愛される学校づくり研究会

黙さず語らん

★このコラムは、「小牧市教育委員だより」での副島孝先生(前小牧市教育長)の発信を楽しみにしておられた皆さんからの要望で実現しました。「これまでのように学校教育や現場への思いを語り続けてください」という願いをこめて「黙さず語らん」というタイトルにしました。

【 第59回 】先進地視察に出かける

極力なんとか委員のような仕事はお断りしているのですが、100%というわけにも行きません。大学への依頼という形で、今年度から小牧市民大学こまきみらい塾運営委員会委員を務めています。  

みらい塾といっても小牧市民以外には(ひょっとすると小牧市民にも)なんのことかよくわからないと思います。でも、始まって10年、男女共同参画の推進を目的に、単発の講座への参加にとどまらず、単位制を導入して継続的で包括的な学びへと変えたいという思いから始まったものです。有料で、しかも規定の単位数や課程をクリアしなければ修了を認めないという、従来の市が行う生涯学習の概念を打ち破る試みだったと感じています。

「10年の道のりを記録をし、できれば学会などで発表してみたら」と、運営委員会で発言したこともあります。行政は忙しいこともあって、どうしてもやりっぱなしで終わる場合が多く、せっかくの取り組みが他に生かされない傾向があります(なかには大したこともない事業を、さも意味があるかのように宣伝する例もありますが)。

同じことは学校にも言えるかもしれません。せっかくの実践が、その学校内で終わっていて、ひどい場合には学校内でも継承されない例も少なくありません。その意味で、学校が公開授業研究会を開いたり、研究会で発表したり、本を出版したりすることは、もっともっと奨励されなければなりません。しかし、学会などで発表する例は少ないようです。教育関係の学会は数多く、現場の先生方の発表も少なくありません。外部の研究者からの意見を聞くことは、独りよがりの実践で終わらないためにも必要だと感じています。

話をこまきみらい塾に戻しましょう。生涯学習は市民に生きがいを与えるために、趣味や教養講座を無料でやればよい、という考えが根強くあります。それはそれで現実的な考え方ではあります。テレビに出るような有名人を連れてくれば、整理券が即日なくなるのが現実です。でも、生涯学習社会というのは、そういうことが盛んに行われる社会なのでしょうか(これからの学校教育を考える際にも、生涯学習社会は知識基盤社会などと並んで真面目に考えなければならない問題です)。

最近よく言われるポピュリズム政治も、それを良しとする市民が多いからでしょう。本当の意味で自分の頭で考える市民が育たなければ、ポピュリズムへの批判もポーズに過ぎないでしょう。みらい塾の試みは、そうした自立した、自分の頭で考える市民を育てようという試みでもあったと思います。しかし、塾生の横ばいが続いているという現実もあります。だからこその先進地視察だったのです。

視察先は、大阪府堺市の堺市立女性センターを拠点に活動している「堺 自由の泉大学」です。みらい塾と同様、コース別で受講者には受講回数などの条件を課すという、数少ないスタイルをとっています。しかし、受講者が多く、希望に応じきれないという状況だそうです。80万人以上の人口を持つ堺市と15万人の小牧市とでは、当然違いがあります。しかし、堺市に近い人口を有する都市が、堺市以上の取り組みをしているわけではありません。その意味では、学ぶ意義があります。

日帰りの日程ですが、早朝に出発しても堺市までは遠いので、女性センターのすぐ近くで昼食をとりました(昼食代が自己負担だったので、他の先進地視察と比べて少し驚きました)。午後1時過ぎに女性センターに着いて、まず驚かされたのが女性センターの周りに並べられた自転車の多さです。玄関外のエントランスの部分にも、ビッシリと自転車が並んでいました。

どの部屋も満員で熱気に溢れていました。300人収容の3階の大ホールで開かれていた講座は、入りきれない受講者が1階2階のロビーで、モニターを通じて受講していました。毎年3000人以上が受講し、不公平がないように1週間の受付期間中に直接来館して申し込むシステムをとっている、ということにも納得できました。

みらい塾よりは少しゆるい条件ですが、一部有料で受講者には年間15回以上の受講が課せられています。それほどの条件ではありませんが、それでもこの参加者には驚かされます。講座の内容や講師を見ると、かなりの工夫が見られます。小牧市でも取り入れられるのではないか、と思われるものも幾つかありました。与謝野晶子を生み、UN Women(ジェンダー平等と女性のエンパワーメントのための国連機関)日本事務所が女性センターに置かれる堺市(と女性団体)のこれまでの取り組みの重みを感じさせられます。女性センターも市民の募金で建てたとのことです。

それに比べれば、小牧市は(もちろん小牧市に限りませんが)行政任せ、行政頼りの傾向が強いのは否定できません。しかし、みらい塾の10年の歩みは、直実に前進していると思われます。男女共同参画委員が置かれている地区があるなどという話は、私自身は聞いたことがありません。これもみらい塾の成果の一つだと言えます。急がず一歩ずつ(それが許されず、性急な目に見える結果だけ、という風潮は心配ですが)、進んでいけばよいと帰りのバスの中で思いました。

(2012年9月3日)

副島 孝

●副島 孝
(そえじま・たかし)

1969年から教員生活をスタート。小学校教諭11年、中学校教諭(社会科)10年、小牧市教育委員会指導主事、小学校の教頭校長や愛知県教育委員会勤務を経て、小牧市教育委員会の教育長を2001年から2009年まで8年9か月務めた。小牧市教育委員会のホ−ムページで「教育委員だより」、郷土文芸誌「駒来」に「乱読日録」を連載するなど、原稿に追われる毎日であった。2009年4月から2年間、名古屋大学教育学部大学院で、教育方法学を学んだ。授業実践と研究の両方の楽しさ厳しさを知る立場から、現在は愛知文教大学教授を務めるかたわら、小中高等学校での現職教育の支援をしている。