拠となる資料を用意することになったのです。
 

先に手を打つ

Q9 専門家や他校事例を参考にすることはありませんでしたか。

A9 不安がなかったわけではありません。むしろ、不安の原因をなくすように、早い段階で校長先生が方針を出されました。
 まず観点別の評価は、◎(十分到達)、○(おおむね到達)、△の3段階ではなく、○と△の2段階にする、ことが決まりました。これで担任の間では「2段階ならいけそうだ」という空気が広がりました。 どうしてもデータが不十分になる「○を越える子ども」については、学年末に行う標準学力検査で資料が用意できることも安心材料の一つになったと思います。
 また、13→14年度は学年間の担任異動を行わず、2−6年生は全員持ち上がりになることも早い時期に決まっていました。絶対評価になったとしても、1年間見てきた子どもたちであれば、判断に迷うことは少ないはずです。これも不安が少なかった理由の一つでしょうね。
 

■Do =1年目は手さぐりの日々=■■■

できないと言わず、できる方法を考える

Q10 推進役としての経験や知識に不安はありませんでしたか。

A10 会議は行いましたが実際は研修が中心でした。それもパソコンの基本的な使い方や成績処理ソフトへの入力のしかたが中心でした。
 単元別に評価データを入れるためには、その前に、学年の単元名と、観点ごとの学習目標を入力しておく必要があります。これもそれぞれの学年の先生にやっていただかねばなりません。私としては「7月に通知表が出せるように、少しずつデータを入れていってください」とお願いするしかありません。
 そんな状態で会議ばかりしていたのでは、実際にパソコンに向かう時間がなくなってしまいます。ですから、例えば5月の会議なら、その月に入力する予定の「単元名の入力方法」の研修にして、研修の時間中に入力を終えていただくようにしました。

Q11 研修は予定通り進みましたか。

A11 一度研修したからと言って、全員ができるようになるとは限りません。1回やった研修を2回3回と繰り返すことはよくありました。予定通りには進みませんから、研修の計画はガチガチに組まない方がいいです。
 

先が見えない不安、外部の力を借りる

Q12 学級担任の先生方の様子はどうでしたか。

A12 1学期はいろんな先生から「次はどうするんだ」とよく聞かれました。評価の仕事は十分経験があっても、このシステムで仕事するのは初めて。みんな仕事の見通しが立たなくて不安だったと思います
 見通しが立たないことの、もう一つの理由は「評価の仕事が学校でしかできない」ことでした。今までは勤務時間中に終わらなければ、やむなく家でやっていました。しかし、今度はデータがサーバー上にありますから、学校でしか仕事ができないのです。
 もちろんセキュリティの面ではこの方がいいのですが、かと言って、入力が終わらないから夜中まで残業する、というわけにもいきません。
 私自身も1学期後半には、間に合うかどうか、本当に不安でした。データが入力できていないからといって、通知表はなしというわけにはいきません。終業式までには何としても印刷を終えなくてはなりませんでした。

Q13 どう解決されたのですか。

A13 7月に入ったら土曜日を「出力の日」として、職員室を開け、わからないことがあったらすぐきける環境を整えました。時間に余裕のあるときに集中して仕事ができるようにしたのです。
 インクなど消耗品は事前に予備を買っておきましたし、機械のトラブルのときには、すぐにきけるように業者の方にも無理をお願いしました。
 

学級担任からの質問は保護者よりも厳しい

Q14 評価の中身の方は、見込み通り大丈夫でしたか。

A14 いえ。やってみるといろいろありました。14年度は、部分的に教科担任制をとっていたのですが、教科担任と学級担任の間での確認がかなり大変でした。
 私は専科で1教科を担当していました。評価データの入力を終えても、学級担任から「Aくんは関心意欲態度が空欄(未到達)になっているが本当にこれでよいか」と確認されるんです。

Q15 保護者に説明するのとはまた違う厳しさがありそうですね。

A15 担当の教師が評価しても、保護者からの質問を受けるのは学級担任です。自分でつけた評価を説明するだけでなく、他の先生がつけた評価を説明できなければいけないわけですから、質問する方も真剣です
 特に関心・意欲・態度は、学級担任が見ていない面を教科担任が見ていることもありますから、一度説明しただけでは学級担任が納得せず、「本当にそれで大丈夫なのか」と何度も話し合うことがありました。

Q16 こちらの学校では、学級担任が教頭先生や主任の先生と組む複数担任制をとっていて、評価について月に1回話し合う、と伺っていましたが、このことですか。

A16 そうですね。例えば、6年生の評価は、6年担任と専科の私の他に、体育を担当する5年担任が加わった3名で話します。6年の担任は5年の音楽と家庭科も担当しますから、5年の評価を話し合うのも同じ3名です。
 月に1回話し合うようになったのは2学期になってからですね。1年目の1学期は、先が見えないうちに学期末になってしまい、いろいろ重なってしまって大変でした。それで、2学期からは少しずつ進めるようになりました。
 

■See =慣れれば楽になる=■■■

見通しが立って安心

Q17 今年は2年目ですがどうですか。

A17 慣れるとずいぶん楽になります。1年目はとにかく先が見えませんでしたが、今年は「そろそろ入力をお願いします」と声をかけることもできるようになりました。また、授業中や日々の子どもたちの様子から「いいとこみつけ」を記録していますが、1年目はどう書いたらいいのか苦労しましたが、2年目になると、文章が頭に浮かぶようになりますね。

Q18 学力検査の手ごたえはいかがでしたか。

A18 1年目の学年末に標準学力検査をやって、自分たちのつけてきた評価も検証しましたが、結果はほとんど一致していました。一部では、我々がつけた評価の方が厳しい結果がでているところもあって、1年間やってきて、これでよかったんだ、と自信が持てました
 今は保護者の方には見せていませんが、これなら通知表ではわからない順位が知りたいという方に見せてもいいかな、と考えています。

Q19 今年度は先生も異動があったようですが、研修などは変わりましたか。

A19 さすがに今年は研修もやっています。でも、去年1年間やったことを伝える形なので、そんなに大変ではないです。
 

どんなことでも最初は大変。やりきるしかない。

Q20 2年目になってかなり落ち着かれたようですが、1年前のご自分をふりかえってどう思われますか。

A20 当時は難しいとか、大変だとかいうよりも、やりきるしかない、という気持ちでした。通知表は年度の途中で変えるわけにはいきません。始めたからには後戻りはできないのです。保護者に対しても新しい通知表のよさを伝えて、何とか理解してもらおうということばかり考えていました。
 いいことばかりのようにお話してしまったかもしれませんが、どんなことでも最初は大変です

【Q&Aを終えて】
 「どんなことでも最初は大変です」という最後の一言に、見通しの立たない中でやれることをやりきった1年間への静かな達成感を感じました。
 新しいことに取り組むときに、十分な環境が整うことはまずありません。新しいことに取り組む推進役は、それまでの経験や身につけた技術や知識を生かしながら、先が見えるのを待つのではなく「やりきるしかない」と顔を上げて前に進める「思い」の強さなのかもしれません。
 
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(2003年12月1日)

後藤真一さんcolumn3_title.gif

●後藤 真一
(ごとう・しんいち)

教育コンサルタント。教材出版社で中学校向け教材作りに16年間たずさわった後、独立。学校と地域や専門家をつなぐ「学校の裏方」をめざす。現在は、学校現場を歩き、自分を磨く修行の日々を送っている。岡山県在住。