愛される学校づくり研究会

★人間には誰にも知的好奇心があります。仕事のため、趣味のため、実益のためなど、様々な目的で我々は学びます。学校のころから勉強が好きだった人も、社会人になってから学ぶ楽しさを感じた人もあるでしょう。ここでは、その楽しさを感じることになったきっかけを振り返り、学ぶことの楽しさを教えてくれた人やことについて紹介します。

【 第13回 】学級通信に実践を書く
〜初任者研修指導員 中林則孝〜

この30年間ほどはいつも通信を200枚前後発行することが常となっています。学級通信、職員室便り、学校便り、そして初任者通信と、目的や配布対象は変化しつつも、ほぼ毎日、通信を作っています。それは私の日常となっており、何ら負担に思うことはありません。
 4年前に退職した時はさすがにこれで通信を書かなくなるのかなと思いました。でも、幸い初任者研修指導員をさせていただくことになり、発行部数こそ少なくなったものの初任者研修通信を発行し続けています。私が配った通信「教室はドラマ」を4人の初任者がじっと見入っている様子を見ると、続けることに価値を見いだしています。時にはマーカーを持って読んでいる初任者もいます。
 私の通信を見てよく聞かれることがあります。「毎日ですか」と「1枚作るのにどのくらいの時間がかかりますか」というものです。1枚の作成にかける時間は30分から60分です。今は初任者に指導する内容を文書化するだけですから、学校便りを作るよりもはるかに手間がかかりません。

私がこのように日常的に通信を作るようになったのは決定的な転機があります。教員になってから4年間は学級通信は年間に十数枚でした。内容は行事中心です。意義を感じないまま作っていたように思います。30年以上前のことです。
 そんな折り、ふと目にした「アチャラ」という変なタイトルの学級通信。書籍のタイトルは「学級集団形成の法則と実践」という堅苦しいものです。中身は向山洋一先生の手書きの学級通信が印刷されているだけです。解説はなく前書きと後書きだけ。「アチャラ」という学級通信の実物がそのまま印刷されているのです。
 衝撃でした。授業のことを担任の目から見事に描写しているのです。向山先生が法則化運動を立ちあげようとしている時期でした。

向山先生の学級通信を知った1カ月か、2カ月後には私の通信からはカットや時候のあいさつはなくなりました。発行回数も増えていきました。小学校教員として数年の経験を持ち、30代になっていた私はもしかするとこのような学級通信への潜在的な欲求があったのかもしれません。一気に「授業のことを書く通信」に傾倒していきました。
 学級通信でありながら保護者のためというよりも自分自身のために作っているような気持ちでした。授業を記録し、それを通信紙上で公開することの楽しみを知りました。当然ながら保護者からは「教室のことがよくわかる」と好評でした。
 授業のことを学級通信に書くようになると、いい循環が生まれます。研究会や教育書から情報を得てそれを学級で実践するようになりました。実践を書いた学級通信を研究会などに持って行くようにもなりました。研修に対して積極的になっていきました。

今日、文書などの情報はデジタル化されることが多くなっています。電子書籍も一般的です。ブログのようにWEBでの情報共有も日常化されています。私はそういったデジタル情報の利用には関心がありますが、同時に紙の印刷物、つまりアナログ情報の価値は下がることはないと思っています。印刷物は一覧性や書き込みの手軽さにおいてはデジタル情報よりも使いやすいです。ネットがこれだけ普及しても、宅配新聞の制度が壊れることはありません。
 「通信」は教育実践の中では必須ではありません。しかし、HPが学校経営の有力なツールであるように、「通信」は私にとってはなくてはならないツールとなっています。そのきっかけが「アチャラ」でした。

(2015年5月25日)

学ぶ楽しさ

●中林則孝
(なかばやし・のりたか)

1951年生まれ。初任者研修指導員。一輪車が小学校に普及し始めた頃、練習を継続すれば大半の児童が一輪車に乗れるようになることを知り、「練習量が、ある時、質に転化すること」を実感する。初任者研修では、スローガンや方向性だけではなく、子どもを念頭に置いた具体的な指導を心がけている。