愛される学校づくり研究会

★このコラムは、ベテランの先生方によるリレー方式のコラムです。先輩教師として若い先生方に、「こんなことをしたらうまくいかなかった」といった失敗談を語っていただきます。

【第37回】赤田 由起江 先生
「どうして私の思いが伝わらないの・・・」

私は新任教師として、各学年が10クラスもある大規模校へ赴任しました。小学生の頃から「ハンドボールを続けたい。そして、オリンピックに出たい」という夢があり、それが、教員になった大きな理由でもありました。

指導を希望する部活動の願いを聞いてもらい、念願のハンドボール部女子の顧問になりました。1〜3年生合わせて、40人を超える部員はいたものの、練習に活気はなく、部活動以外の場面で、先輩が後輩を呼び出し指導するという状態でした。

「私なら、絶対にこのチームを強くできる。私が今までにやってきた練習をすれば、全国大会だって夢じゃない」と、自分の力だけを信じ、指導力を上げることも考えず、情熱だけで取り組もうとしていました。今思えば、井の中の蛙でした。

初の練習日、張り切ってコートへ向かいました。全員を集合させ、「勝ちたいか」と聞くと、全員から「勝ちたい」という声が返ってきました。「練習は厳しいが、ついて来られるか」と聞くと、「はい」という力強い声も返ってきました。
 さあ、私が目指す部活動づくりの開始です。自分がやってきた練習ばかりをやり続けました。休みの日は、もちろん1日練習を組み、生徒指導にも目を光らせ、「私の後について来い」状態で、とても充実した日々でした。

半年が過ぎた頃、キャプテンが「話があります」と私の元へ来ました。コートへ行くと、全員が集まっていて、キャプテンが「私たちは強くなりたい。厳しくてもついて行くと言いました。でも、もう強くならなくてもいいから、練習を元に戻してください」と、訴えてきました。

私は、いったい何が起こったのか、まったく状況が理解できませんでした。
 「こんなにやってあげているのに、どうして私の思いが伝わらないの・・・!」
 悔しい気持ちになりましたが、それを抑えながら、何とか1年を過ごしました。「あの子たちに何か伝えることはできたのだろうか」と、今でも苦い思い出として残っています。

その後、外部へ出かけて指導方法を教えてもらったり、試合のビデオを生徒と観たり、ミーティングを行ったりしていくうちに、自然と生徒が変わっていくのを感じるようになりました。生徒たちがついてこなかったは厳しいからではなく、独りよがりな私のやり方についていく魅力を感じなかったのだと、ようやく気付くことができました。

今もそのときの教え子から手紙が届きますが、あの1年があって、今の自分があるのだと教え子たちに感謝しています。

(2011年1月24日)

失敗から学ぶ

●赤田由起江
(あかだ・ゆきえ)

昭和61年、教員生活スタート。中学校教諭11年、小学校教諭12年、平成21年度より美和町教育委員会(現あま市教育委員会)学校教育課指導主事。専門は保健体育。小学校のときにハンドボールに出会い、親から、「そんなにボールばかり追っかけて、おかしいのではないか」と言われたほど。何事にも首を突っ込み、悩みを抱えてはまわりに助けてもらっている。