愛される学校づくり研究会

黙さず語らん

★このコラムは、「小牧市教育委員だより」での副島孝先生(前小牧市教育長)の発信を楽しみにしておられた皆さんからの要望で実現しました。「これまでのように学校教育や現場への思いを語り続けてください」という願いをこめて「黙さず語らん」というタイトルにしました。

【 第60回 】『「超」入門 失敗の本質』を読む

名著とされている本は少なくありません。実際に読んでみると、さすがと感じさせられることもしばしばですが、どうしてこれがと思うことも珍しくありません。その中で『失敗の本質』(以前ダイヤモンド社版で読みましたが、現在は中公文庫から出ていて入手しやすくなりました)は、私の中では「さすが」に分類される本でした。 

これは後から知ったのですが、著者の中には経営論・組織論・リーダーシップ論などの研究で名高い、野中郁次郎氏も含まれています。今回読んだのは、その『失敗の本質』の解説書である『「超」入門 失敗の本質』(鈴木博毅、ダイヤモンド社)です。こんな解説本ではなく原著を読むことが大切だという主張はよくわかります。しかし本書を読むと、『失敗の本質』の意義を理解しやすくなるのは確かです。これは良い解説書の条件でもあります。

『失敗の本質』は、ノモンハン事件、ミッドウェー作戦、ガダルカナル作戦、インパール作戦、レイテ海戦、沖縄戦という、6つの作戦での日本軍の組織論を分析した本です。なぜ敗れたかを、国力の差ではなく、作戦や組織による「戦い方」から分析しています。物量の差や一部のリーダーのせいにするのではなく、そういう誤った判断を許した日本軍という組織の特性を明らかにすることが目的です。読んでいると、「現在の日本も同じだ」「自分の属している組織でも同じだ」と思わせる力を持った本です。

その解説本である本書は、7つの視点を設定します。(1)戦略性:戦術や体験的学習を超えるもの (2)思考法:練磨と改善からの脱却 (3)イノベーション:既存の指標を覆す視点 (4)型の伝承:創造的な組織文化へ (5)組織運営:勝利につながる現場活用 (6)リーダーシップ:環境変化に対応するリーダーの役割 (7)日本的メンタリティ:「空気」への対応とリスク管理、の7つです。これで原著が、ずいぶん理解しやすくなります(反面から言うと、著者の論理の枠でのみ考える危険性も生じますが)。

本書は基本的にはビジネス書の範疇の本ですので、『失敗の本質』をビジネスでの勝敗に結びつけており、教育の話は全く出てきません。だからこそ私は、教育の世界を思い浮かべながら本書を読みました。特に注目したのは、著者が日本企業の発展期を支えた「体験的学習の文化・習慣」にとても批判的であることです。

日本人の組織は体験的学習の積み重ねによる体得(偶然の発見)を重視し、その全面展開を繰り返してきたが、その成功が長続きしないのは、その成功を生み出した戦略の核となる要素を特定する「システム思考」的な思考がなかったからだ、というのが著者の見解です。次のように書かれています。猛訓練で達人的な技能をもつ兵士を育成するというプロセス改善の重視は、努力至上主義や精神論と結びつきやすい。日本人と日本組織の中には過去に発見されたイノベーションを単なる形式としてだけ伝承し、当時なぜ成功を収めることができたのかという「勝利の本質」がまったく組織内に伝承されていない。このような耳の痛い指摘も多いのですが、当たっている点が多いように感じます。

もうひとつ注目したのは、リーダー論です。居心地の良い組織としての平和時の日本軍人は、「思索せず、読書せず、上級者となるに従って反駁する人もなく、批判を受ける機会もなく、式場の御神体となり、権威の偶像となって、温室の裡に保護された」そうですが、リーダーと呼ばれる人には、常にその危険性があります。また、日本独特の「空気」も、本質的な議論を避ける働きをします。著者は方向転換を妨げる要素として、(1)多くの犠牲を払ったプロジェクトほど撤退が難しい (2)「未解決の心理的苦しさ」から安易に逃げている (3)建設的な議論を封じる誤った人事評価制度 (4)「こうあってほしい」という幻想を共有する恐ろしさ、の4つをあげています。

だからこそ、リーダーは最前線を自分の目と耳で確認する必要がある、と著者は力説します。(1)情報が階層にフィルタリングされて、歪んだ形でしか伝わってこないことを避ける (2)決定権者が最前線の問題を直接知ることで、改善実施のスピードが段違いに速くなる (3)誤った情報を基に、不適切な対策を続けている状態を見破る機会となる (4)問題意識が一番鋭い人物が現場に足を運ぶことで、新たなチャンスを発見する (5)現場のスタッフとの意思疎通と、最前線の優れたアイデアをトップが直接検討できる、という5つのメリットがあるというのです(もちろん、それだけの判断のできるリーダーが、という条件はあるでしょうが)。

過去の作戦を検討する戦史研究と同様、本書でも現時点で明らかとなったビジネス事例を基に解説しているので、現実の現場の問題はそんなに都合よく整理されているわけではないぞ、と反論したり居直ったりすることはいくらでもできます。しかし、時には他の分野の本を読みながら、教育の世界はと思いを巡らすことも無駄ではないと考えます。そして、解説本には飽き足らず、原著を読んでみようという気になれば、もっと意義があることでしょう。

(2012年9月17日)

副島 孝

●副島 孝
(そえじま・たかし)

1969年から教員生活をスタート。小学校教諭11年、中学校教諭(社会科)10年、小牧市教育委員会指導主事、小学校の教頭校長や愛知県教育委員会勤務を経て、小牧市教育委員会の教育長を2001年から2009年まで8年9か月務めた。小牧市教育委員会のホ−ムページで「教育委員だより」、郷土文芸誌「駒来」に「乱読日録」を連載するなど、原稿に追われる毎日であった。2009年4月から2年間、名古屋大学教育学部大学院で、教育方法学を学んだ。授業実践と研究の両方の楽しさ厳しさを知る立場から、現在は愛知文教大学教授を務めるかたわら、小中高等学校での現職教育の支援をしている。