愛される学校づくり研究会

★このコラムは、ベテランの先生方によるリレー方式のコラムです。先輩教師として若い先生方に、「こんなことをしたらうまくいかなかった」といった失敗談を語っていただきます。

【第48回】牧野暢二 先生
 「今、優先することは?」

私が30代半ばで、小学校3年生の担任をしていたときのことです。2学期の終業式を迎え、明日から冬休み、午後は私用があったため、年休をとることにしていた日の出来事です。

終業式に続いて、学級での活動も終了し、下校まで30分間ぐらい余裕がありましたので、子どもたちが大好きな『いす取りゲーム』をやることになりました。
 クラスは30人程度、大盛り上がりで楽しみました。だんだん人数が減り10人ぐらいになったところで、1つのいすをめがけて2人の男子が手を伸ばしました。このときの子どもたちには、イスを取るときに、近くのいすはおしりから座って取りましたが、少し離れた場所のいすは、走り込んで手を伸ばし、手が下にある子が取ったことになるというルールがありました。
 A男は左から、B男は右から手を伸ばしました。A男が瞬間早くいすを占拠しました。いす取りゲームではいつもの光景でした。いすを取れなかったB男が、左手をさすっていたのは目に入りましたが、これもよくあることでしたので、気にしませんでした。

楽しくゲームが終わって、さあ下校というときにB男が、「先生、手が痛い」と言いながら、左の腕をさすっています。「あー、さっきの。大丈夫だよ。ちょっと当たっただけだったよね。治る、治る」と言ってやるのですが、B男は「うーん」と言っています。大げさにして子どもを不安にしてはいけないという気持ちと、「午後の予定」が気になる私は「大丈夫!」と言いながら子どもの顔を見ました。それでもやはり痛そうにしています。そこで、養護教諭に診てもらうことにしました。
 養護教諭は、「打撲だとは思うけれど、念のため病院へ行った方がいい」とのこと。私はちょっとイスに強く手をついただけだと思うのですが、養護教諭は病院へと言うのです。
 このとき大きな葛藤がありました。実は「午後の予定」が気になって仕方がないのです。母親に連絡して病院へ連れて行ってもらえないか、そんな甘えが生まれました。さっそく電話で母親に事実を話しましたが、仕事が忙しくて行けないとのことでした。当然です。こちらで連れて行くべき問題です。今思えば恥ずかしいことです。

しかし、そのときの私の頭の中は、「打撲だから大丈夫」という思いが強くありました。そこで、もう一度、養護教諭に相談しました。「打撲だと思うから、湿布でいいと思う。でも、病院には行った方がいい」とのことでした。
 ここで、(今思えばようやく)「午後の予定」をキャンセルしたのです。頭の中がすっきりしました。キャンセルした瞬間に非常に冷静になったのを覚えています。当然、病院へ行くべきだと思うと同時に、もっと早くキャンセルという判断をすればよかったという思いでした。

病院へ行き、診察を受けると、なんと骨折をしていました。自分の判断の甘さを思うと共に、子どもに申し訳ないという気持ちでいっぱいになりました。しかし、唯一の救いは、判断は鈍ったものの病院で診てもらったことでした。
 診察が終わって、ギブスで固定した腕を見せながら「先生、もう痛くないよ」と言ってくれたB男の笑顔は今も忘れません。この出来事は、その後の自分の判断基準になっています。

(2011年9月26日)

失敗から学ぶ

●牧野暢二
(まきの・ようじ)

昭和60年4月より新城市の小学校で教員生活を開始。小学校16年勤務後、愛知教育委大学附属養護学校、新城市教育委員会指導主事を経て、本年度より鳳来西小学校の教頭をしている。初めてのへき地校勤務で、地域の学校として「愛される学校づくり」に力を注いでいる。鳳来西小ホームページでも地域と共に作る教育を発信中。