愛される学校づくり研究会

★このコラムは、ベテランの先生方によるリレー方式のコラムです。先輩教師として若い先生方に、「こんなことをしたらうまくいかなかった」といった失敗談を語っていただきます。

【第43回】衞藤義隆 先生
 「ある日のお楽しみ会のこと」

教員3年目、5年生の担任をしたときのことです。
 月に1回のお楽しみ会、その当時、子どもたちに最も人気があったのは、体育館で行う宝とりゲームでした。
 このゲームは、私が他のゲームをもとに考えたオリジナルゲームです。体育館の対角線の角にマットをそれぞれ2枚ずつ長方形に敷き、宝に見立てたボールを置きます。中央あたりにマット2〜3枚を適当に置き、それが島になります。両脚をついていいのはマットの上だけ、後は片足けんけん状態で立っていなければいけません。両脚を地面についたり、転んだり、脚をかえたりした人は、捕虜として敵陣に捕まり、味方にタッチされないと復活できません。島を占領しながら優位にゲームを進めた後、敵陣に突入してボールを奪い、ボールをパスしながら味方の陣地まで持ち帰ったチームが勝ちとなります。とっくみ合いや押し合いがあり、クライマックスでは作戦を立てて敵のガードを強行突破するという、体力・知力やチームワークが要求され、また運動量も多い、すごくエキサイティングなゲームです。

その当時の私は25歳、こうしたお楽しみ会には、子どもたちに誘われるまま、いや、誘われなくても、当然ゲームに参加します。
 その時のクラスで、このゲームが一番上手だったのは、体格がよく運動神経抜群の女の子でした。男子数人がかりでも倒せないバランス感覚をもち、すばらしい判断力で仲間に的確な指示を出しながら、敵のガードを巧みにかわしてボールを持ち去ります。彼女があまりに強いので、私はいつも彼女と反対のチームに入ることが暗黙のルールとなっていました。
 この日も、最初は子どもたちに付き合う程度にゲームに参加していましたが、何度やっても彼女にしてやられてしまい、私のチームが勝てません。だんだん私も本気になってしまい、いつしかチームのリーダーとなっていました。そして、私の指示のもと、私を含めた男子が一斉に彼女に総攻撃をかけたのです。さすがの彼女も、十数人の男子に囲まれては勝負になりません。彼女は倒されてみんなの下敷きになり、押しつぶされてしまいました。「やった」と思った瞬間、彼女は泣き出して体育館を出て行ってしまいました。私は後を追いかけましたが、泣きじゃくった彼女は何も話してはくれませんでした。せっかくのお楽しみ会もこれで中断、後味の悪いことになってしまいました。
 肉体的な痛みだけでなく、たくさんの男子に抱きつかれて倒され、それを命令したのは先生だったということで、すでに女性的な体つきになっていた彼女は、どれほど精神的にも傷ついたことでしょう。放課後、私は彼女の家を訪ね、彼女と彼女の保護者に謝罪しました。
 翌日、彼女は明るさを取り戻して、元気に登校してくれましたが、あれほど子どもたちに大人気だった宝とりゲームは、この事件をきっかけに下火になってしまいました。

子どもたちの輪の中に入ることは大切ですが、同化してしまってはいけません。今振り返っても、本当に大人げなかったなあ、彼女に、そして子どもたちに申し訳なかったなあと反省しています。

(2011年4月25日)

失敗から学ぶ

●衞藤義隆
(えとう・よしたか)

26年間の教員生活のうち、社会教育主事として2年、中学校で3年勤めた以外、教員生活のほとんどを小学校教諭として過ごす。専門は理科だが、本当に好きなのは音楽や体育。楽器演奏が得意で、管・弦・打・鍵盤、何でもこなすマルチプレーヤーとして、時々フォークやカントリーを中心にコンサート活動を行う一方で、アイドルのコンサートにも出没する変わり種。また、スクーバダイビングやスノーボードなどアウトドアスポーツも楽しみ、特にスノーボードはワンメイクジャンプで骨折するくらい大好き。「常識にとらわれず自分の思うままに生きる」をモットーに、教員には似つかわしくない、自由奔放な生き方をしている。そのため、家族や同僚のみならず、子どもたちや保護者からも変人扱いされることも多い。