愛される学校づくり研究会

黙さず語らん

★このコラムは、「小牧市教育委員だより」での副島孝先生(前小牧市教育長)の発信を楽しみにしておられた皆さんからの要望で実現しました。「これまでのように学校教育や現場への思いを語り続けてください」という願いをこめて「黙さず語らん」というタイトルにしました。

【 第41回 】今年もWALSに参加

今年も非力(特に英語の)を省みず、WALS(世界授業研究学会)2011で発表しました。不思議なもので一度経験すると、それなりに度胸がつくものです。今年はせっかくの国内(東京)開催だからと、(かなり強引に説得をして)小牧からも何人かの先生に発表(もちろん英語で)してもらいました。国内で開催される(つまり日本人の参加者が多数の)学会なのに、英語が共通言語であるのは不思議な感じですが、これが現在の言語の姿なんだろうなと納得もします。

今回は主催側にも知り合いが多く、同じ発表セッションにも仲間が多くいました(これも前回との違い)。小牧からは私たち(米野小の杉山先生と星城大のアラニ先生)が事例として発表した米野小学校のほかに、北里中学校からも安藤校長先生と林先生が発表しました。北里中の取組は、今後多くの学校で参考になる創意にあふれたものです(もちろん、なかなか軌道に乗らなかった数年間の苦労があったからでもありますが)。

私たちの発表は、教師の授業観の変容をテーマとしたものです。授業観をどう捉えるか、事例校での授業研究の方法、実践されている授業の例、先生方へのアンケート、それに36号にも載せた他校へ異動した先生方へのアンケートとインタビューにより、授業観はどのように変わるのか(あるいは変わらないのか)を考察したものです。米野小の研究主任(まだ30歳という若さ)、米野小のこれまでの推移を知る者(つまり私)、そして教師の授業観の研究者(アラニ先生)という組合せは、このテーマにはピッタリで、かなり満足のいく発表ができました。

授業研究の長い伝統を持つ日本で開催されたのですから、1日目は日本の授業研究について、歴史的変遷とともに話し合われました。シンポジウムの日本人パネリストはよく知っている方ばかりでしたので、キャサリン・スミス先生の「算数の授業で日本の教師が当然のように行っている、間違いも含めた子どもたちの幾つかの解き方がどういう考えから出てきたのかを考えさせる授業が、アメリカの研究者や教師に衝撃を与えた」という話が非常に参考になりました。異質なものに出会うことにより、これまでの固定概念が揺さぶられるという実例です。

ところで、16カ国から400人もの参加者が集まった授業研究学会ですが、参加者の授業研究に対する捉え方は一様ではありません。研究発表やシンポジウムでは、その国の状況や課題により、さまざまに問題意識が異なることがわかります。東南アジアの国々(その中でも違いは大きいのですが)からの、学力や評価と絡めた、こんな数字的根拠(エビデンス)があるという発表に対し、日本からは事例を基にした質的な研究(最近よく言われるナラティブな研究)が多いように感じました。

東南アジア諸国では、「教員養成や学力向上に結びつく授業研究を」という現実的要請があるのでしょう。それに対し、日本では、子どもたちの学習意欲を高めることが現実の課題となっています。日本人参加者の中からは、「授業研究の方法論や進め方は語られているが、教室で起きている学びの事実についての具体的な語りが足りないのでは」という声も聞かれました。

月曜日には勤務のある多くの日本人は土曜日曜2日間の参加だったようですが、私はフリーターの気安さで3日目の学校参観にも参加しました。訪れたのは東京大学附属中等学校です(他の参観校は浜之郷小学校と筑波大附属小学校)。中高一貫の学校ですが、いわゆるエリート校ではありません。「10年に1人くらい東大入学者が出る」という説明には、隣の外国人から「1年に10人の間違いではないか」と尋ねられるくらい反響がありました。遺伝と教育との関係を研究する目的で双生児を集めている(スライドでは50名ははるかに超える在籍)という説明も、同様に参観者の興味を引きました。

「国公立大学への進学者は10%程度で、就職者もたまに出る」というお話でしたが、授業はとても参考になるものでした。6年前から授業研究に取り組んでいるとのことで、どの教室もコの字やグループの机配置で、生徒たちの表情がよく、積極的に授業に参加している姿には感心させられました。教材に何を、どんな角度から取り上げるか、という授業者の問題意識が伝わってくる授業ばかりでした。学びの質が問われている現在、とても参考になる学校を参観できて幸いでした。

こういう学会に参加していると、日本中の全ての学校で効果的な授業研究が熱心に行われているように思われがちですが、実際にはそのような学校は決して多くありません。世界中の教育関係者から熱い目で見られている日本の学校や教師が、国民の目からはどのように見られているのか、また現実にはどのような方向性をもって教育に取り組んでいるのかを、考えさせられる機会でもありました。

(2011年12月5日)

副島 孝

●副島 孝
(そえじま・たかし)

1969年から教員生活をスタート。小学校教諭11年、中学校教諭(社会科)10年、小牧市教育委員会指導主事、小学校の教頭校長や愛知県教育委員会勤務を経て、小牧市教育委員会の教育長を2001年から2009年まで8年9か月務めた。小牧市教育委員会のホ−ムページで「教育委員だより」、郷土文芸誌「駒来」に「乱読日録」を連載するなど、原稿に追われる毎日であった。2009年4月から2年間、名古屋大学教育学部大学院で、教育方法学を学んだ。授業実践と研究の両方の楽しさ厳しさを知る立場から、現在は愛知文教大学客員教授を務めるかたわら、小中高等学校での現職教育の支援をしている。