愛される学校づくり研究会

★新教育コラム「出会いこそが教師をつくる」開始にあたって

 だれしも、教師人生に変化をもたらした、心に残る出会い(人、物、出来事など)があるといいます。このコラムでは、その出会いについてリレー方式で語っていただきます。

【第10回】10年ぶりの独り言「ご覧のスポンサー…」
〜群馬県太田市立城東中学校 塚田直樹〜

「ご覧のスポンサーの提供で、お送りしました」
 先日、教え子のS君が発するこの言葉を10年ぶりに耳にすることになった。
 市内の養護学校に務めていた先生方が、月に一度開催している"余暇活動"の「走ろう会」でのことだ。年度初めに声をかけていただきながら、顔を出すことができたのが年明け。市内運動公園のトリムコースで、会の皆さんとジョギングをやっと楽しむことができた。

S君はいわゆる「自閉症児」。当時初めて特別支援学級の担任になった自分は、専門知識がなく、日々彼らに"試行錯誤"のかかわりを重ねていた。その一つに、太り気味だったS君の運動不足解消を意図して、学校のそばを流れる川岸を走るジョギングを始めた。
 S君にとっては苦手な活動。途中で走るのを止め動こうとしなくなってしまうこともあった。しかし、偏った熱意でともかく継続することが大切と思い込んでいた自分は、工夫もせずに一方的に決めた距離を根気強く走り切らせた。
 近所の方から「頑張って〜!」と優しく声をかけていただくことが多かったが、S君が泣きっ通しの時は"虐待"を疑われても仕方ないと思えるほどだった。この時、涙したS君が辛そうに口にした言葉が、「ご覧のスポンサーの提供で、お送りしました」だった。
 しかし、彼の発するこの言葉の意味を私は理解できていなかった。

「無知は罪」である。自分は「自閉症」という障がいの特性を全く分かっていなかった。今なら、S君に長い距離をいきなり走らせたことが、「麻酔なしで長時間手術をされることになった」ことと同様の辛さだったと想像することができる。走らせることは悪いことではない。しかし、彼のような困難を持つ子には特に段階的な指導が必要なのだ。

話を「走ろう会」に戻す。S君のお母さんから、コースの周回について「今日は、5周一緒にお願いします」と言われていた。自分はそのつもりで走っていたので、彼に4周目に「終わり」と言われ、空かさず「もう一周!」と声をかけてしまった。その応えが、「ご覧のスポンサーの提供……」という苦い思い出の≪言葉≫だった。

コミュニケーションが苦手なS君は、TV番組を楽しく視聴した後に耳にした「ご覧のスポンサーの……」という言葉を口にしていた。恐らく<楽しい時間が終わりました>という意味で使っていたのだ。少ない語彙しか持っていないS君のこの言葉を≪もう終わりにして!≫という辛い思いを訴える表現手段に、自分が換えてしまっていたのだ。

このことに気づかせてくれたのが、「特別支援」という新しい教育だった。具体的には、横須賀市の久里浜にある「国立特別支援教育総合研究所」での長期研修だ。
 特に、研修中に発足することができたメーリングリスト「特別支援教育ネットワーク」へご参加くださった皆さんとの情報交流が、現在でも自分の学びの大きな支えになっている。
 S君をはじめ、「特別支援」を通じて知り合うことのできた多くの方々との交流が、私の教師人生に幅を持たせてくれている。感謝の念に堪えない貴重な経験である。

(2013年2月18日)

出会いこそが教師をつくる

●塚田直樹
(つかだ・なおき)

太田市立城東中学校・教諭。群馬県公立小&中学校教員として25年目。専攻は保健体育科ながら特別支援の担当経験が増え、現在も特別支援教育コーディネーター業に尽力中。「鍛える」というキーワードから野口芳宏先生に師事し、授業道場野口塾ネットワークの管理人を自主的に任務。校外では、地元NPOでトイレ掃除を実践し、市内の体操教室で小学生を指導する一方、自身の体力低下を防止中。