愛される学校づくり研究会

【第5回】涙&爽やかな別れ

1年を振り返ると、様々な場面を通して、学級担任や教科担当のクラスの生徒たちの個性がよくわかってくる。だからこそ、最後に思い出に残る卒業式や別れの会にしてあげたいと考えるのは、当然のことかもしれない。私自身、今回で小学校2回、中学校6回目の卒業生を送り出すことができる。それぞれに苦労の絶えない1年だが、卒業式が終わると、在校生がいる中で誰もいない教室で後片付けをしたり、職員室で給食を食べたりしていると、妙に淋しい気持ちになる。

 以前、卒業式の後の門出の会で、ある学級のほぼ全員が涙を流して生徒昇降口から出てきたことがあった。式の後、私は思い切ってその担任の先生に「学級の時間をどのように過ごしたのでしょうか」と質問した。その先生は快く話してくださり、それが今の自分には、大きな宝物となっている。以下、卒業式の1日を述べてみたい。
 

(1)卒業式の朝は、黒板に詩が書いてある

別れであり、かつ旅立ちの日だから、それにふさわしい詩を前日のうちに黒板に書いておく。例えば、私のお気に入りは次の詩である。


優しさと連れ立って
歩いていこう
泣いている石に出合ったら
そっと拾って
ポケットに入れていこう
尻尾を下げた
子犬に出合ったら
抱き上げて
涙を拭いてやろう

無闇(むやみ)に楯(たて)つく若さなら
見えないことばで
受けとめて
風が星座に点(とも)した灯(あかり)を
指差して
星の鼓動を聞かせてやろう

こうして ゆっくり
歩いて行こう


(中日新聞の投稿より)


喜びが集まったより
悲しみが集まった方が
幸せに近い気がする

強いものが集まったより
弱いものが集まった方が
真実に近い気がする

幸せが集まったより
不幸せが集まった方が
愛に近い気がする

さようなら
 
 
 
 
 
 

 
   


(2)贈る言葉を読んで1年を振り返る

最後の学級活動の時間ではあるが、通知表や卒業証書、諸文書を渡したりしていると、担任の1年の思いを伝える時間はわずかしかない。そこで、以下のように、1年を振り返りながら、一人ひとりの子どもたちに良さと今後の期待を文章にしたものを印刷し、読み上げる。15〜20分かかるが、読んでいるうちに涙がこみあげてくる。下を向く男子や目を真っ赤にして聞いてくれる女子の姿を見ると、この学級を担任してよかったなあと、ますますうれしくなる。

 中学校の担任が自分にとって最後の先生になる生徒もいる。たびたび、「バカモノ!」と叱られてきた生徒は、この日になって懐かしさや寂しさを紛らわすかのように「先生一緒に写真とろう!」と声をかけてくれる。保護者の方からお礼を言っていただけたり、目を合わせてお辞儀されたりすると、すっかり1年の疲れが吹っ飛ぶ。この裏には、私がかつて飛び込みの中学3年生担任の時、不登校気味であまり関わることが少なかったある生徒が、ガムをかんで卒業式に臨んだことに対する悔しさが根底にある。それは、1年間真剣に向き合えなかった自分の問題であろう。二度とこんな思いはしたくない。感動の卒業式にしたい。別れたくないけど、「さあ、明日に向かって羽ばたけ!」と背中を押してやるのが、最後の担任の仕事だと思っている。


3年1組のみなさんへ

贈る言葉

みなさんと過ごした187日、そして平成14〜16年度までの3年間。今となっては、一瞬のできごとのように感じますが、実にいろいろな思い出ができました。

 平成元年・2年生まれのみなさんと、1年生の時、私は1年5組の担任として出会いました。『雪の祭』を歌う姿、社会科の予習プリントや歴史重要語句に取り組むあどけない制服姿が印象に残っています。

 2年生では、2組の担任として関わりました。園児たちと楽しそうに遊んだり、行事を通してぐんぐんと成長する頼もしさに手応えを感じていました。何と言っても、スキーの生活で用意された昼食が足りなくなったり、朝一番でゲレンデに行き、インストラクターの指導の1時間前から、スキーをしたりしたことには驚きました。

 そして、3年生。4月7日(水)1組36名と対面。元気が良く、授業を担当される先生方から「反応が良すぎて、授業がおもしろいけど、計画的に進まない」との声をちらほら耳にしました。でも、学級目標の「雑草&ひまわり」は1組を象徴する言葉だったと思います。給食の準備・片付けはほとんど注意したことがありません。それに、1・2組合同で取り組んだ『桃花台百話』は良いキーワードになりました。ふるさとを思う気持ちは、年が経ち、ふるさとを離れた時ほど強くなります。70ページの薄い冊子かもしれませんが、私たち共通の宝物です。「地域に貢献し、一生に一度くらいは本を作ることができた」という達成感(efficacy)を、皆さんと味わえたことで、私は喜びの気持ちでいっぱいです。

 入学のころ、みなさんの学年は決して良い雰囲気とは言えませんでした。そこで、私の打ち出した3年間のモットーは「大部屋の公理」と「人として接して何ぼ」。この2つです。これらを実行するには、「すなお(健やかに 和やかに 穏やかに)」を日ごろ心がけている自分にとって、大変エネルギーが必要でした。"自分勝手な言動は大嫌い""先生という立場をはずしたら、生徒はどれだけ自分を信頼してついてきてくれるだろうか"−この言葉を時折自問自答しながら、みなさんの前に立っていたような気がします。卒業前にもらった担任への手紙には、このことをわかってくれている文面がたくさんあって、何度も読み返しました。うれしかったなあ…。HG賞(「光ヶ丘グランプリ」…私は「光る原石」の略と思っている)は、まじめにきちんとやっている人、伸びようと努力している前向きな人を認めたかったという私の願いです。36名がそれぞれこの先どこかでがんばっていることを、きっと認めてくれる人がいます。迷ったら、正しいと信じる道を歩んでください。


 では以下、1年を回想しながら、一人ひとりへのメッセージとします。少し長くなりますが聞いていてください。

 3年間のうち、2年間担任をした生徒が男女4人ずついます。I君、K君、N君、M君、Iさん、Uさん、Kさん、Mさんです。

I君は東尾張地区では3本の指に入るGKでした。なかなかGKに恵まれなかった光中では貴重な守護神です。好きな数学や理科はもちろん、受験期になって苦手な教科にもチャレンジしていました。GKのコーチングの中で「チャレンジ」を認める言葉は、仲間に勇気を与えます。 今後もチャレンジ精神で壁を乗り越えていってください。
K君は工業への道を決めた1年でしたね。1年生のころは人あたりが良く、「朗らか」という言葉がピッタリする生徒でした。K君には人一倍集中力があるので、きっと将来会社の一大プロジェクトで活躍することを期待しています。
N君は私が気心を許すあまり、「床ぶきのN」なんて申し訳ない。しかしながら、私はぞうきんがけを黙々とやっている君のひたむきさが好きです。思春期には時々自分に甘くなり、親や社会に反発することもあります。趣味であるドラム演奏とともに、自分に磨きをかけていってください。成人した時、再びユーモアを解する機会があることが今から楽しみです。
M君はスポーツ刈りの似合う男子でした。M君の視点や疑問はいい所をついています。選択理科で行った電気を通す物質の実験やペットボトル飛ばしの研究は、担当の先生から高く評価されました。私は動物番組をよく見ますが、その都度、M君は何を今追究しているのか、思い出すきっかけにしたいと思います。さらなる研究をがんばってください。
Iさんは、美術のセンスにあふれた人でした。墨ですらすらと花を描いた時、私も周りの仲間も感動しましたよ。「誰でもいいよ」「私がやろうか」といってくれる心の広さにもずいぶん助けられました。英語もできる国際派人間となって活躍することを願っています。
Uさんはバレーボールのセッターとしてがんばっていました。私もサッカーのゲームメーカーを経験したのでわかりますが、コートにいる他のメンバーやベンチが熱くなっても、セッターだけは冷静でいることを求められる厳しさがあったと思います。身近にいる人の個性をつかみ、良さを引き出すのは、保育や会社のチームワークでも同じでしょう。笑顔で「ファイト!」をモットーに前進してください。
Kさんはたびたび私の無理な頼みを聞いてくれましたね。会社を訪問したり、冊子づくりを最後までやってくれたり、本当にありがとう。思いやりのある言動は、この先も多くの人を幸せにすると思います。Kさんに「お父さん」と言われたことは、私の教員生活でも貴重な経験です。優しいお母さん、優しい保育士をめざして、健康に留意し勉学に励んでください。
Mさんは、「はーい」という返事が素敵な人でした。相手のことを理解し、自分ができることをやっていこうという姿勢は文集づくりやテニスなどさまざまな場面で見られました。Mさんは芸能やスポーツで多彩な能力を持っていますから、才能を開花させる努力を積んで、良い社会人となることを楽しみにしています。

●平成16年4月、始業式の日、最初に言葉を交わした人は、T君でした。T君は高校では甲子園をめざして練習に打ち込むと思います。はつらつとしたプレーを見せてください。また、あなたは、K・T両校長先生が名前を覚えており、かわいがられた生徒の一人でした。愛想の良さは天下一品。介護の必要な人にも優しい手を差しのべられる人となって欲しいです。
●サッカー部では、K君がU−15大会のころDFがうまくなってきたことを覚えています。長身と体の大きさを生かしたディフェンスやヘディングは、相手チームの脅威でした。左足でもボールを蹴れるようになりました。委員会の仕事に手を抜かない所が、あなたの立派なよさの一つです。いい仕事、いい成果を上げる人として活躍を祈っています。
●4月終わりから始めた修学旅行の準備でよく関わったのはSさんです。Sさんは、スキーの生活でも実行委員長を務めていたので、安心して任せられました。さらに、クラス・マスゲームの入賞は、あなたの力によるところが大きかったと思います。選曲、隊形や振り付け、教え方など、手際の良さに感心しました。これからの社会はリーダーシップのとれる女性が重宝されます。時には不安を覚えることがあるでしょうが、いいパートナーを見つけて、自分や仲間を高めていってください。

●5月、登校指導に行く途中、階段を熱心に掃除しているHさんを見かけました。I先生から、当番活動を一生懸命やるいい子だよ」とうかがっていたので、その通り。自分が納得したことは最後までやり抜く、芯の通った人だと思います。高校合格を自信にし、仕事や趣味にやりがいを見つけて幸せになってください。
●修学旅行や総合学習の班活動で、いつもつらい所をがんばってくれたのは、N君でした。バレーボール男子の主将として、最後は3位入賞の原動力にもなりました。愚痴をこぼさず、ベストを尽くす粘り強さに感心しました。今何をすべきかの判断を的確に行い、これからの人生をステップアップしていってください。
●ISOに関わる面では、S君の根気の良さが印象的です。節電や紙のリサイクルを率先垂範しました。S君は水泳部の主将として、部員に指示や励ましの声を進んで出していた頼りになるキャプテンだったとも聞いています。進学先でもスポーツと勉強を両立して、有意義な毎日を過ごしてください。
Yさんの社会科ノートには、自分の意見がびっしりと書いてあって、公民的分野への関心の高さに驚きました。日本人が苦手とする自分の考えを持ち、述べることが求められる時代にあって、大切な人材です。演劇で学んだ計画力や演技力をさらに高めて、将来いい仕事をし、充実した人生を歩んで欲しいと思います。

●6月、修学旅行の洞窟探検で生き生き輝くM君を目にしました。帽子にリュックサック、ドロドロの衣服がM君らしさを物語っていました。雪かきを朝一番でやってくれてありがとう。北校舎の壁際とコンピュータの前のいすがあなたの居場所だったかと思います。高校では、たくさん資格をとって、一日一日を大切に過ごしてくれることを期待しています。
E君は、2学期からの勉強時間がクラスNo.1と言っても過言ではないほどのがんばりでした(寝坊はいかんけどね)。前日の夜、受験校の下見に行き、学校に電話をかけて少々私をびっくりさせました。時間を大切に、また小説を書いて世に発表してください。

●7月の暑さの中、Nさんは聞き取り調査に精力をつぎ込んでくれました。おかげで、大草地区の様子が私もよくわかりました。入試の時は作文に面接など大変でしたね。2度の書き直しで、作文がとても上手になりました。これからは、奉仕活動や好きな分野の勉強により一層励んで、達成感を味わいながら、人とのふれあいを育んでください。
A君は、FW、副主将として大活躍の中小体でした。1年時の腕の骨折は、けがの功名・妙薬として、時に自分を見つめるものにするといいでしょう。卒業式のスタートの大役お疲れさま。1組男子の大黒柱としてがんばったことに、私が目標のプラス1点をあげます。今後は同窓会で1組のことをよろしくお願いします。
H君も夏の大会はソフトテニスで大車輪の活躍でした。市役所まで一緒に行って調べたり、よく進路相談をしたりしました。「体育会系は体を動かしてこそ」というのが、私の気がまえです。その点でいうと、あなたはよく掃除するし、動きも速い。高校では、自分の未来をよく考えて一つ一つのことに全力投球してください。

●9月、クラス・マスゲームを一人熱心に踊るU君がいました。その踊りは"みんなと最後の体育大会だからがんばるぞ!"という決意にあふれていました。ジャンケンでは、人の良さか(?) 負けることが多く、WC掃除の大変な所をやったり、レクリのサッカーで転倒したりと武勇伝に は事欠きません。高校ではますます勉強して、めざす大学合格を勝ちとってください。
Y君はクラスマスをうまくまとめた価値ある存在でした。踊りをなかなか覚えられない仲間に対し、自分の時間を割いて最後まで付き合っていました。テストの順位がぐーんと伸びたのも、このことが裏付けにあったかと思います。名東区に引っ越しても1組との友人関係を継続し、高校・大学で活躍することを祈っています。
Oさんは、9〜10月に指揮を一生懸命がんばりました。無理を言った上、指揮の仕方をあれこれ要求しても、くじけずに最後までよく努力してくれました。「坂下先生に、最優秀をプレゼントしたい」という声・気持ちが何より担任としてうれしかったです。給食当番の仕事をよく手伝ってくれたことも陰の支えとしてありがとう。また、
Kさんは伴奏者として、お疲れさま。卒業式でも見事に「旅立ちの今 確かめ合って」を演奏しました。放送委員会では、Kさんは頼まれたことを吟味し、自分なりのオリジナルを加えて実行するので、安心して仕事を頼むことができました。将来音楽系の仕事に就いた時も、今回のことを自信にがんばってください。

●10月ごろ、放課によく読書をするMさんを見かけました。いろんなジャンルの本を読んだり、コツコツと思いを綴っていてすごいなあと感心しました。それから、時間や約束の厳守を確実に実行していました。どこに行っても、あなたは自分の意思がはっきりとあるので大丈夫でしょう。新たな進路先では、将来に役立つような経験や資格をぜひ身につけてください。
●文化部門や定例会では、I君が放送委員会の仕事を一つ一つ確実に行っていました。明るく、屈託がない人柄のため仲間から人気があるし、学級会やレクリでよいムードをつくってくれる貴重な立場でした。社会へ出ても責任を果たす人は出世頭となります。そのつど、ぜひ近況を教えてください。
Aさんは、合唱でソプラノを響かせてくれたことが、私の耳に残っています。Aさんの歌は、音楽担当の先生からも折り紙付きです。感謝の気持ちを忘れないAさんの話からは、旧担任や部活動の顧問の先生のことをよく覚えているので、その人柄も立派に感じました。


●11月、定期テストで上位に食い込むN君の力に、男子のたくましさを感じました。後期の書記として朝のコンピュータの連絡をしたり、段ボールを運んでくれたりしました。N君の優しげなまなざしに、男子も女子も引き込まれていた人が多かったようです。これからも、気をひき締める時はぐっと締め直して、難関を突破してください。
Mさんとは、桃花台百話で青空ショッピに行った時、私の車が故障したことが一番の思い出でしょうか。バッテリー不良のアクシデントも冷静に受けとめていました。吹奏楽や習字など、Mさんは才能豊かなので、ぜひ継続して能力を伸ばしてください。
●11月6日我が家に待望の長男が生まれ「凛太朗」と名付けました。そんな時、「おめでとう」の言葉を真っ先にかけてくれたのは、Eさんでした。Eさんは料理、洗濯など、とても家庭的で、他人の喜びを自分のこと同様に喜んでくれる優しさを持っています。その優しさが生かせるような仕事を見つけ、今度はあなたが「おめでとう」と言われるように、精進してください。

●12月、本格的にDさんと進路について話し合うようになりました。昨年12月1日にブラジルのサンパウロから光中に転校して以来、日本語がわからないなかで、並々ならぬ苦労があったかと思います。相談員のS、O両先生からの支援もあり、無事に就職、定時制高校受験の運びとなりました。教室で過ごす日数は少なかったけど、1組のことを忘れずに、仕事も勉強もがんばってください。
S君は、いつも清掃や当番活動でがんばっていました。日直の時は、ほとんど私が言う前に忘れずに実行していたし、スクールネットのコメントはユニークでした。過去の問題集にコツコツ取り組む努力家でもありました。常に高い目標と計画的な取り組みで、新たな栄冠を勝ちとることを祈っています。

●3学期に入り、N君が受験に向けて面接がとても上手になったことをよく覚えています。入退室の態度は、これから公立を受ける人にぜひ見て手本として欲しかった。はしを忘れても倍の数返し、奉仕作業ではどぶそうじをがんばり、数学が好きで選択は問題に打ち込んでいました。高校では、情報分野の資格や経験をたくさん得て、現代をリードする仕事で活躍してくれることを期待しています。
K君は、友達関係を大事にする人でした。「何でも全力でやれば、実りがある」という信念は立派です。若いうちは直球勝負でいいでしょう。社会科の知識欲が旺盛で、いつか私を追い抜く時がくるかもしれません。そんなとき(成人後)は、酒を飲みながらゆっくり政治・経済について話し合いましょう。
Nさんには、学年集会で心のこもったメッセージをありがとう。「坂下先生のクラスで、私たちは幸せでした。」と言う言葉に、肩の荷が下りた気がします。あなたのように自分を謙虚に見て、相手と接していくTPOを考えた言動は、ある意味で今の若者に欠けている部分かもしれません。学級委員として末永く1組のことをよろしくお願いします。
K君は、唯一1組から公立推薦入試を受けて、合格しました。一宮工業高校は遠いけど、通学をがんばって多くの資格や知識・技術を身につけ、JR東海の運転手として、いつか我々1組を乗せてくれることを楽しみにしています。東京での表彰式はきっと忘れられない思い出となったことでしょう。

ささやかなメッセージでしたが、今日であなた方ともお別れです。みなさんとは気心が知れ、短級や放課に冗談が言える人間関係・雰囲気を、私はとても気に入っています。残念ながら、私自身が18年経っても、教師としてまだまだ微力なので、あなたたち一人ひとりを十分に理解し、個性を伸ばす面においては、今一つだったかもしれません。元気はつらつ、3年1組の担任として、私はこの一年間幸せでした。時には、進路・生活面で厳しいことも言ったかもしれませんが、私と接したひとコマひとコマを覚えていてくれたら嬉しいです。

 卒業おめでとう。4月からの新たな進路先での活躍を祈念しています。時には、光中に来て、元気な顔を見せ、近況を知らせてください。


平成17年3月8日  
     3年1組 担任 坂下憲司


(3)最後に胸につけた花を1つの輪になって一斉に高く投げ上げて卒業を祝う

在校生や保護者、教師が作ってくれた花道を進み、卒業の1日が終わりを告げる。 私は、その終演に胸花を全員が輪になって手に持ち、運動場の真ん中で輪の中央に高らかに投げ上げて互いの未来をたたえ合う式典を行う。爽やかな別れである。

 以上、最終号のまとめとして、私は「涙&爽やかな別れをするには、1年間担任としての思いを伝え続けること」と考える。 さて、「今年の卒業式はどんな贈る言葉を読もうか」と式当日を楽しみにして、1年を振り返る。

 1年間のつたない経験や実践を読んでいただいた皆様、ならびにこれまで微力な私に多大なるご支援をくださった先輩諸氏、保護者・地域のみなさまに、厚くお礼申し上げます。

(2006年2月27日)

坂下憲司先生title.gif

●坂下 憲司
(さかした・けんじ)

愛知県小牧市立光ヶ丘中学校教諭。社会科担当。授業力抜群。素材の料理の仕方などがユニークで、いわゆる坂下流授業にあこがれる若い教師多数。もちろん、授業ばかりではなく、学級経営、生徒指導、部活指導など、どの分野においても安定した力を発揮。これまでもさまざまな分掌を担い、学校になくてはならない存在になっている。女性職員からは私の奥さんにしたいくらいの気遣いもしてくれる人!と評判。